最終話 電子の狐は奏での空に導かれる

「ふふ、またご来店いただきありがとうございます。狐崎さん」

「いえ、また来たいなと思っていたのでスケジュールと雨の日がうまく重なる形で来られてよかったです。これも雨が導いてくれた縁なのかもしれませんね」



 後日、私と九音さんはまた雨の日に『かふぇ・れいん』を訪れていた。でも、来ているのは私達だけじゃない。雪菜さんと栞菜さんと二人のマネージャーさん、そして栞菜さんが呼んだ狂我弥さんも一緒だ。



「ここが例のカフェ……奏空さん達からも話は聞いていたけど、まさか本当にあるなんてな」

「私も驚き。都市伝説的な物だと思ってた」

「私も同感です。ですが、噂のカフェがこんなにもオシャレなカフェだっただなんて……はあ、実際に来られて私は本当に幸せです」

「幸せ感じてる雪菜が今日も可愛い。鏡歌さん、この可愛さを小説にしたいんだけどいい?」

「それはいいけど……まあ、ほどほどにな。栞菜さん」



 栞菜さんの言葉に狂我弥さんがやれやれといった様子で答える。少し前、パワーアップしてドミソラジオになったソラジオに狂我弥さんがゲストで参加した際に栞菜さんが狂我弥さんへの好意を仄めかしたことがきっかけで、狂我弥さんと栞菜さんの関係が進展し、二人は事務所の公認で交際を始めた。


 人気ライバーの交際発表はやはり荒れるのかなと思っていたけれど、世間は思ったよりも寛容だったみたいで、人気小説家カップルの誕生として様々な人達からお祝いのコメントが寄せられ、狂我弥さんのファンやドミソラジオのリスナー達はお祝いのお手紙を山のように送ってきたそうだ。


 そんな二人に少し遅れる形で私と九音さんも交際発表をしたけれど、それも思っていたよりも世間に受け入れられ、それを見た雪菜さんは私達が羨ましいと思ったようで、自分もいい人を見つけるんだと言ってマネージャーさんと一緒に色々話をしているそうだ。今日はそういった報告も兼ねて、以前お世話になったお礼を言いに来たのだ。



「それにしても、狐崎さんの配信を俺達も見ていたけど、あんな風に声を使い分けながらしっかりと配信を進めてみせるのは本当にすごいな」

「そうですよね。子狐さんの可愛らしい声と玉藻さんの大人っぽい声を聞いていると一人で声を使い分けているのではなく、それぞれ別の方がやっているのではないかと錯覚してしまいます」

「それくらいすごかったよね、あの配信は。そういえば、あれから子狐の配信の方はどうですか?」

「それなんですが……実は子狐もバーチャルカンパニーの仲間に加わる事になったんです」

「ほう、そうなのですか?」



 雨月さんの問いかけに私は頷く。あの配信の後、雪月花とのコラボ配信や子狐と玉藻でのデュエットの歌ってみたなどを事務所の提案で行っている内に事務所内にも子狐のファンが増えていき、自分達もコラボしたいというライバーさんが増えていった。


 その声を聞いた事務所はいっそのこと子狐もバーチャルカンパニーの一員にしてしまえばコラボをしやすいだろうと判断したらしく、私や九音との相談を重ねた上でバーチャルカンパニーのライバーとして迎え入れ、近い内に新人さんを含めた雪月花の姉妹ユニットの一員としてデビューする予定になっている。その時には雪月花とのコラボもあるんだけど、その時には色々大変だろうなと考えながら今から少しワクワクしている。



「本当は子狐は事務所の力を借りずに頑張る形で出会った子だけど、やっぱり子狐も玉藻も狐崎翔子わたしの一部だから。変に意地を張らずに自分達の力で頑張ってみせた方があの子達も安心はするよね」

「私も同感。色々悩むのもいいけど、やっぱりのびのびと配信をしながら楽しそうにしている翔子を見る方が好き」

「私も同じ気持ちです。翔子さん、これからも一緒に頑張っていきましょうね」

「うん」



 雪菜さんの言葉に笑みを浮かべながら答え、今日も美味しいお菓子や飲み物に舌鼓を打ちながら楽しい時間を過ごそうとしていたその時だった。



「ん……ごめん、誰からか電話みたい」



 栞菜さんの携帯電話が震え出す。個人的なお友達の誰かなんだろう。そんな事を考えていると、画面を見た栞菜さんの目が丸くなる。



「月神さんからだ」

「え?」

「月神さんって……ドミソラジオの月神奏空さんですか!?」

「うん、そうみたい。少し出てみる」

「わかった」



 私が答えると栞菜さんは電話に出始めた。そして電話の向こうから聞こえてくる月神奏空さんの声に答えながら栞菜さんは頷いていたけれど、やがてその顔が真剣なもの、具体的には仕事モードの時のものに変わる。



「なるほど……ちょうど今雪月花の他のメンバーとマネージャー達もいるからここでまず話してみる。ちょっと待ってて」



 そう言うと、栞菜さんは携帯電話を保留にする。



「まさかの事ではあるね」

「栞菜さん、どうしたの?」

「仕事モードのお顔をされていますが、どなたからのお仕事のご依頼ですか?」



 それを聞いて栞菜さんのマネージャーさんがカバンからペンと手帳を取り出す。けれど、栞菜さんは雪月花の名前も出していた。つまり、この電話の内容は私達にも関係してくる事のようだ。



「まあ、仕事の依頼というか……ゲストに来てほしいという依頼みたいなものだよ」

「ゲスト?」

「月神さんでゲスト……え、それってまさか!?」



 雪菜さんが勘づくと同時に私も電話の内容に察しがついた。まさか前に貰ったコメントの内容が現実の物になろうとは思ってもいなかった。けれど、私の中の子狐と玉藻はやる気十分のようだ。それならば後はスケジュールとの相談しかない。



「栞菜さん、電話の内容を改めて教えてもらえる?」

「うん、もちろん」



 栞菜さんは私達が予想していた言葉を静かに口にした。



「雪月花でドミソラジオのゲストに行く気はある?」

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電子の狐は奏での空に憧れる 九戸政景@ @2012712

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