第五話:メラとカリス

 フェルが星空の下で打ち明けてくれたこの国の不都合な真実は、その晩以来俺の頭を支配して悩ませ続けている。彼女はその戦争が《クイーンズワー》、通称QWと呼ばれていることまでは教えてくれたが、それがいつから始まっていて、どのような戦いを繰り広げてきたのかと言う詳細については「国家だから」と申し訳なさそうに言って言葉を濁した。降って湧いたダークな実情に翻弄され、俺はここへ来て《地の女王》暗殺事件捜査の大前提を変更することを余儀なくされてしまった。事件の背景に国家間の戦争が絡んでいるとするならば、話は全く別物だ。それならこの暗殺は他国による陰謀である可能性が格段に高くなるし、場合によっては一国だけではなく二ヶ国以上が結託して事を起こしたと言う推測も十分に成立し得る。動機を探るのは幾分か容易くなったが、その反面真犯人を特定するための捜査がより複雑になり、困難になった。目下のところ疑わしいのはフェルとウォルトだが、仮にこの二人が暗殺事件に関与していたとして、果たしてそれは二ヶ国共同の陰謀だと断言出来るのだろうか?ルーテリアの話ではウォルトの動向を彼女自身が全く把握していないとのことだし、フェルとアエルスも事件当日は別行動をしている。それとも、この中の誰かが噓をついているのだろうか?ルーテリアはウォルトに無関心なのではなく、彼を信頼しているからこそ全てを彼に一任しているだけなのだろうか?アエルスがあの日市場に行ったというのは実はでたらめで、彼こそがカリスペイア暗殺の実行犯だとは考えられないだろうか?そんな風に考えると辻褄が合いそうな気がしてしまうが、早とちりは禁物だ。この仮説を立証するためには、残りの二人にも話を聞く必要がある。炎の二人の容疑が晴れて初めて、この推理が現実味を帯びてくるのだ。俺はそう考えをまとめると、水と風の共謀路線は一旦頭の片隅に押し込めて、用事が済んだ《風の国》を急ぎ足で後にした。

 往路と同様に巨大な四翼の鳥が運ぶ吊り籠に揺られて野を越え町を越え、目指すは南の《炎の国》。いつかウォルトが異質だと評したその国を、この目で見る時が遂にやってきた。これまで通り正式な入国手続きを済ませて関所の外へと踏み出すと、目の前には一面の砂漠が広がっていた。ここまでは大体予想通りだ。熱帯ジャングルか砂漠かの二択で悩んでいたけど、後者だったらしい。個人的にはジャングルの方がまだ良かったとか勝手にがっかりしながら、都まで運んでくれる乗り物を求めてふらふら歩き出す。ここにも折よく旅人らしき人がいたので、遠慮なく聞いてみることにした。

「首都行きのバスなら、そこのバス停から出てるよ」

何?バス?おいおい冗談だろと思いつつ、半信半疑で指差された場所まで行って確かめる。……本当だ。この世界の人間じゃない俺がイメージする、田舎のバス停標識そのものみたいな案内板の上部に、ごく普通の見慣れた大型バスの写真が貼ってある。何か急に夢から叩き起こされたみたいで胸がざわざわする……。でもこの砂漠の中を何日も歩いて町まで行くのは自殺行為なので、とりあえずその鉄の車が迎えにくるまで待ってみよう。そう思ったら、遠くに何か光るものがこちらへ向かって進んでくるのが見えた。良かった。ここで干からびる前に、これでどうにか出発出来そうだ。首都行のバスと思われるその大型車は、間もなく俺の眼前に行儀よく横付けで停車すると、運転席がある前方の扉を開いて快く俺を迎え入れてくれた。外装はアーティスティックなトラックか、やんちゃな若者の壁画みたいに派手でけばけばしいが、中は至って豪華で快適な作りをしている。エアコンでも搭載しているのか、車内は温度も湿度も完璧だ。最初聞いた時にはどうなることかと不安しかなかったが、この旅はこれまでの中で正直一番くつろげそうだ。何人かの他の乗客と一緒に乗り込んで、それぞれ適当な席に着くと、このバスの運転手だと言うセクシーなお姉さんがフリードリンクを手渡してくれた。《炎の国》特産の乳製品飲料らしい。この気遣いも最高に有り難い。死ぬほど喉が渇いていたから、冷たい飲み物は何を飲んでも美味しく感じる。そうして渇きも癒して一息ついたところで発車時刻となり、セクシードライバーが運転するデコレーションバスはゆっくりと砂漠へ向かって走り出した。


