第14話 枇々木家の偏見

 枇々木ひびき俊樹としき目線


 港工みなこーとの練習を終えた僕は、真っ直ぐ家に帰った。

 疲れてたというのもあるけど、佳世奈かよながまだ怒ってる。佳世奈は試合後、何も言わないで帰ってしまった。

 石澤さんとのこと。わからないでもないけど、そんな関係じゃない。


 この間は瀬戸が間に入ったから、ちょっと言い過ぎた。

 僕は瀬戸とは相性が悪い。すごく悪い。鼻はまだ痛む。佳世奈にヒザを入れられた。

 そのことは怒ってない。

 佳世奈にそのことは分かってほしかった。リビングでお茶を飲もうとすると父さんが話しかけてきた。


「今日、港工学と試合だったんだろ。どうだった」

「ボロ負け。こっちはAチーム。あっちは1年だけのCチームだった」

 僕は自虐的に言った。言っておきながら後悔した。これは一連のムーブだから。


「サッカーなんて、強くても仕方ないだろ。だいたいサッカーしたいからって、港工学行くって。子も子だけど、親も親だ。子供の進路とか、本気で考えてるのか疑問だ」

 事あるごとにウチの父さんは、かけるのお父さんを悪く言う。

 なにかあったのか、それとも存在が単にかんさわるのか。父さんは神経質な方だ。

 翔のお父さんは物静かでおおらか。話すと冗談も言ってくれる。


 だけど、なんだろ。

 自分の世界があって、なんか熱量を感じもする。わかんないけど、そこが父さんの嫌うところなんだろ。たぶん、父さんにないところだから。



「だいたい、彼の父親は派遣社員だろ。電車で1時間もある学校の定期代だって苦しいだろ。無理して通わせて、プロにでもさせる気か? そんな夢みたいなこと考えてるから派遣社員なんだ」


 後半は父さんのまったくの妄想だ。

 翔がプロを目指してるのは知ってる。中一の頃から言ってた。いや、同じ高校の奴も言う。でも、そのほとんどが言うだけで、努力とかはしてないし、しようともしない、口だけだ。


 同級生で、もし仮にプロになれるかもな、可能性を信じて進路を決めたのは翔だけだった。もちろん港工学に行ったから、プロになれる保証はないし、実際、港工学からプロになった選手はいない。


「それな何とかなるんじゃない。夜勤だってあるみたいだし」

 定期代のことだ。

 これ以上翔のお父さんの悪口は聞きたくない。自分は公務員で、翔のお父さんは派遣社員。単にマウントが取りたいだけ。自分は成功者だと思いたいんだろ。


 だからって、翔のお父さんが敗者と決めつけるのはどうだろ。なんにしても子供同士には関係ない話。でも、今のささやかなフォローすら気に入らない。


「だいたい、あの歳で夜勤やってる時点で、能力的に問題があるんだろ。ちゃんと仕事してる人は日勤で働くもんだ!」

 完全な偏見。

 差別の肯定。

 聞くに堪えない。

 僕はこれ以上の会話を打ち切るためにシャワーを浴びた。


 ***

 シャワーを浴びながら、少し余った週末の時間をどう過ごそうか考えた。

 体をき、まず翔にメッセージを送る。

 期待はしてない。アイツは基本スマホをリュックに入れっぱなし。偶然手にでも持ってない限り、気付くのは今日寝る頃だろう。


 そうなると、遅すぎて逆に連絡して来ない。10分待ってダメだった。もう翔と今日会うことはない。

 仕方なくって言い方は悪いんだけど、佳世奈かよなを怒らせたことに向き合うことにしようか。


 佳世奈は聞かないけど、僕と石澤との間にはなにもない。石澤にはバンドをやってる彼氏もいるし、僕には佳世奈という彼女がいる。

 決して目移りしたわけじゃない。そうなるとすべての元凶が瀬戸に思えてならない。


 瀬戸とも小学から一緒で、昔から相性が悪い。意味もなく不機嫌だし、理不尽に突っかかってくる。翔の彼女だった時期もあったから、遠慮してた部分はあるけど、ふたりが別れて、その遠慮がいらなくなったら、もうこれだ。


 つまりは僕の我慢の上で成り立ってるに過ぎない。

 だけど、佳世奈にとっては親友。今回のことも、いつもよりこじれたのは、僕の瀬戸に対しての態度が原因。

 佳世奈にメッセージを送ろうとしてやめた。瀬戸への怒りというか、わだかまりがまだある。


 こんな状態で話をしたところで、見透かされてしまう。佳世奈は幼馴染で何もかも分かち合ってきた。だから中途半端は見抜かれてしまう。

 ベッドに投げようとしたスマホ。

 クラスのグループメッセージに目が留まる。


『飯星カンナ』


 例の液タブ女子だ。サッカー部の連中とはさっきまで一緒だった。今更どっか遊びに行こうっていうのも正直ダルい。


『石澤凪沙』


 ベリーショートのバレー女子。クラスが同じなので、グループメッセージでIDはわかる。連絡取れなくもないが。

 さすがにそれは空気読めな過ぎだろ。


 このままふて寝してもいいんだけど、誰かに会いたい。別に愚痴を聞いてほしいとかじゃない。こういうのがダメなんだろうと思いながら、液タブ女子の『飯星カンナ』にメッセージを送った。


「まっぷでも行かない?」


 まっぷとはハンバーガーショップで、よくウチの生徒も利用してる。呼び出すには気軽だろう。するとすぐにメッセージが来た。


『バカなの? あんなことあってすぐに』


 あんなこととは、くつ箱近くで瀬戸と口論の末、佳世奈にヒザ蹴りされたことだろう。

「まっぷだよ、ただの」

『それがダメなの! なんでワザワザ人目につく、まっぷなの? 私、自慢じゃないけど腕力最弱。瀬戸さんに詰められたら、普通に泣くけど?』


 泣くんだ。

 まぁ、あの形相で詰められたら、僕も泣くかも。ただ、小学生からの免疫がある分泣きはしないけど。

 ん……ということは『まっぷ』じゃなきゃオッケーってことか? 


 聞いてみると、返事には時間があったものの『私かたりを聞く覚悟かくごあるなら』と来た。

 あと『隠れ家的なカフェとかなら。まっぷのセットメニューと変わらない値段でケーキセットあるけど』と。悪くない提案だ。


 僕は早々に気分を切り替え、液タブ女子こと飯星カンナの指定した店に足を運んだ。







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