第25話 ミルス編~越境
《百四十六日目》
「では、出かけて来るが、後は頼んだよ? ショルツ殿。」
「ああ。任せてくれ。シン殿から貰った情報は大いに立った。私でもなんとかやれそうだ。あんた方が戻ってきた頃には大分良くなっているだろうさ。」
治癒師ショルツとシンは握手をした。短い間だったが同じ医療を行う者として二人はなんだかウマが合った様だ。
あと、見送りには受付嬢のアンジェリンだけがいた。あまり大事にしないように配慮した結果だ。
「兄さまをお願いします。」
クレアがアンジェリンにお願いすると、アンジェリンは礼をとって言った。
「はい! 御曹司は必ず守って見せましょう。パーラノアにとって大事な方ですから。」
あたしたちは治癒の為に次の街を巡るということになっている。
クレスとクレアが一緒だ。まさか危険な国境を越えるとは誰も思うまい。
あたしたちはいつもの通りにノアールとブランシュに乗り、皆で手を振りながら、街を後にした。
国境は近い。今日中に越えられるはずだ。但し、国境の砦は経由できない。あたしたちが他の街を巡ると言った手前もあるが、そもそも封鎖されているだろう。なので、森を抜けて国境破りをするつもりだ。
昼間とは言え、この辺りの魔物は結構凶暴だ。森を抜けるのは普通じゃ考えない。けど、最近はあたしがスキルを放つだけで魔物は寄って来なくなった。おかげさまであたしの戦闘系スキルのレベルアップは殆どなくなってしまったが、それは仕方ない。安全第一。
しかし、森の中は奥に入ってしまうと人が通れるようにはなっていない。そこはシンが邪魔な木々をスキルで伐採しながら進むという荒業で進んだ。
「凄い! シンさんの剣技はいつ見ても凄まじいですよね。一振りで通り道がこんな簡単にできるなんて!」
クレスが驚いて言ったが、あたしも別の意味で驚いていた。
「ねえ。こんな大きな音立てて大丈夫かなぁ! パーラノアまで聞こえそう!」
大声上げないと聞こえないレベルだ。これにはクレアが答えた。
「ああ。それは大丈夫じゃないかと思いますぅ! 魔物が活発な時はこんな音、日常茶飯事なので! けほっ!」
音もだが土煙も凄い。シンも人間辞めてるなぁ。
「ああ。すまない! ちょっとコントロールできそうにない。少し我慢してくれ。」
シンはすまなそうに言うが、自重する気は無いようだ。あたしたちはさほどスピードを落とすことなく、森の中を突っ切った。
森を抜けるとそこは既にミルスの土地だ。小さな湖畔に出た。
「あ。ここはミレー湖?」
クレアが小首を傾げた。嘗ては美しかっただろう湖畔は荒れ果て、倒木や泥で見る影もなかった。悲しそうな表情をするクレアをちらっと眺めてクレスが言った。
「ここがミレー湖なら、ミルスの別宅があるはずです。行ってみましょう!」
♢ ♢ ♢
クレスが言う通り、湖畔に屋敷が建てられていた。ミルス家の人たちが余暇を過ごすためにある別荘の様な立ち位置らしい。けれども、森や湖に近い場所に建てられているため、常に魔物の脅威に晒される。なので城壁に囲まれたその姿は最早要塞。別荘という名前から想像できる優雅さは欠片も無かった。
魔物は森だけではなく、湖からも来る。但し、水棲で陸に上がれる魔物はそんなに強くないので、庭園は荒らされているが、建物自体は無事の様だ。
そして中に入ってみてわかる、その周囲に湖畔の一部も含めて頑丈な城壁で囲まれている異様さ。
「ふわ~。これは凄いね。遊びに来て落ち着ける所では無さそう。」
そうあたしが言うと、クレアが答えた。
「こう見えても、中は他の一般的な屋敷と変わらない住居仕様ですよ? そして、本来なら屋敷から見える湖の様子はとても綺麗なの。特に夕日が素敵ですよ!」
クレアが手を組んで目を閉じている。大好きな風景を思い出しているんだろう。それを聞くと、あたしも見てみたくなった。
「ク、クレス様! クレア様! 一体どうしてここに!」
声に驚いて振り返ると、初老のがっしりとした男性と小柄な女性が屋敷から駆け寄ってくるところだった。
(え? 人がいたのね。新しいところに踏み入るときはサーチするのに。最近は何事もないので無意識にでサボってしまった様ね。反省。)
見るとシンもクレアも驚いている様子。同じく警戒を怠ってしまったのだろう。気を引き締めなくっちゃ。
「サージにマーサ! どうしてまだここに? 避難しなかったのかい? あ。こちらはご夫婦で屋敷の管理を任されています、サージとマーサです。」