 《炎の国》ヘイリオンの首都ソレイオンは、一言で言うと作者が暮らす世界の現代的都市そのものだ。コンクリート製の建物に、バスや電車と言った公共交通機関。暑さ故か人々がやたら露出度の高い服装なのと、市街の真ん中にそびえ立つ《天の山》と呼ばれる岩山の上に立派な城が建って悠々と下界を見下ろしている様以外は、整備が行き届いた極めて住みやすそうな町である。ウォルトが指摘していた通り、他の三国が自然と共存する形で文明を築き上げているのに比べると、この国はその正反対のアンチエコ文明である。城以外はファンタジー要素の欠片も無い世界だが、その実他の国よりも何かと便利だと言う点は否定のしようがない。メラネミアが住むソレイオン城を頂く《天の山》の高さは推定数百メートルはありそうなのだが、その頂上までは専用リフトで楽々行けるらしい。やっぱり機械文明って素晴らしい。永住するならこの国の他には無いなと感動しつつ、ちょっと目のやり場に困る衣装のエレベーターガールを横目で凝視しながら頂上へ移動。これまで親切で綺麗なお姉さんばかりに世話になってきたものだからまるで楽園を旅している心地だったのだが、俺の甘い夢は城門前に着くと同時に空しく弾け飛んだ。

これまで見てきた中でも一番人間離れした肉体を持つ屈強な巨人が、蠅でも見るような目で俺を睨みつけている。素直に事情を説明するだけで通してくれるとは全く思えないが、ダメ元で懇願してみるしかない。いざとなったらフレインかメラネミアに助けてもらおうなんて姑息な考えを胸に頼み込んでみると、衛兵の大男は怖い顔をして「つまりお前は旅人か?」と俺を問い詰めた。俺が震え上がりながら泣きそうな顔で「そうです」と小さく答えると、大男は急に満面の笑顔になって「ようこそ、ソレイオン城へ!」と快く城門を開けてくれた。分厚く厳めしい門がゆっくりと開かれるのに合わせて、気が抜けるほど陽気な音楽が何処からともなく流れてきて、頭上からは大量の紙吹雪が降り注ぐ。一体何が起きているのか全く分からずにただ茫然と歩みを進めていくと、前庭に面したバルコニーに見覚えのある人影が現れた。

「ようこそお越しくださいました、旅のお方!あたくしはこのうるわしき楽園ヘイリオンの女王メラネミア。遠路はるばる足を運んでくださったことに心から感謝いたしますと同時に、ご来訪を心より歓迎いたします!」

あれ?ちょっと会わない間に何か完全に別人になってしまったようだ。俺が恐怖と困惑で顔を引きつらせて黙って立ちすくんでいると、それに気付いたメラネミアも顔をしかめて注意深い視線を俺に注ぎ、ようやく自分が今しがた歓迎した人物の正体を知って一気に顔を赤らめた。

「ちょっと!誰かと思ったらお前だったの?だったら今のは全部なし!さっさと記憶を消去しなさい!」

「おいおい、混乱したのはこっちの方だよ。さっきのは何だ?二重人格か?」

「旅人はすべからく歓迎すべしと言うのがこの国のポリシーなのよ!お前だとわかっていたら誰があんなこと言ってやるもんか!旅人のフリなんて紛らわしいことしないで堂々と入ってきなさいよ!このバカっ!」

旅人なのは事実だからフリではないし、事情を説明して入れてもらおうと試みた結果がこのザマなんだ。理不尽に俺だけを罵倒しないでいただきたい。

「とにかく、話を聞いてやるからさっさと謁見の間に来なさいよ?」

メラネミアは恥ずかしいやら腹立たしいやら真っ赤な顔のままでそっけなくそう言い放つと、くるりと背を向けて建物の中へと消えていった。彼女の背中を見送った後、終始彼女の傍で事の成り行きを傍観していたフレインがにやにやしながら中指を立てて俺に言った。

