第20話 石澤凪沙 呼び出し。

 石澤凪沙目線


 まただ。

 また呼び出しを喰らった。今回は本格的。だって屋上。夏に近いこの時期。屋上に向かう階段はめまいがしそうなほど。いや、このめまいは呼び出されたからか。クラスのメッセージグループ。


 そこからたどれば私に連絡を取るなんて簡単。だけど、履歴が残る。こういう場合残さない方がいいと思う。差出人は瀬戸さんではなく長内さん。きのう教室で枇々木君と仲よく話す横顔を思い出すと、チクリとした。枇々木君に守って欲しい。


 細やかではない願望はもう薄れている。今更なんだろう。もう長内さんの勝ち確だ。つけ入るスキなんてない。そっか、ここは同じことを繰り返させないようにって、クギ刺されるヤツか。


 もうしないよって思うのだけど、我ながら性懲りもないヤツだから長内さんの判断は正しい。昼休み。屋上には誰もいない。それはそう。遮蔽物しゃへいぶつなんてない。だから直射日光が直撃する。


 それだけではない。照り返しがすごい。冗談なしで焼き魚くらい焼けそう。そんな場所にわざわざ誰も来ない。しかも風ひとつ吹いてない。額には玉のような汗が浮かぶ。


 ハンドタオルで拭うけど、冷や汗かも。だって長内さんは空手の有段者。あの時、くつ箱前で背の高い枇々木君を引き寄せ顔に膝を入れた。サッカー部の男子相手にそこまでのことが出来るんだ。


 その気になれば私なんて小枝と変わらない。簡単にぽっきり出来るだろう。生唾を飲んだタイミングで屋上の扉が開いた。


「暑ッ! 想像以上! 何やってんの、石澤さん!」


「何って、待ってたんだけど」

「じゃなくて、わざわざこんな暑い中、待たなくていいでしょ。ほら場所変えよ」


「変えるって」

「そうね、校舎裏とか?」


 あぁ……どっちにしても人気ひとけがないところなんだ。私は大人しく付いて行く。


 付いて行くとやっぱしこの組み合わせは違和感を感じるらしい。驚いた目で見る男子「大丈夫なの?」と長内さんの耳元で囁く女子。中には「一緒に行こうか?」と提案する女子まで長内さんにはいた。人気がある。


 それに対して私に向けられる視線は冷ややか。同じバレー部女子とすれ違っても、見て見ぬふり。我ながら中々の不人気。フォローするのなら不人気というか、敬遠されてる。


 瑛太。

 来島瑛太。中学から付き合ってる彼氏。バンドマン。年上とつるんでる。耳には数えられない程のピアスの穴。わずかに残るタバコの匂い。同じ中学から来た子たちからの情報。良くない噂。でも、その噂はほとんどが事実。そんなヤツの彼女。


 どんだけ愛想よくしたところで裏があると思われる。私はスポーツ推薦で入学した。成績もそれなり。悪くない。中学時代の部活の実績が評価された。だけど春休み。入学前に参加した練習で監督に言われた「問題事は持ち込むな」と。


 入学前から瑛太は要注意人物だったことがわかる。監督のその時の評価といま廊下ですれ違う生徒との冷めた視線に大差ない。どうせ、私が面倒を起こして長内さんに迷惑を掛けてる、そんなところだろう。まぁ「」間違ってない。


 この口癖の男子には昨日みっともないところを見せて困らせた。冷静に考えなくてもわかる。迷惑をかけていい相手じゃない。


「まず、これだけは守って。絶対に仲島翔にだけは迷惑掛けないで」

 あぁ……そっちからの情報共有タレコミですか。筒抜けじゃない。色々言っちゃったよ。


 ***

「あのね、知らないだろうから言うけど仲島君に相談なんて、するだけ無駄よ。サッカー以外小学生。中一女子に相談するほうがちゃんとした答え返ってくるから」


 そうなんだ。

 でも私、何で叱られてるんだろ。ダメ出しするところそこなの? また男子に色目使ってとかじゃないの? あっ、それは今からか。


「仲島君心配はしてくれるけど、方向性というか、何していいか分からない子なの。特に恋愛関係とか女子のこととか。今回その合せ技。あなた、あなたの相談、片言とゼスチャーで伝えたくらいしか伝わってないから」


「そ、そうなの?」

「そうよ。私という通訳入ってるから『それこういう意味じゃない?』って。仲島君その時なんていうかわかる?『えっ、そうなのか!?』こんな感じよ。ほぼ録音機能しかないって思ってね、恋愛絡みは」


「そうなんだ」

「そうよ」

 何回も「わかった」って言ってくれた。あれはわかってなかったの? 親身になってくれたと思ったんだけど。


「でも、唯一いい判断したのは仲島君にも言ったけど私に相談したこと。悠子にしてたら今ごろ、わかるよね? 昼休みまで待ってない。速攻で詰め寄られてる」


「それはそうかも」

「でしょ。でも相談してたのが俊樹なら私が落としてた」

 落とすって、意識的なものでしょうか。


 それはきっと私のですよね。しかも言い方確定。これって翔君に感謝しないとなの?


「あと、仲島君に聞いた。色々。その大変なのはわかるけど、わかって。仲島君この3年はサッカーにどっぷり浸かるために港工みなこー行ったの。藁にもすがりたい気持ちはわかるけど。仲島君、藁じゃないの。それにそんなに関わりないよね、実際」


 関わりはないのはそう。でも私、翔君のこと藁なんて思ってないけど。


「どこまで聞いてるの?」

「えっと、彼氏のお母さんに働かされてること。そのスナックで。それとその理由とか、石澤さんとお母さんの関係とか」


 ヤバい。

 あの方ほぼ完全にゲロってる。いや人の口に戸は立てられぬとは言うよ? 


 でもほどってもんがあるでしょ、こっちは信じて相談――違う。守ってもらおうとした。利用しようとした。助けてもらおうとした。


 確かに翔君にはまったく関係ない。翔君が紹介した彼と付き合ってるわけでもなければ、翔君がお金を取ったのでもない。藁をもすがるって言われてカチンと来た。だけどその表現が1番近い。


 考えなくてもわかること。枇々木君がダメだったから翔君に行ったと思われてるし、その認識は少し悔しいけど正しい。


 手詰まり。

 呆気なく行き止まり。そもそも翔君を頼る時点で最終手段と言っていい。万策尽きたってとこ。もう瑛太のお母さんの言う通りするしかないのかも。


 諦めかけた私に長内さんは驚きの提案をしてくれた。


「仲島君巻き込まないって約束してくれるなら、私が彼の代わりに相談に乗ったげる。あんまし役に立たないかもだけど」


 あまりの提案に私は言葉を失った。















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