第24話 次の目標と行動

《百四十五日目》


 シンとあたしは、ここ数日他の街でもやった様に、施療院や救護施設に通い、病気や怪我人の治療にあたっていた。

 初日にアレスの治療をしていた治癒師は名をショルツと名乗り、その後のシンの手際を見て全面的に信頼をしてくれるようになった。

「私はここパーラノアの治癒師でな。国お抱えの治癒師ほどの技量は無い。シン殿が来てくれて本当に助かった。見ての通りこの街も病人だらけだ。私にもできることがあれば全力でサポートする。どうか助けてくれ。」

 そう頭を下げられて頼まれれば、受けたくなるのが人情。シンは胸を叩いて引き受けた。

「ああ。任せてくれ。ここまで立ち寄って来た街で、大体の状況と治療法が分かって来た。先ずはそれをあんたと共有化させて貰おう、ショルツ殿。」

 その後、あたしも含めて三人で病人たちの治療にあたり、目に見えて回復者が増えて来た頃、暫くアレスの看護で施療院に詰めていたクレスがあたしたちの前に駆け込んで来た。

「シンさん、ユーリさん! 兄上が目を覚ましました。どうか来ていただけませんか?」

 あたしは喜びに溢れた顔をしたクレスの頭を撫でて言った。

「もちろんよ! ねぇ、シン? 良かったね、クレスくん!」

 シンが頷くのを見届けて、クレスの先導でアレスの病室を見舞った。

 アレスはベッドに横たわってクレアと話をしていたが、あたしたちが入って来たのに気付き、起き上がろうとしたようだ。

「待って! 起き上がらないで。安静なんだから!」

 あたしが慌てて駆け寄りアレスを寝かせると、アレスの目を覗き込むような体勢になった。

 兄妹と同じ紫水晶の瞳は心なしか見開かれている。近くで見てもかなりの美形だ。クレスも大きくなったらこんな美形に育つことは想像に難くない。

「あ、ああ。ユーリさん、そしてシンさんですね。事の次第はクレアから訊きました。本当に有難うございます。あなた方は命の恩人だ。」

 アレスは少しもたつきながらも右手を差し出して来たので、あたしは両手で包むように握手した。次いでシンとも握手を交わした。

 クレアが何やら感動して涙を拭っていたので、頭を撫でてやる。

 シンは続けてアレスに質問した。

「左腕はどうだい? 少し様子を診てみようか。痛みはあるかい? 感覚は? 指を動かせるか?」

 シンはアレスの左腕を少し持ち上げながら、あちこちを触診した。

 見ると、僅かながら指が動いたような気がする。

「私はこの腕を刎ねられたところをよく覚えてます。だから不思議だ。こうして元に戻っている。なんだかあの出来事が夢の様です。感覚ならありますよ。かなり鈍いですが。確かに指先を感じることができる。」