「ナイストライ!」

何がだよ、このあんぽんたん。


 俺はこうして全く予期せぬ形で熱烈な歓迎を受けた直後に罵声を浴びせられ、全く自分の早とちりなのにそれを頑なに認めず猛烈に不機嫌になった女王様と、彼女の申しつけ通り謁見の間で再び顔を合わせた。他の女王同様、一応彼女の容姿についてもここでついでに述べておくとしよう。

《炎の女王》メラネミアは、褐色の肌にクリムゾンの瞳、ツインテール風にまとめた華やかなゴールドの長い髪を両サイドで竜巻みたいにくるくる巻きにした髪型をしている。素直じゃない性格を体現している気の強そうな釣り目と横柄でわがままな態度はさながら典型的暴君を思わせるが、実際はただツンツンしているだけで根は悪い奴じゃない。少なくとも、露出だらけのドレスから覗く引き締まった肉体美と推定Cカップの美乳は拝む価値がある。だが今のところ俺の一番はフェルかな。ちょっと不思議ちゃんなところも可愛いDカップの妖精さん。……え?作者の推しはルーテリアだって?誰も興味無いだろその情報。俺は別に彼女がAカップだと言う事実がとりわけマイナスになるなんて差別発言はしていないぞ。胸の大きさは個人の好みじゃないか。

さて脱線はこのくらいにして、本文に戻ろう。俺はこれまでに収集した水と風の容疑者達合計四名についての調査報告を簡潔にまとめると、それをメラネミアとフレインに伝えた。メラネミアは未だにしつこく仇敵であるルーテリアを疑っていたようだが、俺がその可能性は低いだろうと断言すると、今度は疑惑満載のウォルトを標的にし始めた。どうあってもこの暗殺の汚名を《水の国》に着せたくてたまらないらしい。その偏見の塊みたいな思考では、およそまともな推理をして真相を暴くことは出来ないだろうが、実際ウォルトは現段階で一番怪しい容疑者だ。そしてその背後には、水と風の不穏で密接な繋がりがある。

「先日ヒュアレーを訪ねた際に、フェルが《クイーンズワー》の存在について証言してくれた。残念ながら詳細は国家機密につき開示出来ないとのことだったが、これについて何か補足出来ることはあるか?」

俺が唐突に切り出した切り札の名前を耳にした途端、炎の二人は血相を変えて無言で顔を見合わせた。やはり何か相当重大な秘密らしい。それなら一層、その戦争が事件の一端に関与している可能性が捨てきれない。

「《クイーンズワー》は……文字通り、女王と騎士だけのものとする決まりなの。そればっかりは聞かれても答えられないわ」

「でも戦争なんだろ?それなら女王と騎士だけで完結のしようがないじゃないか」

「いや、するんだよ。詳しくは言えないが、女王と騎士がいれば十分だ」

四ヶ国の女王と騎士総勢八名だけで行える戦争って一体何だよ?まさかお互いに直接殺し合いでもしようって言うのか?

「とにかく、《クイーンズワー》はカリスの暗殺とは関係ないはずよ。あるわけないのよ。だからそれは忘れなさい」

「詳しい話も聞かずに勝手にそう決めつけるなんて、俺は絶対に認めないぞ!その戦争のせいで国同士の関係に影響が出たことは今までに本当に一度もなかったのか?フェルの話を聞く限り、カリスペイアは博愛主義だったみたいじゃないか。そんな彼女が戦争なんて大それた狂気の沙汰を見過ごしただけでなく、自らも参加していたなんてどう考えてもおかしいだろ!」

思わず熱く語ってしまったけれど、俺はカリスペイアの人となりなんてこれっぽっちも知らない。直接会ったこともないし、顔も分からない。俺が知っている彼女の情報は全て伝聞による不確かなものでしかない。それでも、俺は何故か彼女だけはこの戦争に反対していたのではないかと盲目的に信じていた。そしてその読みは、結果的に正しかった。

