第26話 地平線
「それがね、突然あなたは消えてしまって、なおかつ誰もそれを気にしていなかったの。それも私を含めて」
ある日、気づくと、僕は最初の1日目にまた戻っていた。しかし、今回はどんな死に方をしたのか本当に理解できない。その上、レニに何が起きたのかを訊いてみたら、輪をかけて要領を得ない。
「そこで私はある前例を思い出したの。トーマスの消失事件よ」
「なにそれ……」
「それは人気舞台演劇である『ルプス王子』の演劇中に起きたことよ。ちょっと抜けてるけど頼りになる子分のトーマスが、どういうわけだか物語の途中で消えてしまったの。『ピンチになると毎回駆けつけるトーマスがまったく出てこない!』観客席は騒然となったわ。それなのに、舞台はそのまま進行し、最後の総集結の決戦シーンが始まるところになって初めて、他の役者がこう言うの。『ケガをして休んでいるトーマスの分までがんばるぞ!』そして、その時の『ルプス王子』は結局トーマス不在のままハッピーエンドで閉幕。これがトーマスの消失事件よ」
「……そのトーマスには何があったの?」
「実はその時のトーマス役が前夜に食べすぎたせいなのか演劇中にお腹が痛くなってしまって、トイレから出られなくなってしまったそうなのよ。出演者は慌ててトーマス抜きのあらすじに切り替えて台詞も全部それに合わせたそうだわ。実際、翌日以降の『ルプス王子』にはトーマスが変わりなく出てきたそうよ」
「へ、へぇ……」
「このトーマスの消失事件のように、まったく事情がわからないまま消えてしまったのを当然なこととして飲み込まなければならない状況が、この場にも起きてしまったのよ」
「そうなんだあ……」
一体どこが似ている状況なのか理解できないのだが、結局いつものようによくわからない死に方をしてしまったのだろう。そういうことにしておこう。
そういったわけで、僕はまた振り出しに戻ってきてしまった。鍛えた強さはある程度の維持できているのでそこは困らないのだが、仲良くなった相手との人間関係までゼロ地点に戻ってしまうのはけっこう寂しいものがあって慣れない。ミカとはよい関係になってきたところだったとは思うのだが、それもまた最初からやり直しである。
「大魔法使いさんさ……。こんなところに素人を連れてくるのは感心しないな……」
そうこうしていると、ホームに入ってくるなり、僕の目の前にいたレニに文句をつけてきたのがイナズマのアッキーであった。僕のことをものすごくうっとうしそうな目で見ている。
「ちょっと話したいことがあるの。煤闇(すすやみ)のシムナと、千年大罪のミカが来るまで、ちょっと待っていてちょうだい」
「予想はついてたけど、あいつらかよ……」
レニが声をかけると、アッキーはぶつくさ言いながら部屋の隅に腰掛けた。それを黙って見守る僕である。
それからすぐ後にシムナがやって来て、続いてミカが現れた。レニは全員がそろったのを確認すると、3人の前に立ち胸を張って話を始めた。
「この人の名前はハル。この世界を守る新戦力よ。必ず活躍できるから期待して! よろしく!」
レニは僕に向けて手を広げてそう宣言した。それも、とっても元気よく。
それを見た3人は、どう反応していいのか、とても困っているようだった。何なら僕も困っている。
「よ、よろしくお願いします……」
とりあえず僕からも挨拶をしてみた。それを見た3人は軽くうなずくなりして、そそくさと去っていった。
「じゃあ、頼んだわよ」
レニは僕の両肩を力強く叩いた。僕は「どうしたものかなあ」と思いながらレニの視線に応える。
僕はまともに戦闘経験のない新兵である。より正確に言えば新兵見習いなのかもしれない。
イナズマのアッキー、煤闇のシムナ、千年大罪のミカ。この3人はいずれも各国で最強の戦力として相当な有名人だそうで、兵士なら他国の人間でも普通は知っているぐらいだそうだ。
よくわからない死に方をするというリスクを受け入れながらも、わずかな間で大幅にステップアップする力を手に入れた僕ではあるが、それでも彼女たちに追いつくことはできなかった。
僕は考えた。ミカから敵の攻撃を防ぐ盾の術を教わった。しかし、それだけではアッキーのような戦闘巧者にはなれない。
そう考えた時に、シムナとの間にあったこと思い出し、僕はひらめいた。僕には僕の戦える方法があったのだ。
いつものようにゴブリンの軍団がやって来て、3人が迎え撃つ大勢を取る。
「うわああああ……!」
その後ろから、僕は雄叫びをあげながら駆け出して、ゴブリンの大群のところへ突っ込んだ。
駆ける途中でアッキーが驚いた様子を見せた気がするが、それもお構いなしに走り続ける。魔法で強化されている分、足もかなり速い。
「いっけえええ……!」
ゴブリンの目の前にまで到達した僕は両手を伸ばして魔法の盾を展開した。ミカのものと違って、僕の出す盾は体から離れた場所には発生させられない。代わりに横に広く広く、とにかく広く、視界からはみ出すぐらいに両横へと展開する。
「ウギィィィ……!」
僕の横へと広がった盾にゴブリンの軍団はまとめて押し出され、どんどん後方へ下がっていく。何百、何千というゴブリンが悲鳴をあげながら大きな壁と化した魔法の盾に押されていった。
「とっとと、帰れえええ……!」
僕の最後の絶叫と共に、魔法の盾は前方に強烈な衝撃を与えて消失し、ゴブリンの軍団は軒並み吹っ飛んで、彼方遠くへと消えていった。
何の経験もない僕は、せめてみんなの盾になろう。これが僕が見つけた答えであった。
「なるほど、これは新戦力だ。よろしく頼むぜ」
全力を出し切って息を切らし膝をついてると、アッキーがやってきて握手を求めてきた。その後ろにはシムナとミカが興味深そうに僕を見ていた。
「はあはあ……。お願いします……」
僕はゆっくり姿勢を上げつつ、その手の求めに応じた。こうやって強い人から認められることがどれほど嬉しいことであるかを、僕は初めて知った。
勇者は魔王に敗北しました 雙海(双海) @futami23
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