第27話 カイコウラ
大海原の景色を眺めながら、一同は目的地であるカイコウラの近くまで辿り着いていた。カイのポウナウ石は静観を保つように未だ反応が見られず、またウルタプも北島を離れて以来、姿を見せずにいたため、カイの心の余裕が擦り減っていく。
「うおっ! あれって鉄道なのか?」
カイの不安が連鎖したように、静かになりかけていた車内で壮星が大声を出した。
「本当だ。海沿いを走るなんて素敵」
「それに見て、ガラス張りが多いから外の景色が良く見えるんだろうね」
不安で口数が少なくなっていたカイの鼓膜に、後部座席からの元気のいい声が届き、意識を海沿いを走る汽車に向ける。
幼い頃、父義海、兄ランギと共に乗車した情景が脳裏に浮かぶと、楽しかった時間を思い起こし自然と頬が緩んだ。目的地であるカイコウラにも家族で訪れ、浜辺で海を眺めながら食べたフィッシュアンドチップスの味が舌に蘇る。
「カイ? どうしたの?」
隣で、カイのポウナウ石を一緒に監視していたレイノルドが、カイの異変に気付くと声を掛ける。
「レイ・・ いや、何でもないよ。昔、父さん、兄さんと、あの鉄道に乗ったのを思い出しただけ」
「儂も覚えとるぞ」
「そうだった、アリやオリ達も一緒だったね」
「ゾウアザラシに虐められたのを覚えとるか? ハハハ」
車のハンドルから左手を外しカイの肩を軽く叩くとアリも懐かしい過去を語った。
「アザラシ?」
レイノルドが驚いた表情を浮かべると、走り去って行く鉄道と海を眺めていた結月達も前の座席での会話に興味を示す。
「そうそう、岩場で父さんがアワビを見せてくれてたんだけどさ、知らぬ間にでっかいアザラシ囲まれて、ビビってる俺をランギが抱っこして助けてくれたんだ」
カイは両手を広げて当時遭遇したアザラシの大きさを身体で表現した。
「カイコウラにアザラシがいるの?」
「アザラシってゴマちゃん? 見てみたい」
女子組は日本で人気の可愛いアザラシを思い浮かべると楽し気な様子で会話を弾ませた。
「姉ちゃん、アリお祖父ちゃんがゾウアザラシって言ってなかったか」
「そう言えば、カイもでっかいって」
結月と凛が頭で描いていた、つぶらな瞳のアザラシが変形していくと、無言になった。
マオリ語でカイは食べ物、コウラはクレイフィッシュ(ニュージーランドの伊勢エビ)の呼び名を持つ、カイコウラは海沿いの美しい町で、シーフード料理が有名だが、海の野生動物も多く生息している。ニュージーランドでホエールウォッチングと言えばカイコウラだが、カイが遭遇したように数種類のアザラシの生息地もあり岩場で寛ぐ姿を見ることが出来るほか、夏場はアザラシ達と一緒に泳ぐツアーも催行されている。山に近いカイコウラでは海洋アドベンチャーだけでなく、ジップラインからの深緑色と深海色の絶景を楽しめるエコツアーもある。
【カンタベリー地区】と書かれた看板を目にしたカイは、TIKIに変化がないか確かめるために首から下がる紐を引っ張ると、ポウナウ石がTシャツの下から顔を出す。
「あれ?」
先程までは全く動きのなかったTIKIが僅かだが光を放っている気がして手の中に包んでみた。暗くなったカイの両手の平の中で、確かにTIKIが仄かな光を発していることを確認したカイは、マウイ神からのサインが出ていないか周辺を見渡した。
ポウナウ石を握りしめキョロキョロするカイの行動に気付いたアリが、車を路肩に寄せると車を停止した。
「アリ、TIKIが光を出したよ」
「そうか」
「本当だ」
カイが両手で包み込んでいるポウナウ石を覗き込んだレイノルドが同意するように首を上下させる。
「なになにどうしたの?」
車を停め前方席の三人が話し込んでいる様子に結月達が前のめりになって尋ねていると、凜が海の方を指差した。
「あそこ光ってるよ」
一見雲の谷間から光が差し込んでいるようだが、光が逆三角形を描いており、上空にいくほど大きく広がっていた。
カイは光の発端を目線で探すと小さな島というより岩場が大海原に浮かんでいる。
「あの岩場みたいだけど、ボートでもなきゃ行けない。それにTIKIがまだ前みたいに指し示していないから違うのかな」
「近くまで行ってみよう」
アリはそうカイに応じると再度車を発進させる。
カイはTIKIが自由に発光できるように固く握っていた手を広げてみるが、僅かに光っているだけであった。
「ワイポウア・フォレストの時も近づいてから光線を出してたと思うし、もうちょっと様子を見よう」
「だなぁ」
レイノルドの提言に納得したカイだったが、手がかりを探すと同時にウルタプが姿を見せるのを期待しいており、必死で辺りを見渡した。
車を走らせていた国道から細い脇道に入ると、車内に潮の香りが漂い海へと近づいていく。すると小さく見えていた岩場は意外と大きく、島を形成していて、はっきりと光を天に向けて放っているのが確認できた。
「やっぱりあそこからだよな」
「でも今回はカイのポウナウ石が光ってないね」
壮星と凜の会話に同調する皆の心に不安の影がおりると、続ける言葉が見つからず黙りこんでしまう。
車道の行き止まりが見え、アリが車を停止すると車内にサイドブレーキを引く音が響く。
「車でいけるのはここまでだ。降りるぞ」
アリの言葉にカイは強く頷くとレイノルドもその隣で小さく「オッケー」と呟き車のドアを開けた。
塩気を含ませた風が車に入り込んで来る。
【マウイ様】
「え?」
浜風に乗ってカイの心に語りかける声が届いた途端、身体の制御が効かぬように走り出したカイは、海沿いにポカリと空いた洞窟に辿り着いた。
「はぁはぁ、カイ、突然走り出してどうしたの・・ うわっ」
カイに追い付いたレイノルドの呼び掛けに、振り返ったカイが持つTIKIから光が出ており、不自然に姿を現した暗い洞穴を照らしている。
「はぁ、カイ足早いっ! あ、光ってる!」
「何だ、あの洞窟」
「ちょっと怖いね」
結月達が恐れるように洞窟を形成するような地形ではなく、ただ砂浜の上にポカリと人が入れる大きさの黒い穴が開いており洞窟と思えるのは、その穴の中に湿気を伴うような岩が見えるからだ。
「ワイポウア・フォレストの時のように、カイがまた浮かびあがるのか」
アリはそう告げながら、カイの肩をしっかりと抱くと、レイノルドもカイの手を握る。
「大丈夫だよ。あの時はビックリしたけど、ウルタプに会えたわけだし。俺、入ってみるよ」
「儂も行く」
「僕も」
「カイ」
不安な面持ちを全面に見せる結月達を置いてカイが洞穴に入ろうとした時、洞窟の中から人影が現れた。
「誰か来るぞ」
アリの言葉に一同身構えてしまうが、先程心に届いた声の持ち主だろうと確信していたカイに恐怖心はわかなかった。だが、徐々に近づいて来る大きな人影には二つの頭があるように見え、その場にいる全員が一斉に息をのんだ。
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