第18話 お土産
テーブルを囲むカイ達の前に突如現れた鳥が人間の言葉を話したため、奇声を上げ飛び上がった結月等を冷ややか目でウルタプが見つめる。
「やかましぃなぁ」
ウルタプが両方の耳に人差し指を突っ込みながら大きな溜息をついた。
目を点にする結月達を余所に、デッキテーブルに下りた鳥は鳥らしくテーブル上を歩くとカイの前で止った。
「お久し振りです」
首元にある雪洞のような白い房が特徴的な鳥は、そう告げると光沢のある青い右羽を前に一礼をする。ムクドリ程の大きさの鳥に律儀に挨拶をされたカイは、反射的に頭を下げると挨拶をした。色々な考えが頭を高速で駆け巡る結月達だったが、倒してしまったデッキチェアーを持ち上げると再び腰をおろす。
「ほんで、何処に居るんや」
「カイコウラ辺りやな」
「カイコウラか、あいつらしいわ」
「おいっ! 鳥が喋るの可笑しいだろ」
鳥と淡々と会話をするウルタプに対して、我慢できなくなったカイが突っ込むと、ウルタプと鳥が同時に冷たい目をカイに送る。
「今の人間がこのこらの声が聞こえなくなっただけや。な、ツイツイ」
「ツイツイ? その子の名前か? ネーミングセンスねぇな」
「どうして? ツイツイって可愛いけど」
人間のように言葉を話す鳥に未だ自分の耳と目を疑う結月達だったが、凜が少し正気に戻るとポツリと意見を述べる。
「あ、だってね、その鳥、ニュージーランドの固有種でツゥイって言うんだよ」
若干放心状態だったレイノルドも頭を犬のように左右に2、3度振ってからパンパンと軽く自分の顔を叩くと凜に説明した。
「そうなんだ。可愛い」
先程まで固まっていた結月も凜と一緒にツイツイを見つめると頬を緩めた。
「照れるなぁ~ 痛っ」
右の翼を頭上に置き照れ笑いを浮かべるツイツイは、ウルタプに人差し指で突かれる。
「じゃあ、次の目的地はカイコウラって事ですかね?」
ツイツイが中心だった話題をポウナウ石探しに戻したアリは、テーブル上で組んでいた両手を解くとウルタプとツイツイに問い掛けた。
「そうみたいやな。近くまで行けばカイのポウナウ石TIKIが教えてくれるやろ」
「では、早速出発の準備をしますか」
アリはパンと手を1つ叩き、皆を眺めながら告げると椅子を引き立ち上がった。
カイ達は、先ずはウルタプの力でナワ温泉へ運んで貰うと皆で温泉を堪能した。
ナワスプリングス(Ngawha Springs)は、オークランドから北へ約260キロ離れたカイコヘ地区の小さな村で、昔から地元の住民に愛されている「沸騰する泉」と呼ばれる温泉が湧き出ている。一般スペースには泥風呂を含む16種の泉質や温度の異なった露天風呂があり、水着を着用して入浴するスタイルである。
「あ~いい湯だったなぁ。温泉の名前がさぁ、ブルドックとかドクターとか面白かったよな」
「だねぇ、泥温泉って初めて入った」
「私も。お肌がすっべすべぇ」
南へ下る車内で満足そうに自分の頬や腕の肌を摩る結月と凜につられて男共も黙って自分の肌を確認する。
「レイノルド、狭くない? 大丈夫?」
結月がふと自分達の後ろに座るレイノルドに気遣うと背後に視線をおくる。
「僕スリムだから平気平気」
「そう? 交代するからいつでも言ってね」
「そうだぞ、レイ。俺も代わるからな」
「かたじけない」
レイノルドの侍言葉に車内に小さな笑い声が広がる。
「マタカナのマーケットで旨い物が食べれなくなるぞ」
レイノルドに座席を譲ってもらい、カイの隣に座るウルタプは、車に乗り込むや直ぐにクラッカーを1箱たいらげ、2つ目を開けている所でカイに忠告される。
「あんた等を移動するのに大量のマナを使うんや」
箱からクラッカーを両手いっぱいに取り出したウルタプは厳しい表情をカイに向ける。
「あ、そっか。ごめん。それから、ありがと」
「そんなに素直やと逆に気持ち悪いな。分かったらええねん」
礼を言われたウルタプは、はにかんだ顔を見られぬように思い切りクラッカーを口に放り込んだ。
ナワスプリングスを後にした一同は、オークランドから45分ほど北に位置するマタカナに向けて車を走らせていた。ナワ温泉から直接ワイトモケーブまで運ぶつもりだったウルタプだが、マタカナで毎週土曜日だけ開催されるファーマーズマーケットに立ち寄りたかったカイが、美味しい物が沢山食べれるとウルタプに吹き込み、マタカナに立ち寄る事に成功したのだ。
