第17話 長内佳世奈の妥協

 長内佳世奈目線


 俊樹との冷戦は数日続いていた。教室の空気。微妙に重いのは、やっぱりこれは私のせいだ。被害者ヅラしたいわけじゃないけど、いったい今まで何回こんなことがあったんだろう。


 最初は私が明らかに被害者なんだけど。次第にいい加減お前らなんとかしろよみたいな空気になる。


 それはそう。

 これぞはた迷惑ってやつだ。考えたらクラスの子たちからしたら、自分たちこそ被害者だ。なので、なんというか毎回なし崩しで仲直りする。だけど、いつもより今回は時間が掛かってるのは、直接仲を取り持ってくれる人がいないから。


 仲島かける

 中学時代私たち、俊樹と悠子そして私は贅沢にも、すべてのピースがそろっていた。それに気付かないほどみんなバカじゃない。悠子が仲島君と別れたのも子供じみているけど、ささやかな抵抗。


 一緒に4人で居たいってアピール。俊樹も最後まで港工みなこーに一緒に行かないかって、誘ってもらうのを待っていた。私も工業高校別に嫌じゃなかった。みんな成績は同じくらいだし、俊樹が行くなら私も行くになる。


 そうなると渋々感を出しながらも悠子も。悠子はちょっと面倒くさいのでそれくらいの演出はいる子なんだ。


 でもここ鷹崎たかさきには仲島君はいない『もういい加減気が済んだでしょ』とため息混じりで、仲裁してくれる仲島君はいない。だからこのまま我を張って終わらせてもいいって思ってないなら、折れないと。


 ここ何回か仲島君とふたりで会う機会があった。久しぶりだったし、頑張ってる姿が見れて嬉しかった。彼は元々自分の中で好感度が高い。俊樹は相変わらず、女の子と色々あったりで、嫌気がさしていたこともある。


 そんなこともあって、ほんの少し仲島君とだったら――なんて思い描いてしまった。だけど、それはあまりに現実離れしてる。仲島君は悠子の元カレで俊樹の親友。狭すぎて近すぎる世界。それだけじゃない。


 最後まで許してないとはいえ、俊樹とはそれなりの関係。その……お世話をしてる間柄あいだがら。それもあって余計に腹も立ってるんだけど、それは一旦置いとこう。そんなことまでしてる女子なんて、嫌だろ。仲島君。実際ひけ目も感じる。


 だから自分の中の感情から目をそらすために、なかったことにするために、あとなんだろ。なんか腹立つから朝から凸ることにした。


「おっ、オオォなんだよ!」

 玄関を出ようとする俊樹を不意にとんと押して家の中に戻す。ガレージには俊樹の両親のクルマはない。もう出掛けている。薄明るい玄関で軽くよろけてる俊樹に腕組みしながら睨んだ。


「なんか言うこと、あるよね」

 バツの悪そうな顔。子供の時から変わらない。イタズラがバレたときの顔。悪気がなかった時の顔だ。そう、悪気はないんだ。そんなのわかってる。わかってるけど、わかれよ、って話。


「なんか、ごめん」

って?」

 目をそらし頬をきながらしどろもどろながら続ける。

「その、悪かった。誤解させるようなことして。ごめんなさい」


 俊樹の口から「ごめんなさい」が聞けた。バカみたいだけど、俊樹は本当に悪いと思わない限り「ごめんなさい」とは言わない。ごめんごめんとかスマンとか。それなりに反省してるなら落とし所を作らないと。


 それが今ここなんだ。最近私や悠子と顔を合わせにくいから、早いバスで学校に行っていた。だから時間には余裕がある。

「みんな出かけてるよね」

「えっと、うん」

「部屋行こ」

「部屋って、佳世奈?」

「お世話したげる。なに? もう石澤にお世話してもらってるの?」


「んなわけ……でも。お前学校行く前いつも嫌がるから」

「そりゃ嫌でしょ。爽やかな朝に、俊樹はスッキリするだろうけど。なに、もうその役割は私に求めないの?」


 半ば強引に俊樹の部屋に行き、手慣れた感じで俊樹のお世話をした。こういうのがうまくなるのもどうなんだろうって思うけど、他の人もやがて通る道だと思うようにしてる。


「これ」

 お世話を終えた俊樹はズボンをはき、机の引き出しから、歯ブラシセットを渡してくれた。その、ニオイ防止のために。でも、今回はそれなりに本気だった。私も芽生えかけた仲島君への感情の橋を壊した。


 俊樹にもそれなりに、プレッシャーを感じてもらわないと割に合わない。勉強の椅子に座る俊樹を後ろから手を回し耳元で言った。


「ねぇ、俊樹。もしさ、私このまま歯磨きしないで学校行ったらどうなる?」


「いや、お前。それはマズいだろ。ニオイとか」

かな。でもやってることはやってるじゃない? みんなだって『あいつらヤッてるだろ』って言ってるよ、いいんじゃない? 確定させちゃったら。私は俊樹の女だって。なんか困るの?」


 実際はしつこいけど、最後までヤってない。でもそんなことは二人しか知らない。だいたい石澤は私が彼女だって知ってて、ちょっかい出してるんだ。まともな対処では後手に回る。


 だから、私がそれくらいの行動するかもって俊樹にはわからせないと。


「それは困る」

「なんで困るの? 石澤に嫌われちゃうから?」

「石澤さんは関係ない。その佳世奈かよなって」

「うん」

「いや、実際そうなんだけと、男子からは清楚で通ってるんだ」

「私が? それはその……びっくり。ちゃんとお世話だって出来るのにね」


 自虐的に言った。ただ、俊樹の話は続きがあって、自分のせいで私のイメージが悪くなるのはダメだって言う。これはちょっとじゃない、すっごく意外。てっきり私は便利な女だと思っていた。でも、もう少し釘を刺す。


「ねぇ、このニオイのまんま、私が石澤に話したら、もう面倒なことなくならない?」

「いや、石澤さんは別として、他の男子に……嫌なんだ。お前をそんな目で見られるの」

 あら、可愛いとこあるじゃない。でも敢えて続ける。


「あのね私、中2から君のお世話してるの。最後までは怖いからダメって言ってるけど、ここまでしてくれる女子いないよ。それにさぁ、よく考えてよ。君ここまで何回、私にお世話させた? 数え切れないほどでしょ。今更別れて次、誰かと付き合うとか。可哀想じゃない、次の私の彼氏。その辺の自覚持ってよね」


 俊樹は素直に頷いた。いい落とし所を彼も探していたのだろう。こういう素直でいい部分もたくさんある。でも、地雷系女子をほっとけないというのは頂けない。だから私は付け加えた。


「次、本当にないわよ。わかってる? ご近所なんだよ私たち。それって親公認ってことなんだから、家巻き込むことになるんだから、軽率な行動は慎むんじゃなくて、しない! ゼロ。いい?」


 それからの俊樹は人が変わったように言うことを聞いた。部活の途中で水飲み場に行くときも、近くの体育館脇――石澤の出現率が高い場所ではなく、食堂まで行くようになったし、誰かを誘っていくようにしてるようだ。


 あれ以来、俊樹が石澤と話してるところは見ない。露骨な無視とかまでではない。挨拶くらいはする。ただ、目に見えて構わなくなった。ようやく私が言いたかったことがわかってくれた。これでいい。これで芽生えかけた仲島君への感情はいつか消えるだろう。それでいい。









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