「そうか! 神経がちゃんと繋がった様だ。あとはリハビリ次第で良くなっていくだろう。体の方もこれからはちゃんと食事もとれるだろうし、回復できるぞ!」

 シンがアレンとクレア、クレスと順番に顔を合わせながらそう告げると、兄妹は嬉しそうにお互いに手を合わせて喜び、アレスのベッドに駆け寄った。

「アレス兄さま! 良かった。生きててくれて。」

「兄上! 心配したんですよ。シンさんとユーリさんがいてくれて本当に良かった。」

 アレスはぎこちなく動く右手を上げて兄妹の頭を撫でると言った。

「お前たちも見違えたなぁ。ついこの前、サンクトレイルに旅立ったと思ったが、こんなに逞しくなって帰って来て。」

「そうかなぁ。わたしはそんなに変わってないと思うけど・・・」

 クレアが自分を見下ろしながら言うとアレスは言った。

「ふ。見た目は変わらないけどね。何というか、クレアはぐっと大人びた雰囲気が出て来たし、クレスもかなり落ち着いた雰囲気になったな。父上にも見せたいなぁ・・・」

 思わず安否が分からない父親の話がでてしまったので、アレスはしまったという顔をして、兄妹を抱き寄せた。

 少ししんみりした雰囲気になったので、あたしは努めて明るい声で言った。

「お兄さんがせっかく目覚めたから、美味しいスープでも作りましょう。大丈夫かな? シン。」

「ああ。少しずつ栄養をつけていかないとな。ああ、厨房には俺も行こう。料理はできないが材料は選ばせてもらうよ。まだ胃に刺激は与えられないからな。」

 そうシンが口を挟むと、クレアが言った。

「兄さま。ユーリさんはお料理の天才なの! どんな材料だって美味しいわよ。わたしも色々と教えてもらってるの!」

「ちょっと! ハードルを上げないで。でもできるだけ頑張るよ。」

 あたしがそう言うと兄妹はやったぁと喜び、病室で話をしながらみんなでスープを頂こうということになった。

 アレスも少し弱々しい様子だが嬉しそうだ。

 あたしたちは兄妹水入らずにして、厨房を借りに病室を後にした。


        ♢ ♢ ♢


「お、美味しいです。ユーリさん。生き還る様だ・・」

 包帯まみれで痛々しいアレスが、あたしのスープを飲んでしみじみと言った。それに対し、クレアが応えた。

「でしょう! 兄さま元気になったらわたしも色々と作ってあげるからね! なんたってわたしの料理はユーリさん直伝だからね。美味しいはず。」

「それは楽しみだ。」

 アレスはそう言うとクレアの頭をクシャっと撫でた。クレアは嬉しそうだ。

(はあ~ 美形の兄妹がじゃれ合うと絵になるなぁ。思わず見とれちゃう。)

 頬を緩めて隣を見るとシンの目と合った。目が合うのは良くあることだが、シンは少し目を見開いて動揺した感じだ。思わずあたしは首を傾げて訊いた。

「どうしたの?」

「うん? どうもしないが・・・」

 そう言うと、シンは手を顎に当てて首を傾げると再びアレスの様子を伺った。何か、気になることでもあるんだろうか。

 その後、みんなでスープをいただきながら少しとりとめのない話をして、シンが切り出した。

「お仲間の兵士達には大体のことを聞いてる。だが改めて何が起こったのか話を訊かせてくれないか? アレス殿。」

「ああ・・そうですね。クレスとクレアも一緒に聞いてくれ。まだ詳しくは話してないからね。」

 アレスはそう言うとゆっくりと話し始めた。


        ♢ ♢ ♢


 事の始まりは、恒例の魔物のスタンピードだった。

 ミルスで一番大きな魔石鉱山には兵士が常駐しており、最初の内はマニュアル通り対処できてらしい。しかし、それがいつもより大規模だと気付いた時には、既に疫病である黄斑門病が拡がり、対応が追い付かなくなっていた。所謂〝大海嘯〟と認定される頃には収拾が付かなくなっていた。

 〝大海嘯〟については文献に有り、定期的に大陸全土で同時多発的に発生することは、国の指導者であれば認知している。そろそろそんな時期にあることは分かっていたが、何しろそんな経験を持つ者はいない。いつ起こるか分からないものを真剣に警戒する者などなかなかいないだろう。

 そんな事態に対応するために辺境伯サレドが直接対応に当たり、アレスも同行した。しかしサレドはスタンピードに巻き込まれ大怪我を負うことになった。

 すぐさまサレドは屋敷に送還されたが、そんな時に隣国ドムトリニアが国境を侵して来たのだ。アレスは急遽国境の砦に兵を送り込んだが、後背に魔物のスタンピードを、前面にドムトリニア兵を相手に二面作戦を強いられる羽目に陥った。

 しかしながら、それはドムトリニアにとっても似たようなもので、彼の国は荒地が多く、魔物も比較的少ないとは言え、国境までの行軍で兵を減らされているだろうし、追われるように辿り着いた国境ではサンドレア側の砦を攻略しないといけない。ドムトリニアも無体な兵の使い方をする。だが、それだけに敵は背水の陣である。勢いが違う。

 まだ経験の少ないアレスの指揮では次第に旗色が悪くなってきた。

 正に死兵となったドムトリニアに砦を破られ、アレスは負傷した。自軍は潰走し、兵は散り散りになったが、領都の方角は魔物に溢れていたため、寡兵に守られたアレスはやむを得ずサンクトレイル側に逃れて来たという訳だ。