「……確かに……カリスだけは《クイーンズワー》に乗り気じゃなかった……」

メラネミアは沈んだ調子でぽつりとそう言うと、《クイーンズワー》を巡ってカリスペイアと口論になった過去があると自白した。以下は、彼女の証言を基にした回想録である。


 今から遡ること三十年前。メラネミアはいつものように平和で退屈な一日をソレイオン城の自室で過ごしていた。フレインは今日も彼女を一人置き去りにして何処かへ出掛けている。女王に即位してからというもの、公的な用事を言い繕わなければ気軽に散歩にさえ出掛けられなくなった彼女とは大違いだ。騎士の身分を手に入れると同時にそれまでの生活が一変したにもかかわらず、依然として自由気ままにふらついている彼を見ると正直腹が立つ。何だか自分だけが貧乏くじを引いた気分だ。時々そんな風に感じて鬱憤が積もることもあるけれど、それでも自分の今の立場には概ね満足しているし、責任感が重い分名誉なことだと誇りに思っている。代り映えのしない繰り返しの毎日に飽き飽きしているのは事実だが、それだけこの国が平穏無事なのはいいことだ。だから、別に平和な日々を非難しているわけではない。ただ、ほんの少しだけでいいからちょっと変わったことでも起きないかな、なんて密かに願ってみたりしているだけだ。そんなことをしても結局何も変わらないことにだって、いい加減気付き始めてはいるけれど。

「それにしてもつまらないわね。平和だと何にもやることないんだもの」

一人愚痴りながらベッドの上へ仰向けに寝転ぶと、メラネミアは当てもなく天井を飾る装飾に目を向けた。他の女王達は一体どうやって時間を潰しているのだろう?そういえば、この間フェルが新しいゲームをプレイし始めたとか言ってたっけ。ゲームはいいな。でも、せっかくだからみんなでわいわい楽しむ方がもっと面白い。そこまで考えたところで、まるで雷に打たれたみたいに劇的なアイデアがメラネミアの脳裏に閃いた。

「そうだ!戦争をしよう!」


 メラネミアはそう思い立つや否や、直ちに緊急集会を開いて三ヶ国の女王達と騎士達を自分の城へ招集した。当然何も知る由がない一同は困惑した顔つきで各々円卓の席に着いた。

「今日みんなに集まってもらったのは、あたしから一つ提案があるからよ!」

全員が着席したのを確認すると、メラネミアは声高らかにそう宣言して皆の視線を自分に集めた。

「ホーリレニアを構成する四ヶ国同士で、戦争をしない?」

メラネミアが嬉々とした表情で言い放ったこの突拍子もない狂気じみた提案に、その場の誰もが同時に絶句して表情を強張らせた。

「あなたは、戦争が一体どういうものであるのかを本当に理解した上でそう仰っているのですか?」

最初に声をあげたのはルーテリア。諭すような声の裏には明らかな軽蔑の念が滲んでいる。

「当然でしょ?この氷頭!思った通りあんたにはあたしの考えが全然分からないみたいだから、これから詳しく説明してあげるわ!よく聞きなさい!」

メラネミアは一方的にそう言いつけて彼女に続こうとした残りの質問を封じ込めると、得意げな様子で自分が考え出した<戦争>について語り出した。彼女はその<戦争>を《クイーンズワー》と名付け、通称QWと呼ぶことに決めた。異論は認めない。QWは名前の通り四人の女王達による自国の存亡を賭けた熾烈な攻防戦である。各国は己の軍事力と戦略を駆使して他国を侵略することが可能であり、最終的に最も領土を拡大して国を豊かにすることを目的とする。……つまり、普通の戦争と全く同じだと考えて良い。だがQWは、ある点において通常の戦争とは一線を画す特徴を有している。それこそが、メラネミアが独自に開発した(ことになっている)、これまでになく独創的で画期的だと自ら太鼓判を押したアイデアなのであるが、その詳細をここに綴ることが出来ないやんごとなき事情が存在するので遺憾ながら割愛させていただく。さて、こうして彼女がQWについての説明を一通り熱く語り終えると、いの一番にフェルが大賛成した。

