第5話 『精霊石』


 なぜか成り行き上、ギルド内の小部屋で聖女専属護衛精霊術師長のエリヤと話す事になった私とリオ。

エリヤは、真面目堅物キャラのテオドールさんとは真逆で、気さくで取っつきやすい印象の人だ。


「そう言えば、さっき『ガァラ』とかって言ってたよな?『ガァラ』に行くのか?」

「あ、はい…」

「あそこの温泉はいいよな!食いもんも美味いし、いい精霊石も手に入る」

世間話でもするかのようにエリヤは話しだした。

「精霊石…?」

ふと、聞き慣れない単語が気になって聞いてみると、エリヤは不思議そうにこちらを見た。

「あれ?知らないのか?」

「はい…すみません…」

「あぁ、そうだよな。アンタも異世界人だもんな。アイツよりまともだから忘れそうになる。」

私がモゴモゴと俯きながら謝ると、彼は「気にすんな!」と私の肩を叩いた。直後にリオがサッと近寄り私の肩をガードするように背中にくっついた。すごくムッ…とした顔をしている。

エリヤはそれを見て、ククッと笑いながらポケットの中を探り親指程の大きさの石を取り出した。

「精霊石ってのは…こういうもんでさ。まぁ、これは既に加工されてるけど、最初は透明な石なんだ。」

テーブルの上の石は、透明感はあるが中心に赤い部分があった。石全体も中心の赤に影響されているのかほんのりと赤みがかっている。

「きれいな石ですね」

「だろ?これは火の精霊魔法が内包してある石なんだ。この位の大きさなら、薪に火をつけたりする程度の炎が出せる。」

ホラ、とエリヤは私の手に火の精霊石を乗せた。当たり前だが、熱さは感じなかった。

「これの素体…魔術を封じる前の透明な石を『精霊石』って呼んでいる。で、『ガァラ』はその素体の上質なのが採れるんだ。昔の名残りでな。」

「あぁ…なるほど」

確かに職員さんが、昔は近くの山が鉱山だったって言ってたな。ということは、そこで採掘された物を加工したり売ったりする場所もあったという事だ。閉山した後も少量なら石が見つかっているんだろうな〜と納得した。


手のひらに乗せられた『火の精霊石』を眺めていると、後ろにいたリオがひょいとそれを取り上げた。陽の光に透かしたり、ジッと見つめたりしながら興味深そうに石を観察している。

そういえばリオも黒水晶の精霊なんだった。同じ石同士シナジーがあったりするのかな〜とか考えつつ焼き菓子を頬張る。

「チアキ様」

「ん?」

石を観察していたリオが、そっと耳打ちしてきた。

「これは水晶ですね。」

「水晶…」

「確かに不思議な力を感じますが、それが火の魔法と言う事なんでしょう。それ以外はただの水晶かと…」

なるほど、ここで言う『精霊石』は私の知っている水晶と同じなのね。

…と言うことは、もしかすると…!

私は、ふとある事を思いついた。前の世界の自室にはあった、とあるアイテムが手に入るかもしれない。向かい側で同じく焼き菓子を食べているエリヤに問いかけた。

「ガァラに行けば精霊石が手に入りますかね?」

「あぁ、あまり大きくて純度の高いものでなければ値段もそう高くはないだろ。魔法を入れる前の素体だけどな」

「むしろそっちの方が助かります!」

と、勢い込んで返答する私を見てエリヤは「変わってんな〜」と笑った。



やがて、エリヤと別れた私達はギルドを出て宿に向かって歩いていた。

「温泉かぁ〜」

正直、温泉めっちゃ楽しみである。仕事で疲れすぎて休日に温泉に行こう等と考えもしなかったなぁ〜とあの頃を振り返る。我ながらよくやったもんだ。

横を歩くリオが「楽しみですね」と微笑む。エリヤと離れたからかご機嫌のようだ。

私はやれやれと思いつつ空を見あげた。


ここは異世界。毎朝早くから夜中まで1日中仕事をしなくてもよくて、全部が自己責任だけど、誰にも縛られて無くて。そして、なんやかんや私を支えてくれるリオもいる。

自分のやりたい事を選んでいい。

未だ私はそれを受け入れきれてないけれど…お使いついでに旅行気分になるくらいはいいよね?


肩から斜めに下げたかつての通勤カバンをチラと見る。今日からは通勤カバン(改)だ。

「そう言えば…この中身ってどうやって調べたりするんだろう…」

何気なく呟きながらカバンに触れた。その瞬間、私の目の前に半透明の電子ディスプレイっぽい画面が展開した。

「ぎゃ?!」

「チアキ様?!」

突如として叫び声を上げて固まる私にリオも驚いたのか、ビクッと肩を揺らした。路上で急に変な声を上げたせいで周りの人も訝しげにこっちを見ている。

「どうしました?!」

「あ…な、なにこれ…?」

恐る恐るその画面を指をさすが、リオは眉間にシワを寄せた。

「え?」

「え?」

あれ?!コレ見えてないの?!

私は目の前の画面をもう一度注意深く見た。よく見ると、画面には『持ち物一覧』と書かれてありその表記の下にズラリと何かの名称が並んでいる。

「チアキ様、何かあったんですか?」

リオが心配そうに私の指の先と私の顔を見比べている。本当に見えてないみたいだ。

「…うん、なんか鞄に触ったら一覧表みたいなのが出てきた…」

そう答えると何か合点がいったのか、ホッとしたように小さく息を吐いた。

「…なるほど、そうですか…だとすれば、それはチアキ様が『鑑定』を使った結果かもしれませんね」

「えっ、『鑑定』?でも、私何も…ただ中に何が入ってるんだろうって思っただけなんだけど…」

なんかこう…かっこいい呪文やそれらしいポーズもやってませんが?そんなヌルッと発動しちゃうの?

思ってたんと違う。そんな微妙な表情の私にリオはこう続ける。

「『鑑定』でそれが現れたなら、チアキ様の意思で消す事が出来ると思います。試しに念じてみて下さい。『閉じろ』とか『鑑定終了』とか…」

「わ、わかった。やってみる」

私はさっきと同じように、鞄に手を翳し『鑑定終了』と念じてみた。

すると、リオが言った通り目の前にあった画面が消えた。

「あっ、消えた」

パッとリオの顔を見ると、すぐに微笑みが返って来る。慈しむような穏やかな微笑みは…なんていうか、仔犬や仔猫の動画を観てる時のそれに似ている。

「さすがチアキ様!やはり『鑑定』でしたね」

そんな些細な事で褒める程ではないと思うけど、正直悪い気はしないのが不思議だ。

私は照れ隠しのついでにもう一度鑑定画面を表示してみる。なんだか、よくあるゲームの持ち物欄と同じ仕様っぽい。指で触ると空中の透けた画面なのに触感がある。上下のスクロールが可能だ。

「おおお…」

私は感動に震えながら、持ち物欄をスクロールした。はたから見ればその様子は空中を指でなぞって感動している不審者に他ならない。

横にリオがいてくれて良かった。






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