第6話 啼叫はこだまし

「あの、椅子と、何か杖になるようなものをお貸しください」


 連続で痛み止めの魔法を掛けるのはよくないですが、緊急です。

 数秒だけ我慢できる弱い痛み止めの魔法を使い、シド様がお貸しくださった杖で起き上がり、椅子の上に乗って、ようやく机の上に移動しました。


 机の上ではうつ伏せになると、胸と顔がすっぽり穴に入ります。


 ですが、何かとても辱めを受けている感じもするのです。

 しかも顔は穴を通りません。胸は……穴が大きめなので、そこから垂れ下がる形にはなりましたが、何か落ち着きません。


「レイ、綺麗な手ぬぐいや布を」


 シド様は顔の穴の周りに布を置き、私の顔を支えるようにしました。


「これでいいのですか? 顔は通っていませんが」


「ああ、いいよ」


 拘束されるわけではないと安心したのも束の間。

 やはり人間を信用していいのか分かりません。

 シド様は、いきなり私の臀部を触り始めました。


「あのシド様……痛いところは腰でして」

「ああ、分かっているよ」


 そう言いながら、臀部の脇を何度も触ります。そして


「ああ、ここだここだ。レイ、しっかり支えてね」


 と、何をされるかと思いきや、そこにシド様の拳をグリグリグリっと押し当てていきます。


「ふぎっ!」


 私は思わずテーブルを掴みました。

 そこじゃない! 痛いのはそこじゃない!

 そう言いたかったのですが、あまりの拳の痛さに声が出ません。


 見えないシド様の拳は、手首くらいまで私の臀部に食い込んだのではないでしょうか。


「そ……こ……」

「ああ、ここだ」


 そこじゃないと言いたかったのですが、最早声が出ない程痛いのです。


 知らない間に私は涙をこぼしながら痛みに耐えました。

 こんなことなら、臀部にも痛み止めの魔法をかけておくべきだったと。

 何分ほど拳を押し当てられていたのでしょうか。


「よしっ」


 と全然よくない状態でシド様はようやく拳を離しました。

 私もまた脱力です。


 痛みは別のところに増えた感じですが、シド様が満足なら、もう机から降ろしてもらおうと思った瞬間


「ふぎゃぁぁぁぁっ!」


 予告なくシド様はもう一度、私のお尻にその拳をめり込ませました。

 先ほどとほぼ同じ場所です。


 私は思わず暴れそうになったところを、レイさんが押さえつけます。

 こんなひどい目に遭うとは……。二度とシド様を助けることはないと、その時は思いました。


「よしっ」


 全然、よくないです。

 しかし、もしかしたら三回目が来るかもしれず、私は身構えていました。


「だめだめ。体の力を抜いて? はい、息を吐いて~」


 シド様が息をすぅっと吐く音につられて、私も机に顔をうずめたまま、息を吐きます。机に穴が開いているせいで、息はしやすかったです。


 今思えば、この穴は、そのために開けられたのかもしれません。

 たいそう簡単ながら、非常に理にかなった穴です。


「だいぶ、背中の筋肉が張っているね」


 そう言って、シド様は親指で私の背中を揉んでいきます。

 なるほど。シド様が揉みほぐすと言った意味が少し理解できたように思います。


 指で背中の筋肉を圧しているだけにも関わらず、体に快感が走っていきます。何かから解放されていくような気持ちよさです。


 そして、ゆっくりと指を、尻から、腰へ。そして背中、更には首へと揉み圧しながら移動させていきます。


 この心地よさは、是非、お母様にも体験していただきたく、詳細は図にしてお送りします。


 私はあまりの気持ちよさに、つい涎まで垂らし、情けない声を何度も何度も上げながら、その快感に打ち震えました。


 まるで天国です。


 もしかしたら、拳が臀部にめり込んだ痛さで、既に死んだのかもしれないと思うほど、それは心地よい世界でした。


「肩もカチカチだな。前傾姿勢はほんと体にはよくないぞ」


 そう言って押される肩のなんて気持ちよいことか。


「しゅ、しゅみましぇん」


 テーブルに開けた穴から、涎を床に垂らし、呆けたような顔をしているのだろうと、私は顔を赤らめていましたが、気持ちよさが止まりません。


 王族の娘でありながら、このような醜態を人間に晒して良いものかとも思いましたが、もう止められません。


 せめてレイさんに見られないように、顔を上げないようにするのがやっとですが……後から涎の垂れた床を見て呆れるかもしれません。


 これが異世界の『マッサージ』と呼ばれる施術魔法だそうです。


 魔力を使わない、体の構造を使う治療術だと教えてくれました。

 お母さまも是非、一度、体験していただきたく。

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