第7話 食卓を囲みて

 結果、私はくたくたになり、本当に体が柔らかくなった感触を実感しました。

 そして、腰の痛みもかなり軽減されたのです。


 驚いたことに、今も再発はしていません。シド様は、もしももう一度痛みがきたら、誰かに圧してもらうといいよと言いますが……。


 もうお分かりかと思いますが、我々北方エルフの風習では、お尻を触られるというのは、深い男女の仲にならない限り、してはいけないことです。

 私も分かっています。

 なので正直にお母さまにはお伝えしました。

 このような状況では不可抗力です。


 それにシド様は存じ上げてない風習です。


 突然だったということと、私、痛みで抵抗できなかったのと、その後に来る快感が予想以上の気持ちよさだったので……シド様には説明できずにいます。


 ところで腰の痛みは和らいだものの、すぐに全快するものではなく、その効果が完全に出るには三日後くらいまでかかりました。

 ですが、驚くほど楽になっていくのが、その日のうちに実感できました。


 その夜、私はシド様の家で夕食をご馳走になりました。

 シド様は北方エルフの食事の流儀を守ってくださり、極力肉食を極力避けた料理を作ってくださいました。


 大きめの鍋に様々な野菜や、薬草を入れ、煮えたところで各々が鍋からその具材をすくって食べるという変わった料理です。


 エルフの料理やアルディラ王国の料理は全て一人一人に給仕されるので、このような食べ方は、その……いかにも人間的と言うか、いい意味で、あくまでもいい意味で……下品な食べ方ですが、……ですが、とても新鮮な感じで、話も弾みました。


 聞けば、レイさんもここに来てからこの食べ方を知ったということです。冒険者の食べ方なのかと思っていたそうです。


 確かに私も冒険者時代、このように食べるパーティを見たことがあります。いちいち、皿に取り分けるより、さっさと食べて、出発することが多かったですからね。


 この鍋に入った食材の中で、豆をすりつぶした汁を固めた白いトーフというものは、ふわふわしていて、非常に面白い食品でした。これは異世界の料理だそうで、温めることで「ユ・ドーフ」という名がついています。


 そして皆で鍋の料理をつついて食べるのもまた、異世界で当たり前の風習だそうです。そう考えると、異世界というのは、やはりこちらの世界より、少なくとも我々エルフよりも若干文明が劣っているのかもしれません。洗練さに欠けています。


 それとも、もしかしたら、全員、冒険者かもしれません。何か食べることを急いでいる可能性もあります。


 ですが、なんと形容すればよいのか。


 この食べ方は楽しいのです。


 調理中の煮込み料理を皆で直接鍋から食べるというのは、不衛生ではありますが、何やら可笑しみがあり、特にこのトーフという食材は、なかなか上手に鍋から取り上げられないので、思わず笑みがこぼれてしまう不思議なものでした。


 ちなみに、異世界ではこの形式の食事を「ナベ」と呼ぶそうで、意味は「鍋」だそうです。このことからも恐らく、異世界の住人は、それほど高い知性ではなさそうです。


 食後は、その煮汁を使ってパスタを茹でます。

 いろいろな食材から出た旨味を麺が吸って、複雑な味になったところを更にチーズを溶かしいれるので、非常に濃厚な味となり、つい食べ過ぎてしまいました。


 これを「シメ」と呼ぶそうです。


 シド様には御恩があるというのに、私、夢中になって食べてしまい、更に恩を作ってしまいました。


「いや、謝る必要はないよ。あ、頭を下げないで。また腰を痛めたら厄介だし」


 それもそうです。


 その頃にはすっかり忘れていましたが、痛み止めの魔法も回復魔法も掛けてないのに、かなり腰が楽になっています。あのマッサージというものは、驚くほどの効果をもたらします。これが魔法ではなく、誰でも可能だというのが本当に驚きです。


「それより、呼びつけておいてなんだけど、実は頼みごとが一つあるんだ」

「なんなりとお申し付けください」


 私が腰を痛めてなければ、最初からこの話だったと思います。


 もはや私に、この申し出を断る理由も謂れもありません。


「軍務尚書をここに連れてきてくれないか?」


「……軍務尚書? エリクアント・ファイアストン卿をですか?」


「直接話をしておきたいことがあるんだ」


「いえ、軍務尚書は、シド様を恨んでらっしゃいます。もし、ここに来たら、シド様を」


 シド様を捕まえるなり、その場で殺すなりしかねないです。


「えー? そこまで私を憎んでいるかなぁ?」


 呑気か!

 って言葉が喉から出るところでした。

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