人気のマーケットはいつも賑わっており、突然アリの車を登場させるのは得策ではないと考えたカイ達は、少し手前の森まで運んで貰いそこから目的地まで車で行くことにしたのだ。ウルタプは移動する際、違う次元を旅するため誰かの目に入る事はなく、それは人やモノを運ぶ時も同様だが、カイが犬に襲われたこともあり目立つ行動を避けたいアリが強く主張したのだった。
「このクラッカー美味しいもん、ウルタプちゃんが止らないのも分かる」
背後からボリボリとリスが木の実をかじるような音に気付いたカイが振り返る。
「結月、お前まで。ハァ―― 太るぞ」
「日本に帰ったらダイエットするから、いいの」
温泉で火照った頬を膨らませながらクラッカーを嚙むいい音に壮星もたまらず結月から2枚クラッカーを盗むとその内の1枚を凜に渡す。
「これも旨いなぁ」
「うん、本当。昨日食べたのとまた違う。ニュージーランドのクラッカーって、ひまわりやカボチャ、アマニの種とかが入ってて美味しい」
「だよねぇ、ニュージーランドって食パンも木の実やナッツが入ってるの多いよね。食パンだけで栄養もビタミンも取れちゃう感じ」
朝食が早かった結月達の胃袋は空っぽになりかけており、ウルタプから漂う音と香りに耐えられなくなっていたのだ。
「これ知ってるか?」
前に座るウルタプが面倒くさい態度を装いながらクラッカーの箱を背後に座る結月に手渡す。
「食べてみ。また違ってて美味しいで」
「あ、え? ありがとう・・・ これはクランベリーとマカデミアナッツ? え? ドライフルーツとナッツ?」
商品名を確認した結月は早速口に放り込むとバリバリと良い音を響かせる。
「ウルタプちゃん、本当だぁ~ これ美味しい。チーズとか載せなくても、これだけで十分」
結月だけでなく、後部座席に座るレイノルドも含め全員が咀嚼する音を奏でると、皆一斉に微笑んだ。
「これ、やっべぇ~。昨日のチーズ風味が一番だと思ってたけど、ちょっと甘味があるのもうっめ―。流石ウルタプ様」
「本当に美味しい。帰国する前にスーパーマーケットで沢山買おう」
「だなぁ」
「僕もいつもお土産はスーパーマーケットで買うよ。蜂蜜とかチョコレートとかニュージーランドにしか売ってないのが沢山あるからね」
「チョコも美味しいよね~ サイズがめっちゃ大きいし」
「マヌカハニーとかキウィ入りのチョコレートがあるよ」
「俺が飲んでたL&Pってジュースあったろ。それのチョコもある。ホワイトチョコだけど、口の中がパチパチ弾けるのが入ってて面白いぞ」
「へぇ――」
「旨そうだな」
「スーパーマーケットに行きたくなっちゃった」
「外国のスーパーって大きくて面白いよね。鳥の丸焼きとか売ってるし」
「食パンとかポテチとか何でもデカイよな。3リットルの牛乳なんて初めて見た。冷蔵庫に入るのかよ」
「今回の旅行は一軒家借りて泊まるってアリが言ってたから、自炊だろうし、スーパーマーケットには寄ると思うぜ」
「家丸ごとって事? すご―い」
スーパーマーケットに行く楽しみが出来た結月達の脳内には早速買い物リストが刻まれていく。
「その前にマタカナのファーマーズマーケットにも色々ある。ホワイトべイトフリッターズってのがおすすめだ」
「僕もそれ」
レイノルドが手を上げるとカイの意見に同調する。
「ホワイトべイト・・・?? 何それ?」
「日本で言えばシラスみたいな稚魚を卵と一緒に料理して食パンの上に載せて食べるんだ」
「美味しそう。シラスをお寿司とかにはしないんだね」
「食べ方は国それぞれだなぁ」
「だなぁ~ アワビとかも生じゃあくて同じ様に卵で食べるしな。流石に勿体ない気がする」
「アワビが採れるんだ」
「ああ、伊勢海老みたいなクレイフィッシュやホタテ、昆布とか、ニュージーランドも島国だからさ、だいたい採れる。サーモンやグリーンリップドマッセルって貝の養殖も盛んだしな」
「タラバガニはいないけどね~ ハハハ」
カイ達が食べ物の話で盛り上がっている間にアリは駐車場所を見付けると、いつの間にか車を停めていた。
「着いたぞ」
「え? もう?」
「ウルタプ様のお蔭だなぁ~」
壮星は背後からウルタプに礼を告げると下車する体勢になるが、何故かウルタプが身動きしない。
「降りないのか?」
真ん中に座るカイがウルタプが尻を上げるのを黙って待っていたが、一向に動きのないウルタプに怪訝な顔を向ける。
そんな様子を観察していたアリは胸騒ぎで一足早く下車をすると、注意深く周囲を観察した。
テイクアウトした食事を口に入れ、満足気な笑みを浮かべる人達で賑わっているマーケットだが、重い空気が漂っていることにアリは身構えてしまう。
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