「すごいよメラ!それすっごくおもしろそう!」

彼女の隣に座った騎士も思考回路は一緒なので、感激したその目を見れば言いたいことは言わなくても分かる。これで風は落ちた。

「なるほど。そういうことなら、わたくしも是非参加させていただけますか?」

次に手を挙げたのは意外にもルーテリア。ウォルトも異論は無さそうだが、あったとしても彼に彼女の決断を覆す権限は無い。難攻不落と思われた水もあっさり陥落。

「カリスは?」

期待を込めた眼差しで、メラネミアはカリスペイアの答えを急かした。誰よりも調和を愛し、皆の和を重んじる彼女のことだ。三対一のこの状況で反対意見を表明するなんて有り得ない。メラネミアはそう考えて、カリスペイアも当然QWに賛成するものだと心の底から信じきっていた。

「ごめんね、メラ。アイデアはとても面白いと思うのだけど、わたしは参加したくないわ」

長い沈黙の後で彼女が口にした回答は、一同を失望させるよりも動揺させて言葉を奪った。

「なんでよ?QWは四女王による特別な戦争だって言ったでしょ?だからあたし達四人でやらなきゃ意味ないのよ!あたしの考えに文句ばっかり言ってくるルーテリアだって今回は賛成してくれたのに!悔しいけど、あたし達の中で一番頭が良いんだから、そのルーテリアが認めたことなら絶対に何も間違ってないはずだわ!一体何がイヤでそんなこと言うの?」

メラネミアはひとしきり自分の中から溢れ出してきた感情を声に出して吐き出すと、援護を求めるように風と水の四人の顔を見回した。四人はメラネミアに睨むような眼差しを向けられると、おどおどしたようにそそくさと目を逸らして不干渉を決め込んだ。意気地なしの役立たずな仲間達に素知らぬ顔をされた彼女は、唯一残された旧知の友の方へ無意識に顔を向けて彼の顔を見つめた。しかし、彼はただ肩をすくめて全てを投げ出しただけだった。

「メラがメラなりにみんなと仲良くしようとしているのは分かるわ。それはとても素敵な事だし、その努力はとても立派だと思うの。でもね、それでもわたしは、<戦争>というものの中には醜い争いしかないと思うの。殺し合いや奪い合いを経た先に築かれる友情ってあるのかしら?そう思うと、このアイデアはちょっと過激すぎる気がするのね」

今にも癇癪を起こしそうなメラネミアの表情を注意深く見つめながら、カリスペイアは慎重に言葉を選んで彼女に優しく説いて聞かせた。メラネミア自身、カリスペイアのこの言い分は分からないでもなかった。でもせっかくここまで来て、彼女のためだけにもうほとんど手が届いている自分の野望を諦める気にはなれなかった。

「カリスのわからず屋!そんなこと言って、本当は自分が負けるのが怖いだけなんでしょ?みんなに優しくしてるのだって、結局は自分が一番恵まれた環境にいるって余裕があるからなんじゃないの?つまりなのよ!本当に優しくてみんなのことを思ってるなら、みんなが賛成したことに自分だけ反対して意地張ったりなんてしないはずよ!」

勢いに任せて口が動くままに辛らつな言葉を吐きながら、メラネミアは内心自分でも酷い事を言ったものだと自らの言動を恥じて後悔していた。だがそうして自分の非を認めている分、かえって引っ込みがつかなくなっていた。このまま暴言を吐き散らすだけ吐き散らかしてカリスペイアの心を傷つけて、それなのに望み通りの展開にもならないというのなら、自分は一体何のために彼女を攻撃したのか?こうなったら彼女を打ちのめしてでも望み通りの答えを吐かせるしか道は無い。追い詰められたメラネミアの思考は、そんなあらぬ方向へ捻じ曲がっていたが、相手の方は彼女の先制攻撃でもう十分すぎる痛手を被って沈黙していた。自分の意見を主張しただけで、偽善者呼ばわりされて人格を否定されようとは、夢にも思わなかったに違いない。可哀そうなカリスペイアは両目一杯に涙を溜めると、泣き顔を隠すように隣のジェネスの肩にもたれた。ジェネスは黙って彼女に肩を貸して優しく頭を撫でると、一同の方へ顔を向けてこう言った。

