第27話 飯星カンナ 思い
運命の日がやってきた。
お父さんが学会のとき、お母さんは必ず同行する。そしてお父さんが病院を空けてる時は、医師のお兄ちゃんとお姉ちゃんが病院に詰めた。仮眠も病院で取る。そのことがわかってて、私は枇々木君を呼んだ。
何かの間違いで家族の誰かが帰ってきても、大丈夫なように夜じゃなく、朝から。でも、男子って朝から……求めるのだろうか。私は期待半分で枇々木君からの連絡を待った。
枇々木君の家と
一緒についてくるなんてこともある。だから過度な期待はしない。そもそも、私は長内さんや石澤
性格はアレだけど、言葉遣いとかでごまかされてる男子は多い。基本敬語。長内さんは瀬戸さんほど背は高くないけど、小顔でシュッとしてる。実際の身長より高く見える。胸とかはまぁ、私の方があるかも。
でも私はチビだ。
身長150センチない。枇々木君との身長差は20センチ以上。大人と子供くらい差がある。ちっちゃいくせしてロリ顔でもない。胸もなくもない。何もかも中途半端な私なんかより、見た目女子の石澤凪沙の方が魅力的だと思う。
ため息をつきかけた時。メッセージが来た。
『近くのコンビニ。何かいるものある?』
あっ、来てくれたんだ。なんかそれだけでありがとうを言いたいが、オチがあるかも。
『ひとり?』
これは聞いておかないと。ドアを開けた先に石澤凪沙が手を振ってたら殺意を抑えるのは無理だ。
『えっと、逆に誰と来るの?』
そりゃそうだ。もし『そういうこと』をするなら邪魔でしかない。ひとまずは
『特に何も。それより早く来て。会いたい』
なんてこと書いてるんだ! 慌てて消そうとして誤送信。自爆もいいところ。泣きたい。誰か死なない程度に埋めてくれ。そう嘆いていると――
『わかった。行くよ』
あれ? 笑われない。あのメッセージでよかったの? 正解なの? もしかして世の恋人同士ってあんな赤面メッセージのやり取りするの!?
いや、大丈夫。キスしたくらいで恋人同士とか思ってない。今のは単なる例え。それにしてもドキドキが止まらない。この状態、いつまで続くの。私の心臓もつかなぁ……枇々木君。近くのコンビニって言ってた。ここまで歩いて3分。自転車だろうから、出て待とう。この家ちょっと入口がわかりにくい。
***
「石澤ってもしかしてお嬢さま?」
招き入れた
まぁ、私が偉いわけじゃない。
置物のほとんとは頂き物だし。若干引いてる枇々木君の腕を
だから私を見て欲しい。でもでも、かと言って親や兄姉だから関係ないとかにはならない。大好き過ぎて、ほんの少しでも批判的な事は言いたくない。そもそも思わない。
大事だし大事にされてる。反抗期に反抗しとかないと後が大変だとか聞くけど、尊重し合えてるし、注意もちゃんとしてくれる。いい距離感。だけど、いまからしようとしてることは――
***
「この紙袋はなに?」
レジ袋。
その中に紙袋。袋イン袋。
すると枇々木君は少し目をそらして、唇が乾いたのか舌で唇に触れる。隠れ家でカフェ。触れた唇。
「あっ……」
そこでようやく気付く。アレだ。気付いた途端頭に血が上る。きっと頭も耳も首元まで真っ赤だ。それは枇々木君も変わらない。お互いの鼓動さえ聞こえてきそうな程部屋は静かで、たまに遠くから原付きのエンジン音が聞こえる。
「あの、ありがと」
「いや、ごめん」
ふたりして真逆のことを言う。言葉は真逆かもだけど、思いは同じ。相手を思いやってる。だから――
「なんで謝るの。そのちゃんと大事にしてくれてるからでしょ」
「そうなんだけど『おまえ、それしか考えてないのか』って思われたら」
「思わないよ。っていうか考えてくれてないの?『そういうこと』は(笑)」
「か……考えてます」
「敬語(笑)石澤か!」
あっ……言って後悔。
こういう時に女子の名前出すとかどうなの。しかも枇々木君も知ってるだろ。石澤凪沙の好意。気まずくなるのかと思いきや「ホントだ(笑)」と照れて笑う。
これってどういうこと?
