第18話 「一緒に」
リオを大地の精霊として転生させる方法は、話を聞く限り割と単純だった。
神であるディオン様の力で、水晶を触媒にして元々の石に宿る精霊としての力や記憶を増幅、復元させる。それだけだ。ただし、やることは単純でも、リオの元の石が砕けていて小さい上に、復元させるリオの力が余りにも膨大過ぎるせいでディオン様でも儀式が出来るのは一回限りらしい。失敗は許されない。
私は、洞窟内の祠の前に立ち、緊張を落ち着けるように何度も深呼吸を繰り返した。ディオン様との通話は一旦切れて、向こうも儀式の準備に入っているらしい。
「はぁ…」
不安そうな私に、おじいさんがそっと寄り添う。
「大丈夫、大丈夫じゃ。なんたってお嬢さんがいるんじゃし、『彼』がお嬢さんの呼び掛けに応えない訳がない」
バチンとウインクするお茶目なおじいさんは、ウィトの街のバーバラさんを思い出させた。
そうだ、バーバラさんも私達が帰って来るのを待ってる。私達を送り出してくれた笑顔を思い出すと、心が少しホッコリした。
「…はい、リオを信じます。もしゴネるようなら引き摺ってでも連れて帰る位のつもりでやります!」
「ホホッそうじゃの」
おじいさんはそう言って笑うと、静かに祠の前に歩み出る。
「…では、お嬢さん。」
「はい、お願いします…」
そう頷いた瞬間、周りの空気が一気に変わる。少し冷たくてとても清浄な…早朝の森の空気のように瑞々しくも神聖な空気。草や土の匂いが私を包んで『大地の精霊』の領域に自分がいることを改めて感じた。
私に出来ることはただ『リオを呼び続けること』だ。目を閉じて、モリオンの欠片を強く握りしめた。祈るように心の中でリオに呼びかける。
リオ、帰ってきて。
洞窟中が神聖な空気に切り替わり、千晶が祈り始めてすぐにおじいさん、もとい現大地の精霊王は気付いた。洞窟内の壁、天井、土…彼女を取り囲む全てから精霊の気配を感じるのだ。
この洞窟は『大地の精霊』の為に人の手によって作られた祈りの場で、比較的『精霊』の集まりやすい設計になっている。それでも、彼らは気まぐれで、例え誠心誠意呼んだとて、気に入らない者にはまるで見向きもしない。そもそも『精霊』とはそういう気質の者が多い。
それなのに、どういう事だ。彼女がたった一人の精霊に呼び掛けただけで、洞窟中…いやこの周辺一帯の『大地の精霊』が反応している。
(神が「聖女の素質がある」と言っておったが、素質どうこうの話じゃない。このレベルはもはや正真正銘の…)
彼はそこまで考えて、思い留まった。
(…いや、神もわかっておるじゃろ。儂はお嬢さんの幸せを願うのみじゃ。)
触媒の水晶を手に、静かに千晶の側へ歩み寄る。千晶の周りには、色とりどりの光が集まり、まるで昼間のように明るく洞窟内を照らしていた。
水晶をそっと手に取り彼女の足元に置くと、欠片だったそれらはまるで生きているかのように、みるみる内に成長していく。水晶に宿る精霊達が『彼』を復活させる触媒になるため、力を発揮している。しかし、彼女の足首辺りまで成長すると緩やかに止まった。後は『彼』を待つのみだ。
「さぁ、皆…ここからが本番じゃぞ。お嬢さんと新しい同胞の為に力を貸しておやり」
その声を合図に、色とりどりの光達が彼女の足元の水晶柱に集まっていく…
目を閉じてリオに呼び掛け始めてから、どれくらい経ったのだろう。急にフワリとした浮遊感を感じたかと思い、目を開けるとなぜか私は橋の上にいた。
「…え?」
と言うか、どう見ても『元の世界』の通勤でいつも通る橋だ。辺りは暗く、月が煌々と輝いている。
私は懐かしさに思わず月を見上げた。今夜は満月。まるで、あの時と同じ…
「………っ」
