神線
志渡澤は今回の騒動におけるルカを除いた六大組織側の戦力であることはザンマ率いるイグナイト側にも周知の事であった。
故に気賀澤と言う男はすぐに動き接触を図った。
「よう。志渡澤君だっけ、ザンマの用が終わるまで俺に付き合ってくれよ」
「ルカさんがいるんでまあ、実質それでも困らないでしょうけど。それは承諾しかねますね」
志渡澤は立ちはだかるように現れた気賀澤を前に背筋を正した。
戦略的に見れば、ルカだけで充分であるし、そもそもルカで敵わなければ志渡澤では敵わない。
ただ、ここに来るにあたる理由が根本から自身に不始末をぬぐうためであるとも言えた。
いくら泳がせ監視下に置いていたと言えど、ことを成すまで放置する必要はなかった。
それを止められなかったのは自身の不徳の致すことろであると志渡澤は思っていた。
今回、ルカが猶予を与えたのは力があるからだ。未だ未熟者である自分がみすみす逃したのとは話が違った。
「ただ、そちらから来てくれたことには感謝しますよ。どうにもルカさんに割って入って加勢出来る気はしない」
「とか言いながら、俺を倒してザンマのとこに行く気満々じゃん。似たような苗字同時仲良くしようぜ」
志渡澤と気賀澤の共通点など最後の二文字程度、そこにシンパシーを感じたのか気賀澤はそう言った。
ただ、それは志渡澤には関係ない。
「──シッ」
瞬間、志渡澤の姿は気賀澤の背後にあった。
蹴りを入れる体勢のまま瞬間移動でもしたかのような挙動。
しかし、それは理力による身体強化だけでなされていた。
ただ。
「あぶねぇな~」
放たれた蹴りは、気賀澤の首に叩き込まれようとして掴まれる。
そのまま強引に引っ張られそうになって、脚を捻り後退した。
「逃がさねえよ」
気賀澤は距離を取ろうした志渡澤に迫る。
前傾姿勢になり、拳を打ち込む。
志渡澤がそれを受けるも、次が来る。
拳の横行の間に差し込まれる蹴りが、志渡澤の反応速度を鈍らせる。
ただ、それでも確実に拳を手で受け、叩き込まれそうになった膝はギリギリで抑え込む。
そして、志渡澤からも攻撃を食らわす。
両者の拳と足が入り乱れる中、どちらも寸でのところで防ぎあっていた。
それは理力を除けば異能なしの、暴力の応酬。
しかし、そこには技術があり、何らかの武術の片鱗が見えた。
ただ、気賀澤の動きはやや変則的で、実戦で培われたキメラのようなでたらめな動きだった。
いや、それよりも。
「アンタ。異能どころか理力も使ってないですよね?」
蹴りを避け、大振りの拳を後退して避けられたところで、志渡澤はそれを察して呟いた。
その言葉に対して気賀澤はそんなことかとけろりと答えた。
「まあ、俺は無能者だし」
「は?」
志渡澤は思わず声を洩らした。
「そんな反応すんなよ、傷つくぜ。大体、無能者が珍しいって言ったって、いないこたぁないだろう」
気賀澤の言葉は志渡澤には届かない。
いや、そもそも珍しいから驚いたのではない。
「なんで、理力も使わずにこっちの攻撃を防げるんですか?」
道理として通らない根本的な話だった。
気賀澤はそれに対して「さあ?」と答える。
本当に本人も知らないようだ。
身体能力が極端に高いわけではない。
一般人の範疇を出ないその身体でどうやって戦っていると言うのか。
「まあ、細かいことは気にすんなよ。どうせ、今からの戦いで異能は関係なくなるんだから」
その言葉の意味は分からない。
ただ、「ほら」と彼は言った。
◆
異能倶楽部のボス、ルカは依然として一般人然とした様子を崩さずに目的の路地へと歩いていた。
しかし、フードを被り異能で影を作った彼女は余程一般人として脅威に対応する気はないのだろうと言うのは見て取れた。
日常の喧騒の中でのその恰好は、無意識に意識を外してしまうように風貌に思えるだろう。
しかしながら、彼女の脅威を知っている者が見れば、それは臨戦態勢に入っているようにしか見えなかった。
「ただ、利はこちらにある」
そうザンマが呟けば数人が頷き、行動を開始した。
イグナイトの面々である。
人数は六人。
一人に対しての人数にしては些か多すぎるとも思える数だ。
しかし、相手はルカだ。
すでに4月27日の騒動で、中小異能組織とは言え比べ物にならないほどの人数が、彼女に挑み一撃も攻撃に移すことの出来ぬまま逃げ帰っている。
「だが、それは異能が使えてこそだろ」
ザンマには秘策があったのか、笑った。
そして後方に見るのは雑居ビルの屋上で祈るように体を丸めた人物であった。
その人物は、今回の作戦において唯一、外部の人間であった。
名は中牧と言い、元々陽炎にいたと言う。
そんな中牧を誘ったのはザンマがルカと相対すると決めてから直ぐだった。
「よお。布塚」
自ら足を進めた先で声をザンマは発した。
何か廃墟のようであり、それでも細部を見れば装飾が施された薄暗く不気味な開けた空間。
そこは「食々会」と呼ばれる組織のアジトだった。
大別するなら異能組織とはいえど、他とはその毛色が違うその組織へ、戦力の心当たりがあったのがザンマは行っていた。
「情報が入ったので待っていましたよ。ザンマさん」
布塚と呼ばれた男は相対するザンマに向かって挨拶をした。
不気味な笑みを顔に張り付けたその男は全身を白色に固めた衣装を着こんでいた。
「ふん」とザンマは鼻を鳴らして、奥を見れば大きなテーブルに数人の人影がいた。
布塚と同じく気持ちが悪いほどの白一色の服を着こんでいる。
「じゃあ、俺の用も分かっているって思っていいんだな?」
