勝ち逃げ

維櫻京奈

勝ち逃げ

 画面の右側に青色のLOSEの文字。

 なんて読むかはわからないけど、これが負けという意味だということは感覚でわかっていた。また、負けた。


「弱いな! 弱すぎる!」


 じいちゃんはコントローラーを握りしめて、僕に言い放った。

 僕は悔しくて、もう一回!と叫んだ。


「はいはい。悔しい気持ちはまたに取っておきな。お昼ごはんができましたよ」


 ばあちゃんの声と、いい匂いにつられて、じいちゃんと僕は二人そろってゲームをやめて、食卓につく。

 冬休みのじいちゃんの家は、ヒーターの煤けた匂いと、ばあちゃんの作る鍋のにおいで『あたたかい』が満ちていた。


 じいちゃんとはずっとゲーム仲間だ。クラスの奴らよりもゲームが上手い。対戦すると僕が一番強いから、僕よりも強いじいちゃんと戦うのが好きだ。

 半日パートをしている母が迎えに来る。そうなったら、もうゲームは中断だ。


「また明日ね」「また明日」

「次は勝つからね」「まだ負けんぞ」


 じいちゃんと約束の会話をして一日が終わる。


 それからもじいちゃんと戦っては負け、戦っては負けを繰り返した。

 どれだけ負けたかわからない。勝てそうなときもあったが寸でのところで勝ち逃げされる。

 それが悔しくてたまらなかった。コントローラーを投げたことも一度や二度じゃない。修練に修練を積んだ。家に帰ってからも一人でゲームに打ち込んだ。


 ある日のこと。ついに僕はやり遂げた。

 画面の右側には赤く輝くWINの文字。いつもは隣に出るはずの勝利を意味する文字が自分側に出ていて、思わず飛び跳ねた。

「やった!」

「負けちゃったなぁ。ずいぶん強くなったじゃないか」

「へへ」

 じいちゃんは負けたというのに、ちっとも悔しそうじゃなかった。


 それから三日後のことだ。じいちゃんの家にはいろんな人がやってきた。おばあちゃんもお母さんも台所に立てこもってなんだかいろんな料理を作っていた。お祭りとか、パーティーがあるのかもしれない。

 いつもは残業ばっかりのお父さんも今日は早く帰ってきた。


「じいちゃんは?」

「知らない。ゲーセン行ってるんじゃない?」


 僕の言葉に父は言葉を失って、ぎゅっと僕を抱きしめた。


「違う。そうじゃ、ないんだ」


 お父さんの泣きそうな声を初めて聴いた。

 そして部屋の真ん中で真っ白な布で顔を隠して寝ている人がじいちゃんだったことを初めて知った。


 あれから、何年経っても思い出す。

 いつの間にかたくさんの時間は流れたけど、

 じいちゃん、俺は勝ち逃げしたいなんて言ってないよ。

 なぁ。じいちゃん。

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