居ても立ってもいられず、私は走り出した。橋の真ん中辺りまで来ると、そこには街灯と月明かりを受けて佇む人の姿があった。弾む息を整える事もせず、心のままに名前を叫んだ。
「リオーー!!」
さっきの私と同じ様に月を見上げていたその人は、私の声に気付いてこちらに顔を向ける。川からのそよ風に艷やかな黒髪がサラリとなびく。
「っ…!」
私は、一度深く息を吐くと、その人目がけて全力で走り出した。走りながら右拳を強く握り、バネのように腕を引いて力を溜める。
「うおおおおお!!」
「?!」
全速力の勢いのまま私は彼に突進し、喉目がけて思いっきり自分の腕を引っ掛け、そしてその勢いのままバランスを崩した二人は重なるように倒れた。いわゆる『ラリアット(素人版)』みたいな感じ。たぶん。
「グハッ!?」
突然奇襲されアスファルトに倒れ込んだ彼は、背中を打ったのかグハッっと言った後咳き込んでいる。が、私はお構い無しに彼に馬乗りになると、両手でポコポコと彼の胸を叩いた。
「リオのバカ!バカ、バカァ!!」
「…ゴホ、ゴホ…ッ、ち、チアキさま…」
彼が私の名前を呼んだ、そう理解するとボロボロと涙が溢れ出した。それと同時に言葉も止まらなくなる。力もろくに入らないへなちょこパンチを繰り返しながら、私はリオの胸の上で子供みたいに泣いた。
「ずっと一緒って言ったくせに!私一人だけ置いて消えるなんて絶対、ぜったい!許さないんだから!!」
「…チアキ様」
リオは、少し困った様に笑うと手を伸ばして私の頬に触れた。涙で濡れた頬を慈しむように撫でる。
「迎えに来てくれたんですね…?」
「……グスン」
私は鼻をすすりながら、一度大きく頷いた。すると、リオは泣きそうな位顔をくしゃくしゃにして嬉しさを噛み締めると、私の腕を引き寄せた。リオの胸に倒れ込みそのまま強く抱き締められる。
「…もう、二度とあえないかと…」
震える声は小さく、それに反して腕の力は一層強さを増す。私もそれに応えるように、彼を抱きしめた。
「一緒に帰ろう」
「…って、本当にこの方法しかないの?!」
私は、リオに横抱きにされつつ眼下に広がる水面を見た。
「ラディネルに帰ろう」と話が纏まったと思ったら、最初に世界を渡った時のように、リオは私を抱えて橋の欄干に登った。あの時と同じ様に、満月が川面に映り金色の道のようになっている。
川からの少し冷たいそよ風が、私の髪をフワリと舞い上げた。恐る恐る彼を見上げると、視線が交わりはにかんだ様に微笑まれる。
…私は知ってるぞ、この後リオがどうするつもりなのか…
落ちる系は苦手だけど、しょうがない。だって、帰らないといけないし。
私達が一緒に生きる世界に。
「チアキ様」
「…ん?」
「腕。危ないですから、ちゃんと俺の首に回して?」
そう言って顔を近づける。危ないから、と言われれば素直に従ってしまうのは人のサガ…じゃない?もちろん、私もリオの言う通りに彼の首にしがみついた。
「ンっ」
瞬間、お互いの唇がちゅ…と音をたてて触れ、すぐに離れた。
「…へ?」
状況が飲み込めず呆然とする私に、リオは頬を赤らめ幸せそうに笑う。
「チアキ様、愛しています」
私は胸の奥がギュッと狭くなる様な苦しさを感じた。けれど、その苦しさは嫌じゃない。愛おしくなるような感覚は『尊い』というやつに似ている。
やっとこの言葉を伝えることが出来る事に、嬉しさと照れ臭さを感じながら出来るだけ大きな声で言った。
「私も!」
やがて、満月が照らす水面に二人の影が飛び込んだ。しかし、不思議と水音が上がることはなく、ただ金色の道がキラキラと水面に反射しているだけだった。
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