「みんなを思ってメラが言ってくれたことで、みんなが気まずくなるのは良くありません。カリスペイア様だって、勿論みんなの和を壊したくなどないのです。ですから、みんなが納得して楽しく参加出来るように、QWの詳細についてはみんなで意見を出し合って決めることにするのはどうでしょう?」

これまで一言も言わずに話の流れを見守ってきたジェネスの言葉は、たちまち全員の心を静めて冷静にした。その途端に、メラネミアは自分がカリスペイアに投げつけた心無い誹謗の数々が死ぬほど心苦しくなって居た堪らなくなり、思わず立ち上がって彼女の元へと駆け寄った。

「ごめん、カリス。さっきのは言いすぎだわ。自分でも信じられないくらいひどい」

カリスペイアはメラネミアの真摯な謝罪を耳にしてゆっくりと顔をあげると、どんな顔をしたらいいのかわからずに目を逸らした彼女に優しく微笑んだ。

「わたしこそ、ごめんね。折角メラが一生懸命考えてくれたのだもの。みんなで楽しまなきゃ駄目だよね」

彼女はそう言い終えると、メラネミアの体を愛おしそうにぎゅっと抱き締めた。今度はメラネミアの方が泣きそうになったが、強がりな彼女はどうにか涙を堪えてぎこちない笑顔の裏に隠した。こうして二人は仲直りを果たし、その後は一同穏やかなムードの中で話し合いを続けたのだった……。


 この日の協議の結果、QWは四女王だけではなく四騎士も参加することになった。それ以外にも色々細かいルールが設けられたらしいが、何分この<戦争>の内容自体を現段階では詳しく語れないので仔細は後に譲るとする。

「それで、結局カリスペイアはQWに参加したんだよな?実際、彼女は楽しんでたのか?」

戦争を楽しむなんて不謹慎な言い方だが、今はとりあえずこう表現するしかない。

「最初に心配してたよりはずっと楽しいって言ってたわよ。ただ、あたしがカリスの土地を侵略して占領したらずいぶん怒ってたけど」

それなら確実に内容を全く理解してないよな?というかメラネミアも容赦ねぇな。

「お前の他にも、カリスペイアの土地を狙っていた奴らに心当たりはあるか?」

「んなの全員だろ。カリスお人しだから防戦一方で攻めて来ないもん。いいカモだよ」

フレインのあっけらかんとした侮辱発言も聞き捨てならん。何だろう?QWの件になってからカリスペイアの扱いが明らかにおかしくないか?カリスペイアはみんなに優しい調停役で、みんな彼女のことが大好きなんじゃなかったっけ?

「一応言っておくけど、お前ら二人共自分の発言で自分の首絞めてるからな?それはそうと、QWがカリスペイア暗殺の背景にある可能性は、やっぱり否定出来ないだろ?」

だって戦争だし。ただ、三十年も戦争している割には土地も傷んでいないし、どの国も疲弊しているように見えないんだよなぁ。戦闘らしきものも見かけないし。それだけが謎すぎる。

「……そうね。ルール上、女王及び騎士を直接攻撃したり懐柔したりすることは固く禁じられているのだけど、やろうと思えばできなくもないわね」

メラネミアは真剣な顔でそう言うと、考え込むように目を伏せた。

「だけど……カリスの一件で今は休戦状態よ。《地の国》の侵略が目的なら、休戦に持ち込むのは意味なくない?」

そう言われると何か引っかかる気もするが、普通はリーダーが倒れた国って狙い目だろう。それとも、そういう形で国を乗っ取るのはなしのルールなんだろうか?何かよく分からなくなってきたので、俺はそこで一旦考えるのを止めにして、宿へ戻ることにした。

「そうそう。到着早々気の毒だけど、明朝グランビスに向けて発つからそのつもりでいなさいよ」

去り際に投げかけられたこの一言に、俺の全身は一気に気怠さを増して脱力した。

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