「ええ、ええ。もちろんですとも。あの異能倶楽部の長たるルカに対しての宣戦布告。ならば、彼女を攻略するために必要なのは単純な力比べではない。もっと、より大きな盤外を崩せる力」
「そうでしょう?」と笑う目は彼の顔に皺を作る。
歳を食っているのだから皺くらいあってもおかしな話ではないが、どうにも嫌な表情をする。
「中牧君。ザンマさんは君を呼んでますよ」
一拍あって彼がそう声をかければ、テーブルに集う人間の方ではなく、別の物陰から一人出て来る。
柱の陰から出てきたのは、中学生くらいの背丈の子供だった。
少年とも少女とも似つかない中性的な顔たちの人物はここにいる集団の仲間だと主張するかのように真白の衣装を身に着ける。
だが、その人物が、部外者であるとザンマは知っていた。
「元「陽炎」所属。無異の御守をしてた異能者」
そう中牧は無異ことアナが異能を使えないようにしていた張本人であるとザンマは知っていた。
実際のところ、どこまでの無効化を行っていたか知らないが、彼女が発動しようとした際に出来ないくらいの効力はあったのだろう。
そしてそんな彼は、今「食々会」に身を寄せていたのを知ったザンマは彼に会うためにここまできたのだ。
「ほう。どこからそんな情報を?」
「どうでもいいだろ。とにかく、中牧君、だっけ。彼を貸してもらう」
布塚の疑問には答えずにザンマは協力を持ちかける。
対する中牧の目は虚ろだ。
ただ、確実に口を開き一言言った。
「対価は」
「そりゃ、報酬は──」
「異能の」
ザンマが依頼による報酬に対しての話だと思い答える声に中牧は被せる。
ただ、ザンマも納得して答える。
「臓器で良いか?異能じゃもう使えないが、ストックがある」
「問題ない」
中牧がそう答える。
ザンマの異能には当然制限があり、それに当てはまらない臓器も存在する。
それは加工をしたり、持ち主が死して時間が経ちすぎていたりと色々あるが、とにもかくにもそう言った臓器であっても保存していた。
自身の異能にはほぼ使えないもののちょうどいま役に立った。
ただ、思惑通りのザンマの思考を邪魔するように布塚が声を発した。
「では、こちらもいいですか?」
「あ?ああ。何が欲しい?」
「話が早くて助かりますが、どうでしょう?以前取引した時と同じ条件と言うのは」
その言葉にザンマはピクリと眉を動かす。
ただ、思考を反芻した後頷きを返した。
「まあ、いいぜ。お前のその取引は俺が失敗した場合にしか効力がない。前の時のように失敗しなければいいだけだ」
「ええ、ええ。全くその通りです」
相変わらずの嫌な笑みはザンマに向けられた。
そして、現在中牧の協力は得られて、中牧本人はは雑居ビルの屋上にて待機していた。
今回の作戦の中核は奴だ。
中牧の持つ異能こそが、ルカ打倒の鍵であり、それを手中に入れた今こそ勝ちは確定したようなものであった。
中牧の異能は「
一言で表すのであれば「神域」の作成を可能とした能力だ。
対価を代償にそれに応じた神域を作成する。
神域の範囲は「偶像」を特殊な規則に乗っ取った方法で並べて、囲むことでその内側に発生させることが出来る。
そしてザンマが神域を重要視するのにはそこに付与される効果があるからだ。
それが「禁則地化」と「異能の禁」だ。
一つ目の「禁則地化」はその名の通り、禁則地の面を神域に持たすことで侵入者を許すことをしない。
それは、ルカを領域内に取り組んだ瞬間に発動させればもしルカがピンチに陥っても仲間が助けることはできないと言う狙いがある。
そして二つ目の「異能の禁」は今回のザンマの作戦の本命。
神域内での異能を封じると言う効果を持つ。
これにより、ルカの異能を封じる。
そうすれば、相手は只の小娘に成り下がる。
こちらも、異能を封じられる諸刃の剣ではあるが、無理をして理力の発動だけは出来るように調整している。
負ける要素はないだろう。
「中牧君」
「ええ」
依然身を白一色の衣装を身にまとう。
特に凝ったデザインではなく白のスラックスとシャツの上からベストを着こんだ中牧は膝を折って入る。
そして、再度祈るように手を組んだ。
「異能様、異能様。此処に依り代を用意いたしました」
それは誰への言葉か。
ただ、隣で耳を傾けていたザンマはそれが異能発動のトリガーだと察する。
いや、事情を知らなくともこの場面に遭遇すれば直感でそんなことは分かるほどだ。
中牧の手元は白く光り、空気は震える。
そして彼の対面にナニカを幻視し、次の瞬間、異能の気配がこの場を支配した。
『───』
それは言葉ったのか、そんなことも分からずに、それでもザンマは異能の発動の成功を察した。
そして、同時だ。
六つのザンマ以外の人影は眼下のルカに迫っていた。
頭上からの刃の振り下ろし、拳、蹴り。
各々が異能を用いずに攻撃を繰り出していた。
異能を使う暇さえもなく、いや、ルカであればその場で使うことくらいできるだろう。
だが、異能を使えないのだと気付くのにゼロコンマ一秒。
そしてそれだけで、奴を殴殺できる。
しかし、次の、いや、その瞬間、ルカの姿がその場から消え、攻撃はそのことごとくが空振りに終わる。
目を見開いても、映り込む情報は変わらない。
彼女はあの瞬間異能を使えないはずであった。
それなのに、こちらの攻撃をすべて躱し、攻撃を避けて見せるに至った。
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