 後に入った情報だと、ドムトリニアも兵を失いすぎており、ミルス領内も魔物で溢れかえっていることから、それ以上の侵攻に手を拱いているらしい。

 しかし、新たに兵が補充されると再び侵攻が再開されるだろう。

 領都とは連絡が取れていない。家族の安否も不明だ。しかしながら、ミルスは魔物と共にある土地だ。一旦街に入ってしまえばそうそう侵すことはできないはず。

 アレスの話は希望を持って括られたのだった。


        ♢ ♢ ♢


「それでは、父上、母上はまだ無事な可能性があるのですね!」

 クレスが身を乗り出して訊いた。クレアも祈るように手を合わせている。

 話を聞いて、暫く考えに浸っていたシンが言った。

「それでは急いだ方がいいな。俺とユーリは救援に向かおうと思う。」

 その言葉には、三兄弟がギョッとした顔をしてこちらを見た。

 ちょっと間を置いて、クレスが口を開いた。

「・・しかし、いくらシンさんでもそれは無謀というか。あ。ごめんなさい。」

 シンの実力を知るクレスでもそう思うのだ。ましてやそれを知らないアレスは信じられないという顔で言った。

「と、とんでもない! お二人で何ができるというのです。ましてやユーリさんのような可憐な方が戦場に赴かれるなど! とんでもない!」

 さり気なく〝可憐〟とあたしを評価した言葉にドキッとしたが、あたしは宣言した。

「ふふ。あたしのことを〝可憐〟なんて言った人はこれまでいませんでしたね、アレスさん。これでもあたしは結構戦えますよ? ねえ、シン?」

 あたしはシンに向かって同意を促した。

「ああ。ユーリがいれば百人力だ。問題ない。」

 それを聞いたクレアが口を開いた。

「ならば、わたしも行きます! シンさんとユーリさんがそう言ってくれるのは本当に嬉しい。正直、どうやってお二人に助力を頼もうかと色々悩んでたんです。けれど、これはあたしたちの国のことなので! わたしも行きます。」

 その言葉に触発されたクレスも意志の籠った目を上げた。

「ぼくも行きます! クレア一人に危ない橋を渡らす訳にはいかない。」

 クレア、クレスの言葉には今度はあたしたちが動揺した。

 特にアレスが、全く理解できないといった顔で反応した。

「クレアにクレス。一体何を言ってるんだ? 話を聞いてただろう? 我々兵士団が逃げなければならない事態だぞ?」

 あたしもそれに乗っかった。

「そうよ? いくら何でも危ないよ? お願いだからここにいて?」

「いいえ! あたしたちもきっと役に立って見せます! ここで何もせずにシンさんとユーリさんに任せっぱなしになんてできません! 絶対に!」

 珍しくクレアが主張してくる。クレスも力強く頷く。それにはアレスが口を挟んだ。

「では、私も行こう。クレスとクレアに任せられるか!」

「兄さまはおとなしく寝てて! せっかく治して貰った傷を開くおつもりですか!」

「えええ? あのおとなしかったクレアの言葉とも思えん・・」

 そこから暫くは押し問答の様な形になったが、シンの言葉で益々混沌としてきた。

「クレスとクレアは俺が守ろう。話を訊いてて思ったんだが、今回はユーリだけでも行けそうな気がする。俺は、そのぅ・・保険だな! どうだろう、ユーリ?」

 あたしがシンに問いかけられた形だが、凄い勢いでアレスに口を挟まれた。口調が完全に崩れている。

「何を言ってるんだ、あんたは! 訳が分からない! ユーリさんに戦場に立ってもらう? 弟たちを守る? 治癒師だろう? あんたは! 冗談じゃない!」

「兄さま! 黙って! 失礼ですよ!」

 クレアが同じ熱量でもってアレスを窘める。こんなクレアを見るのは初めてだ。

「な、なんだと・・・」

 そんなクレアを見るのはアレスも初めての様で、目に見えて動揺している。そんな二人にクレスが割って入った。

「兄上もそんなに興奮したら体に障りますよ? クレアも落ち着いて。兄上。シンさんとユーリさんの力は、ここまで一緒に旅をしてきたぼくたちが保証します。いや! ここはお二人に協力頂くことが唯一の巻き返しの手段だと、僕は考えます。先ほどはぼくも常識的に考えて無理みたいな発言をしましたが、よく考えるとその常識はお二人には当てはまりません。クレアの言う通りです。」

「な・・ クレスまで・・」

 アレスは真剣な眼差しのクレスを見つめながら、思案しているようだ。暫くして口を開いた。

「シン殿。先ほどは失礼した。とても信じられないが、弟たちの言葉は本当だと感じます。私の本音は現状、藁にも縋りたいものだ。どうか、ミルスをお願いします。」

 興奮しすぎたアレスは体に響いたのか、少し弱々しく言った。

 それに対し、今度はあたしが応えた。

「任せて下さい。少なくとも現状より悪くはならないと思いますので。」

 あたしは横になったアレスに〝聖光天臨〟を放つと、穏かな顔で眠りについた。

「それじゃあ、俺たちは明日早朝にでも出かけるとするか。それまでに準備をしよう。」

 シンは散歩にでも出かけるような気安さで言ったが、あたしは正直、戦場に足を踏み入れるのは初めてなので、結構緊張していた。

「兄さま。強く言ってごめんなさい。ゆっくり体を治して・・」

「大丈夫さ。兄上にはクレアの気持ちが届いたと思うよ。結構びっくりしたと思うけどね!」

 クレアがアレスの寝顔に語り掛けると、クレスがクレアを茶化すように言った。

 クレアはふっと笑顔を見せ、クレスの横腹をポカリと殴った。

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