駆け寄って来た夫婦と手を握り合いながら、クレスがあたしたちに簡単に紹介してくれた。
あたしたちも簡単に自己紹介すると、相変わらず驚きを引きずったままのサージが言った。
「それにしても、クレス様とクレア様が庭に現れたのを見てびっくりしました。サンクトレイルに留学中と伺っていたので。それに現在ミルスは〝大海嘯〟の真っ最中ですぞ? ま、とにかく中に入りましょう。ちょっと落ち着きましょう。」
どう見ても一番落ち着いてないのはサージだ。彼の提案に従い建物の中に入ると、なるほどクレアが言った通り、綺麗に管理された住居仕様の屋敷だ。
あたしたちは客間に通され、促されて高級そうなソファに座った。あたしはシンの隣だ。何となく久しぶりの近い距離感にドキドキする。
マーサが用意してくれたお茶を飲みながら、寛いでいると先程までの強行軍が夢のように感じられてくるのが不思議だ。それは皆も同じようで、それぞれ言葉少なに考え事をしている。
少し落ち着いた頃に、執事服に着替えたサージが現れた。形から入るタイプらしい。
それからはお互いに質問する形で情報を交換した。
兄妹がここまで来た簡単な経緯の説明には大層驚かれたが、あたしたちが守護して来たことに対してはひどく感謝された。この兄妹はこの老夫婦にもかなり可愛がられているようだ。
サージは元ミルス家の騎士団長で、ケガの為に引退した身であった。本人の希望もあって、ここミルスの別邸を任されることになったらしい。
〝大海嘯〟の情報が流れた時には一度、領都に帰ったそうだが、ドムトリニア侵攻の知らせを受けて、別邸に戻って来た。ここはミルスでも屈指の頑強さを伴う建物であり、文字通り要塞としての機能もある。有事には防衛拠点の一つとして役に立つと判断し、サージが独自に兵たちの受け入れ準備を進めている最中だったらしい。
ドムトリニアの侵攻を受け、国境のアーストレイユ砦を奪われたが、幸いにしてその後は現在に至り動きが無い。
かと言って、ミルスもダメージが大きく、騎士団は崩壊。増え続ける魔物を抑える手段もない状態だ。だが、この状態がドムトリニア侵攻を阻んでいると言えなくもない。皮肉なものである。
生憎と領主夫妻の安否は、アレスの情報と同じく分からないそうだ。
♢ ♢ ♢
アーストレイユ砦はここから馬で一日。
あたしたちはその攻略の作戦を練ることになった。
砦攻略の話を初めてした時、サージはあくまで可能性の話としてのシミュレーションだと思った様だ。あたしたちが本気で攻略を考えているとは露程にも思ってないだろう。
元騎士団長の話はとても有意義な示唆を含んでいた。話を進めて行くうちに、シンとあたしの二人だけでの攻略を考えていることが分かってくると、とんでもないことだと反対された。
ここに来る前のアレスとのやり取りの再現だ。
「私も参加させて下され! この老骨、まだまだ役に立って見せようぞ!」
クレスとクレアが同行することを告げ、これもアレスとのやり取りが再現され、ひと悶着あった後サージが強く主張してきた。
「この人は一度言い出したら聞きませんからね。どうか連れて行って下さい。」
マーサは旦那を引き留めるわけでもなく、逆に送り出す姿勢。それに対し、シンが頭を掻きながら応えた。
「ならば、クレスとクレアの護衛を頼めるかな? サージ殿。腕のある人間の護衛はあると心強い。ところで引退した時の怪我ってどうなんだ?」
サージはシンの言葉に破顔しながら答えた。
「ありがとうございます! なに、利き手側の肩を負傷して腕が上がらない程度です。まだ反対の腕がありますので何の支障もありません!」
どこが支障無いのだろう。これはアレだ。執事の皮を被った脳筋だ。これにはシンが反応した。
「ちょっと診せてくれるかな。少しでも良くできればいいが。」
「何せ古傷です。どうしようもないと思いますが。」
シンが医者だとは最初に告げてある。不可解な表情を浮かべながらも、サージはシンに身を委ねた。
シンはサージの上半身を剥いた。現在も尚、鍛えているのが分かる体だ。サージはクレアを除く兄弟の剣の師匠でもあるらしい。
そしてその肩口に大きな傷跡がある右肩を触診しながら、その腕を色んな方向に動かし、質問しながら診た。
「傷のせいで腱と筋が固まっているなあ。年月が経っているからここからの回復は無理だな。しかし・・」
