第34話 モアナのワカ
クライストチャーチを後にした一行は、モアナの導きでニュージーランドで唯一のフランス風の町アカロアに到着していた。そして浜辺に現れた洞窟が見えるカイは、レイノルド達にその方角を指差して見せるが、目を擦るだけで彼等の視覚では捉えられずにいた。
「カイには洞窟が見えているのか?」
何度も目を瞬きさせる壮星に尋ねられたカイは、大きな入口を開ける洞窟と壮星とを、交互に視線を動かした後に無言で頷いた。
「マウイ神の器って特別なのね」
壮星の隣に立つ凜も目をギュッと凝らすと洞窟に視点を合わせようと試みるが、彼女の視覚には全く映らない。
「カイコウラでは見えてたんだけどな」
「そうだったよね」
首を傾げるレイノルドに結月も同感の意を表す。
「あの時は、うちとモアナがちょうど出て来たとこやったから見えたんやろ」
「そっかぁ」
ウルタプの説明に全員揃って首を何度も縦に振った。
「分かったなら、行くで」
「暗くなる前に出発した方がいい」
先を急ぐウルタプとモアナに促された壮星達が、自分達の目には映らない空間に足を踏み入れた途端、浜辺から姿を消す。ウルタプが心配するように、突如人間が消えたのでは事件になるが、散歩を楽しむ男女やレストラン客は、モアナの力で起こした大波に気を取られたため怪しまれることはなかった。
一行が入った洞窟内は通常のそれとは全く異なり、まるで海の中を歩いているように、四方に魚の群れが泳いでいたが、身体が濡れる事も、空気が枯渇することもなく、皆は水族館に招かれた客のように口を開けたまま辺りを見渡した。すると、気付かないままに地上に出ており、先程までいたビーチが遥か遠くに見える。
「ここって、モアナが指差していた島の上なのか?」
「ああ」
一同が立つ足元には若干草の生えた岩場と背後には森が広がっており、島は遠目からの姿よりも大きく感じた。頭上で甲高く鳴く海鳥の声にカイは、ふと空を見上げる。
終わりの見えない青い空が広がっており、心地良い潮風が頬を撫でると長旅の疲れを連れ去ってくれる気がした。
「え?」
カイは、真っ青な空に一点の光を見付けると、眉を寄せ目を凝らしてみる。すると、その光がドンドンと大きくなっており、自分達にむかって落下している気がして身構えた。
「ウルタプ様ぁぁぁ~」
聞き覚えのある声にカイの恐怖心は即座に消えたが、舞い降りるとは言い硬く、高速で落ちて来ることに心配になると手を広げたが、カイの心遣いをよそに降下したツイツイは、ひらりとウルタプの肩に舞い降りた。
「ツイツイ、心配かけたな」
「ご無事で良かった、良かった。南島の端に居たので、お助けできなくて申し訳ありません」
「うちが、インバーカーギルに行って言うたんやから」
両羽を前で合わせ潤った瞳でウルタプをじっと見つめていたツイツイは、視線をモアナに移す。
「モアナ様、久しゅうございます。この度はウルタプ様をお助けいただいて有難うございます」
ウルタプの肩の上でモアナに礼を述べると身体を前に折り畳んだ。
「よぉ、ツイツイ、相変わらず主人と違って礼儀正しいの・・ イテっ」
ウルタプから足の脛に蹴りを一発入れられたモアナは顔をしかめた。
「あんたは、一言多いねん」
「ほんと、お前等仲が良いよな」
両腕を頭の後ろで組んだカイが、満面の笑みでウルタプとモアナに告げる。
「どこがやっ!」
「どこがだっ!」
「息ピッタリだね」
ウルタプとモアナが同時に反論したため、レイノルドが突っ込むと、その場に皆の笑い声が広がった。
カイの使命を知らされてから、どこか固かった空気が少し緩んだ気がして、久し振りにアリにも笑みが零れる。
「さ、行くぞ」
皆に笑われた気がしたモアナは鼻を膨らませ、ぶっきらぼうに号令をかけると、突如モアナの首に掛ってあるポウナウ石が光を放つ。すると、今まで穏やかだった海が大きな波をたてはじめたため、カイ達は大きく開けていた口を固く閉じた。
「あああ、いややいやや」
ウルタプが何故か不平を口にすると、腕組をしながら不機嫌な表情を浮かべる。
「ウルタプ、何が嫌なんだ・・ あ、海が荒れているから怖いのか?」
カイは、先程までと違い落ち着きのない様子のウルタプを気遣ってみせる。
「ちゃうわ~ まぁ見とき」
「え?」
不可解に苛立つウルタプの心を移すように荒れ狂う海面から、突如黒い影が浮かび上がって来る。
「何か来るぞ」
「あれ何?」
黒い影がどんどんと巨大化し、繊細に彫刻された木彫りの物体が顔を出したかと思うと、続いて両側に何本ものパドルを持った大型カヌーが現れた。
「カヌーだっ」
仰天から尻もちするのを何とか持ち堪えたカイ達が、驚きを口にしている間に、巨大なカヌーがその全容を露にする。
海から出現したにも拘らず、全く濡れておらず、最初に顔を出した先端には、カイのポウナウ石と同じTIKIのぽってりとした腹と長い舌を出した姿が、丁寧に彫られており、船体はモコ(タトゥー)に似た模様で、隅々まで彩られていた。
「これってモアナのカヌーなのか? 凄いな」
「カヌー?」
「ウルタプ様といい、マウイ神の僕さんって、マジでヤバい」
「マジでヤバい?」
モアナは、カイと壮星から飛び出した聞いたことのない響きに首を傾げる。
「モアナとカヌーがカッコいいって意味よ」
不思議な面持ちのモアナに凜が説明すると、モアナがハッとした顔をする。
「カヌーじゃない。マジでヤバい自分のワカだ」
鼻息を鳴らしてそう告げると、美しいカヌーを指差した。
「ワカ?」
「そっか」
頭上にハテナマークを浮かべる壮星の横で、カイとレイノルドはポンっと手を叩くと同時に合点がいく顔をする。
「カヌーはマオリ語でワカだった」
「だね〜」
「そうなのね」
「マジでヤバいモアナのワカだっ! カッケー」
壮星は両腕を天高く上げ、バンザイをするとモアナからのタッチを待った。
『パチンっ』
モアナと壮星の両手の平が重なると辺りに気持ち良い音を響かせた。
「ここからは、モアナのワカでオマルーまで行くのか?」
「ああ、その方が楽だからな」
「うちには苦痛や・・・ はぁ―」
難しい顔を崩さずにウルタプは大きな溜息をついた。
「海、苦手だもんな」
「ウルタプ様、俺、水泳が得意だし、お守りしますよ」
壮星はしかめっ面のウルタプにポケットから取り出したチョコレートを渡すと、自信たっぷりの顔を向ける。
ウルタプは無言で前に出されたチョコレートを受取るや否や口に放り込むと、口を尖らせながら味わって見せる。
「大丈夫だと、何度も言っているんだがな。海の方が月族からも見つかり難い」
「分かってるわ。うちだけ森を移動してもええけど、あんたにカイを任すのもシャクやからな」
「車はどうするんだ?」
「車はうちが森で移動させるから心配ない」
自分の車が勝手に森を移動することに、不安な表情を全面に出すアリの肩をカイがポンっと叩いた。
「今まで無傷だ。問題ないだろう」
固い口調で応じるアリにカイは肩を竦めると、心苦しい思いを含みながら微笑んだ。
「早く行くぞ」
モアナの大きな掛け声に一同は背筋を伸ばすと、姿勢よく立って見せる。
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