第6話 鑑定と通勤カバン(改)

 

通勤カバン(改)の中身を『鑑定』スキルで確認してみようと、通行の邪魔にならない様に建物の脇にあるちょっとしたスペースに立ち止まる。ここなら端から見ても不審者とは思われまい!


「鞄の中に色々入れといた、と神は言ってましたが、どうです?」

リオが自分に見えないのを残念そうに尋ねてきた。確かにディオン様が言った通り、入れた覚えの無い物が大量に一覧表にある。

「うん…傷薬に毒消し薬に、回復ポーション…あ、やっぱりポーションは存在するんだ…」

異世界モノっぽいアイテム名に否が応でもテンションが上がってしまう。

しかし、これだけアイテムが支給されてるのは十分チートなのでは…?と一瞬頭を過ったが、初心者には、運営からアイテムの支給があるのは大体どの界隈でも当たり前だしね。無問題だ。うん。


「…え、テントや寝袋まで入ってる!この鞄、内容量どうなってんの?」

「ほう!では、持ち歩かなくて済みますね。助かります。それから…食材なんかはありますか?」

リオからの質問に答えるため、半透明な画面をスクロールして探してみる。

「えっと…パン、チーズ、ハム…」

「なるほど…保存がききそうな物はあるみたいですね。でも生野菜はさすがに無理…」

「…ん?この『ルッシュ』ってなんだろ?」

知らない単語が食材群の中にあったので、軽い気持ちで文字をタップしてみた。すると、表示が切り替わりデデンとキャベツの絵が現れた。

「うぉっ?!キャベツ!!」

と、私が突然反応したせいで何か言いかけていたリオがビクッと体を揺らした。何か言いたげな表情でこっちを見てくる…

「…ご、ゴメンて…」

「…キャベツもあるんですね?(ニコリ)」

「ハイ…」

キャベツの絵の下にはご丁寧に『日本で言うところのキャベツ』『食材』と書かれている。なるほど納得の異世界人用だ。

ディオン様は私の注文通り『異世界人用の鑑定』を用意してくれたらしい。しかも、食材なんかはそれぞれ複数個ずつ入っていて、この鞄に付与された『収納拡張』インベントリとやらの凄さを思い知らされた。鞄自体の重さはそこまで重いと感じないのも恐ろしい。

「…ふむ、野営道具と食材も用意されてるなら、あまり買い込んで行かなくても大丈夫そうですね。」

「そうだね」

と、振り返るとリオは何かを考えて立ち止まった。

ちょうど私達がいる場所は、宿屋へ続く道と市場へ向かう道の分岐路だ。

「リオ?」

私が声を掛けると、彼はおもむろに顔を上げて私の手を取り、市場へ向かう道の方に進んでいく。

「え?どこ行くの?」

「チアキ様、ちょっと寄り道しましょう!」


「…ここって…」

リオに連れられて来た所は、ウィトの街に初めて来た時に寄ったあの服屋だった。

あの時は何もかも珍しくて目移りしていたせいか、店名すら見ていなかった事に今更ながら気付く。看板には『ベルリナ洋装店』と書かれている。

「チアキ様、出立前にもう少し動きやすい服を購入されては?森の中を歩きますので、枝などで切れてしまうかもしれないですし、足元は動きやすい方がいいでしょう」

「あ、そうだよね」

確かに、スカートは山登り?には向いてない。出来ればズボンタイプの方がいい。

「食材の分が浮いたので、お金にも余裕がありますよ。チアキ様の気に入るものたくさん買いましょうね」

と、リオは楽しそうに微笑んで手を差し出す。前も思ったが私の服選ぶの、なんでこんなに楽しそうなんだろう。不思議だ。

…でもまぁ、リオが楽しいならいいか。

私は釣られて笑いながらリオの手に自分の手を重ねた。


それから数時間後…

「アラッ、おかえり!…なぁに?ずいぶん買い込んで来たわね〜」

『月夜の黒猫亭』に帰った私達をバーバラさんが出迎えてくれた。例の如くホックホク顔で荷物を抱えたリオと若干よれた私をみてニヤニヤと笑う。そんな彼に私は詰め寄った。

「バーバラさん!お姉さんとか聞いてないんですけど!」

「えぇ?」

バーバラさんは私の発言の意図が分からず、キョトンとした。私は一旦落ち着く為に咳払いをして続ける。

「…『ベルリナ洋装店』の店主、ベルリナさんですよ!私達にここを紹介してくれた!」

「あぁ~」

私が彼女の名前を出すと、バーバラさんは合点がいったという風に頷いた。

「そうよぉ。アンタたち姉さんトコに行ってきたのねぇ」


 旅用の服を調達しに『ベルリナ洋装店』に行った私達は、店主のベルリナさんに二人が姉弟ということを聞いた。昔、凄腕の傭兵だったガチムチの弟が突然傭兵を辞め、オネェになり宿屋を始めた…というエピソードと共に。

いや、新事実多すぎてツッコまずにいられなかったんですが?

「バーバラさん、凄腕の傭兵だったんですか?」

「ヤダ!姉さんそんな事までバラシちゃったの?ンもぉ~、昔よ、厶・カ・シ!」

ケラケラと笑いながらバーバラさんがカフェラテをいれてくれた。可愛いカップを私の前に置き、「どうぞ」とウインクする。リオは荷物を置きに一旦部屋に戻っていった。

ついでに自分の分もいれたのか、カウンターにもたれながらカップに口をつける。

「…ま、そんな事もあったわね〜」

「指折りの傭兵だったと聞きました。…どうして急に宿屋を?」

「うーん…そうねぇ…」

どこか遠くをみるように目を細めた彼は、少し何かを考えてから穏やかに笑った。

「好きな仕事をやって気持ちよく朝を迎えられる、そんな毎日を過ごしてみたくなったから…かしらねぇ…」

「……」

「傭兵稼業もやりがいはあったけど、やっぱ殺伐としてるのは性に合わなかったのよね!アタシ、根がこんなんだからさ!」

バーバラさんは明るく笑いながら私の隣の椅子に腰をかけた。私を覗き込むように視線を合わせ、ンフフと笑う。

「だから、アンタも自分の気持ちに正直に生きなさいよ!ね!」

「自分の気持ち…」

私はカフェラテと一緒にその言葉を飲み込んだ。まだ自分の中にその答えはない。『自分の気持ちに正直に生きる』ってどういうことだろう。


もし、その時がきたら、私はバーバラさんのように選び取れるのかな…




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