石澤凪沙は……その眼中にない感じなのかなぁ……それとも男子特有の鈍感スキルってヤツ? 確かに枇々木君はその傾向がある。そのめちゃくちゃある。そうじゃないと長内さんの目の届く範囲で私や石澤に声をかけない。
そう考えるとチクリと何かが刺さった。
小さい
もし仮に石澤の好きという気持ちに気付いてなかったとしたら? もし私みたいに直接好きを伝えていたら? 枇々木君にどちらかひとりを選ぶ選択肢があったとしたら。私。選ばれてないんじゃない?
もし私の想像が正しかったら。不安しかない。聞くことも、黙ってることも怖くて仕方ない。すると枇々木君ためらいがちに口を開く。
「えって、飯星さん」
「カンナ。もし突き放そうとしてないなら。そう呼んで。あと出来るなら『ちゃん付け』はちょっと。家族がそうなの。家族になってくれるなら、それでもいいけど(笑)」
いや、笑えないって私‼
なにこんなところで
枇々木君は小さく息を吸い「一緒にいたらそういうルートもある歳なのかもなぁ」とどこかしみじみと頷いた。嫌じゃないんだ。そういう選択肢もあっていい。そんな感じに受け取れる。だから余計に心が
そんなになんでもかんでも受け入れる心の広さ。私みたいな面倒なヤツも受け入れるのなら。石澤凪沙はどうなの?
「気付いてる。石澤凪沙の気持ち?」
なに聞いてんだ⁉
これ聞いちゃダメなやつ‼ こんなの言われて、同級生の男子が上手に対処出来るわけがない。私ってもっともっと年上の男の人しか無理なのかも。手に負えないかも。
「気付いてなくはない」
「へぇ、意外」
思わず口にしてしまった。
それもなんか普通の世間話みたいな感じ。あっけらかんとした返事。拍子抜け。あれ? って感じ。だから調子に乗った。私を選んでここに来てるって思えたから調子に乗った。
だいたいこういうのは失敗する。でも聞きたい。君の声。君の言葉。君の表情。それでダメなら仕切り直し。いまダメだとしても永遠にじゃない。なんなの。この前向きな私。ちょっと……面倒くさくて好きかも。
「石澤はかわいいでしょ。見た目の性格はいい」
「見た目の性格ってほめる気ないの?」
「だって。腹黒」
「僕もそう」
「え〜〜どこが」
「どこがって。例えばこれ」
そう言って持ってきた紙袋を開けて中を見せる。想像通りゴム製のアレだ。
「それは大事にしてくれようと。違うの?」
「違わないけど、そういうことをしたいって気持ち。下心?」
「誰でもいいの?」
「なんで? そんなわけないけど」
「けどってなに?(笑)じゃあここにお胸のおっきい、見た目愛想のいい石澤凪沙ちゃんがいます」
「飯星さ――カンナでいいの? カンナってほめる気ないでしょ、石澤さんのこと」
「あるよ。褒めてるでしょ、私よりはるかにお胸おっきいって。そしてやや控えめなお胸の私。ふたりから迫られたらどうする?」
なんなん。この謎のクイズ形式。修学旅行の夜? でも気になる。もう、大丈夫。肩の力抜けてる。こういうきわどい会話も冗談で言える。
「ねぇ、どうする? 怒らないといいながら
しどろもどろであたふたしてる。これは女子に、こんなこと聞かれて慌ててるって感じ。
「逃げる」
「逃げるの? なんで? もみ放題なのに」
「もみ放題言うなよ。そんな状況。チキンな僕に対処出来るわけがないでしょ。ダッシュで逃げて後で平謝りする」
「へぇ、逃げるんだ。ヘタレ(笑)でもいまは逃げないんだ。なんで?」
言いながら枇々木君の胸の中に。それから私たちは――そういう関係になった。
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