第26話 石澤凪沙 記憶。
石澤
最近。
だから素直に「ありがと」出来ない。とは言え、彼女にはびっくりする。長内さんの呼びかけで集まったその日。飯星さん――なんか助けてもらってるものの、まあまあ恩着せがましいので『カンナ』と呼ぼう。親しみを込めてないわけでもない。
そのカンナが言った。とりあえず用もないのに生徒指導室に行きなさいって。そして申し訳なさそうに出てきて。それを何回か続けなさいって。何を言ってるかわからないが言われるまま実行した。
生徒指導室。行くだけ行って簡単な進路の相談をしてみた。今の成績で大学行けますか、みたいな軽いの。全然進学とかまだ考えてなかったけど、用もないのに生徒指導室に行くのはハードルが高いので、こじつけ。そして言われた通り出る時にペコペコして退出した。
「これってなんの意味があるんですか」
「意味ならある。振り向かないで見て。村上センパイ――姉の方がさっきからあなたのこと見てる」
「それって」
「鈍感ね。あの一家グルなの。それであなたの監視をしてるわけ」
「それで生徒指導室とどんな関係があるのです?」
「あなた、少しは自分で考えなさい。いいわ、教える。未成年をスナックで働かせるってのはよく知らないけど問題があると思う、法律とか法令? 調べてないからわからない」
「うん」
「でも、皿洗いだとか簡単な接客だとか事務とか雑用って言われたらセーフかも。その辺はあちらさん、先に考えてると思う」
「そうですね、それで?」
うっ、カンナ相手についクセで敬語を使ってしまった。クセだから仕方ないか。
「あなた、お酒飲まされたでしょ。そこ、言い逃れ出来ないから。経営者として」
「まぁ、そうですね」
敬語は急には直らない。
「なに、他人事みたいに。いいわ、あなたの飲酒を誰かが見てたとしたら?」
「えっ!? 誰かに見られてたの!?」
「違うわよ、見られたことにするの」
「えっと……」
「鈍いわね。見られて誰かにチクられたように、見せかけるために生徒指導室に行ってるの。来島家からしたら、誰かにチクられるってのが一番痛いの。怖いの。第三者の目ってのがね。あなたならクギを刺したり脅せば、言わないって舐められてるから。ところがどっこい誰かに見られた。どうする?」
「警戒する?」
「そう。そうなるとスナックで働かせるってのは単なるリスク。警察沙汰になるかもだし、下手したら営業停止とか営業免許取消しなんてあるかも。そうなると死活問題ね」
「でもでもです。その村上センパイが生徒指導室の先生に聞かないですか?」
「聞くかもだけど、先生から本当のこと答えてもらえる保証はない。ことがことだからはぐらかされてると取るかも。いや、取るはず。そうなればセルフ疑心暗鬼。何をするにも警戒する。結果、滅多なことはあなたには出来ない。時間を稼いでる内になんか考える。こういうのはシンプルがいいの。手あか付けすぎるとバレちゃうから。でも油断大敵だから気を抜かないように」
***
その頃、
「お母さん、うち。うん、やっぱ瑛太が言ってた通り、誰かにチクられたっぽい。なんで、あんなどんくさそうな娘使うの? そりゃ男ウケするちゅうたら、するだろうけど。しばらく
目つきの悪い女生徒は満足気に通話を切り、自身の顧客リストから上客を選び、凪沙の顔写真を付けたメッセージを送った。残念ながらカンナの読みはハズレ。時間稼ぎは出来そうにない。しかし、まだ誰もその事を知らない。
***
再び石澤凪沙目線
教室では長内さんや瀬戸さん、あとカンナ。もちろん
ただ、相変わらず女子バレー部の子たちとは距離がある。今回のことで私に対する誤解は解けた。解けた上で彼女たち女子バレー部の警戒心は、強まったみたいだった。
簡単に言うと、女子バレー部に所属する私がなにかやらかした結果、大会や公式戦、交流戦に出れなくなるのではと警戒してる。あわよくば部を辞めてくれたらいいとさえ思ってるだろう。なんでこうも見事に嫌われるのだろう。
お母さんだってそうだ。
そこまで嫌うことはない。私とお母さんは実の母娘。そう考えて思った。実の母娘だからだ。だからダメなんだ。
どれくらい前だろう。はっきりと覚えてない。夏休みだった。その日もお母さんに冷たい態度を取られた。お父さんに
小学高学年。
抱っこして貰うような歳ではないけど。私は早熟だった。その頃にはもうそれなりに胸はあった。お母さんはそんな姿をして、無邪気に振る舞う私が
私が誘ってるように見えると電話で誰かに話してるのを聞いた。
小学高学年。
情報といえばドラマとかマンガ。あと動画。そんなので得た知識で導き出した答え。それが――私はお父さんの連れ子なんだ。だからお母さんは私を嫌ってるんだ。
それしか考えられない。それを確かめたくって私は戸籍を調べた。戸籍
お兄ちゃんと私がお父さんの連れ子だと確認出来たら言おう『3人で暮らさない? お母さん私にだけ怖いから』って。きっとわかってくれる。だってお父さんとお兄ちゃんは血が繋がってるんだからと。
結果に私の手が震えた。
それだけを鮮明に覚えてる。頭が真っ白で砂嵐の中にいるように目の前が何も見えない。やっぱりふたりは再婚だった。
でも違ってた。私はお母さんの連れ子。お兄ちゃんはお父さんの連れ子だった。小学生ながらわかった。だからか。だから私は嫌われてるんだ。お父さんとお風呂に入ったり、怖い夢を見た時お兄ちゃんと一緒に寝てもらったりが、お母さんからしたら気持ち悪かったのだろう。
でもしょうがなくない?
再婚したのは私が2歳。わかるわけない。お父さんの子。お兄ちゃんの妹って普通に思う。年の差を考えるとお兄ちゃんは再婚した時はもう小学生かも。きっと私が実の妹じゃないと理解していたんだ。そんなお兄ちゃんに私は無邪気にチューしたりしてた。ダメだとかわかるわけない。
いやそれはちょっとダメの種類が違う。
正確にはダメだったのは、お母さんが好きなお兄ちゃんに懐いたからダメなんだ。
何も知らない時から思っていた『お母さんにとってお兄ちゃんは特別』だって。そして何かを知った後感じた。
お母さんって、ホント。気持ち悪い――だった。
女だからか、母娘だからかわからないけど、わかった。お母さんがお兄ちゃんに向ける視線は異常だと。母から息子に向ける愛情ではない。異性に向ける感情であり、視線であり、表情だった。簡単に言うとメスだった。
それは年を増す事に、お兄ちゃんが大人になる事に強くなっていった。そして見かねたお父さんがお兄ちゃんを遠くの大学に入れた。表面的には勧めた感じだ。
それ以来お父さんとお母さんの仲は良くない。表立ってケンカとかはしないけど。そんなこともあって、私はスナックで働かされてることを、お兄ちゃんに相談出来なかった。
下手に相談したら、お兄ちゃんは来てくれる。でも、それはきっとお父さんの心配事が増えるってこと。それだけはしたくなかった。
いや、違うか。
私が相談したら、きっとお兄ちゃんは来てくれる。それで喜ぶのはお母さん。
お母さんがちょっとでも、喜びそうなことはしたくなかったのだ。私を大嫌いなお母さんの邪魔をしたかったんだ。
ははっ、忘れてた。私ったら、お母さんのことキモすぎて、しゃべんなくなったんだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます