第17話 選んだ答え

 私は、深呼吸をひとつしておじいさんに向き直った。

「いいえ。リオと一緒にいられる『この世界』がいいです!」

正直、リオと一緒にいられるならどこだっていいが、この世界は他でもないリオが私の為に選んでくれた世界だ。だから、ここがいい。

 そうはっきり答えると、おじいさんは満足そうに笑った。

「合格じゃ〜!」

「へ?」

「…神よ、儂はこれ以上ない答えだと思うがのぅ?」

おじいさんがそう言うと、突然鞄の中のスマホが結構な音量で鳴った。

「え"っ?!なんで??」

いろいろ突然過ぎてついていけない私は、アワアワしながらスマホを取り出し操作する。すると、この前と同じ様にビデオ通話画面にディオン様が映し出された。

「ディオン様…」

「おつかれ〜」

ウィ〜みたいに軽く挨拶され、私は自分の情緒をどうしていいかわからず、リアクションを放棄した。

「ほぉ~、不思議じゃのう!これが異世界の…おぉ!小さい板に神が映っておるのぅ!」

代わりにおじいさんがスマホに食い付いてきた。

「おー、久しぶり〜!お役目ご苦労さん」

「なに、儂らもまた大地に還るだけじゃよ。あとは若いもんに任せるさね…このお嬢さんが大切にしている精霊なら安心じゃ」

おじいさんは私の方を見てウンウンと頷くが、私は意味が分からず、おじいさんとスマホを交互に見る。

「あの…すいません、いったい何がどうなってるのか…」

「ホホッいや、そうじゃの!お嬢さん、ホラこれを読んでごらんなさい」

そう言っておじいさんは私の前にディオン様からの手紙を広げてみせた。恐る恐る覗き込むとそこには…

『後継者を向かわせた。この手紙を持ってきた石の精霊をよろしく頼む』

と、書いてある。私はその短い文章を何度も読み返した。思わず口にしていた単語におじいさんが逐一返事をしてくれる。

「後継者…?」

「儂も、もうそろそろ引退の時期でのぅ」

「リオが?」

「神が推薦したのなら問題なかろうて…まぁ、ちょっとお嬢さんに対して執着しておるが」

「『ちょっと』…ねぇ?(笑)」

スマホ越しにディオン様が苦笑いした。そして、二人の視線が私に向けられる。

「つまり…リオが次の大地の精霊になる…んですか?」

私はまさかと思いながら冗談半分に聞いてみる。

「正確には地精霊の長『大地の精霊王』じゃな」

「お…oh…」

おじいさんはニコリと笑って更に情報を追加してくれたが、私は逆に頭を抱えた。そして、ハッとして顔を上げる。

「待って下さい!今そんな事決めても…リオは…もう…」

そういうのって、この状況で言う事じゃなくない?!と、勢い込んで声に出したはいいが、徐々に私の声は小さくなっていく。俯く様にかき集めた石の欠片を見ると、またジワリと涙が溢れそうになる。そんな様子の私の頭を、おじいさんはよしよしと優しく撫でた。

「お嬢さん、そこで相談なんじゃがの」

「彼を『大地の精霊』として復活出来る、と言ったら…君は受け入れる?」

「え…?」

おじいさんに続いて、ディオン様がニヤリと目を細めて微笑む。私は二人からの提案に一瞬固まった。


 縋るようにおじいさんの方を見ると、頷きながら微笑んでくれた。

復活…出来る?リオを?『大地の精霊』として?

私がジッと考えていると、更にディオン様が続けた。

「彼は精霊なのにこの世界ラディネルことわりから外れていた。それだけでも不安定な要素なんだよね。精霊にとってはライフラインが断たれるのとそう変わらない状態だからさ。遅かれ早かれ消滅してただろうね。」

私はその言葉にぐっと喉が詰まるような苦しさを感じた。もしかして、リオはその結末を覚悟の上で私をここに連れてきたのかも知れない。

「そこで、今度はこの世界ラディネルの理に合わせて生まれなおして貰おうって訳。その代わり、彼の魂は精霊として世界に組み込まれるから、もう世界を渡ったり、人間に生まれ変わったりは出来なくなってしまう。」

「……!」

「それでも、彼の復活を望むならボクが手を貸してあげよう。」

ディオン様は『どうする?』という感じで私に視線を投げかける。

どうするもこうするもない。私は、間髪入れずに答えた。恐らくディオン様も、私がなんて言うか分かっているかもだけど。

「お願いします!」


「で、だ。復活させるには…」

ディオン様がそう言いかけた時、私の鞄の中から強い光が放たれた。ギョッとして3人同時に鞄へと視線が集中する。2人に促され、恐る恐る鞄に手を入れ、光る物がなんなのか取り出してみた。

「あ…これ…」

それは、ガァラに向かう道中に拾い集めた『精霊石』もとい水晶の欠片だった。元はと言えば、ブレスレットの浄化用水晶の代わりにしようと集めていたけど、余りにもリオが嫉妬するから断念したものだ。

「おやおや、これはこれは…」

「ほぉ~、マジか…」

ディオン様とおじいさんは、私の手の中でキラキラと光る水晶を眺めて感嘆の声をあげた。何のことだかわからんけど、どうやら褒められているみたいだ。

 ディオン様はニヤリと笑いながら言う。

「その水晶、使わない手はないね〜!それに、君に手伝って貰えればきっと上手くいくでしょ。」

「はい!何でもします!」

前のめりにスマホに食いつく私の勢いに若干押されつつ苦笑いする。

「ほんと、この子は素質で言えば間違いなく『あの子』より聖女に向いてるのになぁ…ねぇ、本当に聖女やる気ない?向いてるよ、君」

「え、いや、やりませんよ」

即答で断るとディオン様は不満そうに「えー」と声を上げる。何でもします!と言ったがそれとこれとは別だ。沙央里さんが頑張ればいい。


 すっかり日が沈んで、祠の周りの森は夜の闇が広がっている。が、祠のある洞窟内はおじいさんの力のおかげか、柔らかい光に照らされている。

「…ふむふむ、なるほど。」

現大地の精霊であるおじいさんが、私が拾い集めた水晶に耳を寄せて何かを聞いている。何でも、この水晶に宿る小さな精霊と話をしているらしい。そう言えば、リオも私が水晶を拾う度に「他の精霊に目移りして!」と嫉妬深い彼女みたいな事言ってたなぁと思い出す。


「お嬢さんや」

おじいさんはどうやら対話が終わったのか、私を手招きした。側に駆け寄ると、大切そうに柔らかい布の上に乗せられた水晶が私に反応するみたいにチカチカと光った。

「これらは小さいが、精霊が宿った立派な精霊石じゃ。お嬢さん、これをどこで拾ったか覚えておるか?」

「あ…いえ、来る途中に見つけた物を拾い集めてたんで…特定の場所で見つけた訳ではないですね」

そう言うとおじいさんは目を丸くする。

「なんじゃと!はぁ…、なるほどのぅ。どうやらお嬢さんは相当精霊に好かれやすい…いや、『この人なら自分を大切にしてくれる』とわかりやすいんじゃな。その上『彼ら』からのアピールに対する感度もいいと…」

「えぇ…?」

「そりゃー、彼も嫉妬深くなるのぅ!」

おじいさんはニヤニヤしながら肘で私をつついた。

「オホン…、それでこの精霊石じゃが、彼を復活させる触媒になってくれるそうじゃよ。元々『水晶』という同じ性質の石同士、相性は折り紙付きじゃ」

「えっ、い…いいんですか?でもそしたらこの子たちは…?」

触媒になるってことは、自分を差し出すって事…だよね?そんな…リオの為に?

私が困惑しているとおじいさんは、優しく目を細めて私の頭を撫でた。

「大丈夫じゃ、これらもそれを望んでおる。叶えておやり。」

「…、ありがとうございますっ」

私は水晶の欠片に向かって、精いっぱいの感謝を込めて頭を下げた。すると、再び水晶が眩しく輝いたのだった。


やがて、おじいさんが言った。

「さて…じゃあ始めるかのぅ」

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