顎に手を当てて思案していたシンはあたしを見た。
「え? やるの?」
何か月も一緒に仕事してきた仲だ。シンの考えていることは大体想像がつくようになってきた。
シンの専門は外科だ。治癒師の存在があるこの世界では魔法で医療を行うのが普通で、外科は発達していない。
これまで切ったり縫ったりという作業は基本的に対象を眠らせて行ったのであまり不振に思われなかっただけだ。
「サージ殿。その肩、治るかも知れないと言ったらどうするね?」
「え? 本当ですか! もし治ると言うならば・・・ 是非! 是非とも治したい。歳は重ねましたが、この腕が万全ならば若い衆に引けは取らない自信はあります。またこの地の役に立ちたいのです!」
「よし! 承った。マーサさん。どこか個室を貸して欲しい。できるだけ清潔な部屋を。すぐに処置しよう。ユーリ、サポートを。」
流れるような展開で、サージの肩を手術することになった。あたしもサージが万全である方が安心できる。とっとと治してしまおう。
マーサが用意してくれた部屋のテーブルを簡易ベッドに仕立て、サージを寝かせる。部屋の中はサージとシンにあたしの三人だ。いつもの通り部屋に結界を張り、中を無菌状態にする。
シンはいつも持っている医療道具を広げ、あたしはサージを眠らせ、〝光照〟スキルでシンの手元を照らす。あたしたちは流れるような作業で呼吸を合わせる。何回もやっているので、言葉を交わさなくても、お互いにどう動いたらいいか分かるレベルにあった。
シンが執刀する。スキルを使っているので出血も殆ど無い。
あたしは以前から医療の経験は無かったが、シンと一緒に現場に立ち会い続けることで、そんな切った張ったの場面にも最近は慣れて来た。戦闘も同様である。以前のあたしでは考えられない。慣れって怖い。
固まって既に灰化している腱と筋を除く。ごっそり切除したが問題ない。最早あたしのスキルは、少しでも健常な細胞が残っていれば再生可能な域に達している。
〝聖光天臨〟。聖女スキルを解放する。聖女系スキルであたしが望むものを自動で効果的に選択し発動する。
見る見るうちに正常な腱と筋が形成されていく。このシーンばかりはあたしがやっているにも関わらずなかなか慣れない。現実味がないのだ。
再生状態を確認して、シンは執刀して開いた部分を一気に縫合して閉じる。
あたしはその傷口に対しスキルを行使して傷を治し、シンはすぐに抜糸した。
その間、全行程、元の世界の時間感覚で20分というところか。
表面的なサージの姿は手術前と変わらない。だが、言ってみれば新調した筋肉だ。体に馴染ませる時間は必要だ。このまま眠らせておくのが一番だ。
あたしたちは結界をそのままにして部屋を出た。
部屋の外ではなんだかんだ言っても心配だったのだろう。マーサをはじめ、クレスとクレアが待機していた。
「な、なにかありましたか?」
クレスが動揺した顔で訊いて来た。
「終わったよ?」
あたしが言うと、三人は三様の顔で〝えっ??〟と言った様子。
それに対し、シンが説明した。
「サージ殿には今、眠ってもらっている。明日起きた時には腕が動かせているはずだ。このまま気付くまで寝かせてやってくれ。」
するとマーサが口を開いた。
「あのぉ、ありがとうございます? 取り敢えず、お疲れでしょう。簡単ではありますが、食事の用意をいたします。その前に湯殿を用意してありますので長旅の疲れを流して下さいまし。」
半信半疑なのだろう。取り敢えずサージが無事で良かった、といったところか。
それにしてもお風呂があるとか! 流石有力貴族宅だ。そこそこ広い湯船で、4人ぐらいは一緒に入れそうだが、さすがに交代で入った。先ずはあたしとクレア。次にシンとクレスだ。
女の子のお風呂は長いよ? と、後にしてもらおうと提案したが、軽く往なされた。そんなところはシンは頑固だ。クレスも最近はシンのシンパなのでマネをする。
(まあ、いっか。)
あたしたちは遠慮なく、一番風呂を頂くことにした。
この世界、シャワーはあっても、お風呂はめったにお目にかかれない。何気にクレアと一緒に入るのは初めてだったりする。
他愛のない会話をしながら、お互いの髪を洗ったり、背中を流したり。敢えて明日からのことは話さないようにして、久しぶりのお風呂を楽しみ、今日という日が過ぎていった。
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