P.11

 教えられた場所は、絶対足を踏み入れることもないような駅裏の盛り場。そのさらに奥、路地の突き当りに立つ雑居ビルだった。

 袖看板に〈JOYビル〉とある。間違いない。聞いたとおり1階はスナックだ。

 煤けた壁に亀裂がはしる細長いビル。手前に置かれた電飾看板の縁を、青い光がグルグル廻っている。夕陽に照らされる電飾はうら寂しい。看板には〈2Fもりもりマッサージ〉と表示されていた。

 どこがマッサージされてもりもりになるのか、実に明解だ。

 電飾の横に立つ呼び込みのオネエサンがボクに気づいた。

 割り箸のように細い脚が超ミニから伸びている。

「あら〜、おにいちゃん、ちょっと若過ぎだなあ。けど、興味あるよね。騙されてあげる。19歳だって言って入っちゃえ」

 ボクはうつむいて横をすり抜けた。からかうような笑いを背中に浴びながら、狭い階段をのぼる。

 行先は3階。マッサージ店のボーイが仕事じゃなくて良かった。〈もりもり〉を通り過ぎて3階へ行く。

 重い足で段を踏みつつ思う。どうしてボクがこんなに一生懸命になるのか。

 ――それは、アネゴが雪ちゃんの親友だからだ。

 それだけじゃない。アネゴはワルの仮面をかぶって、ウチの生徒を他校の暴力からまもっていた。その事実を知っているからだ。

 だが、やはり、ヤバい連中とのつき合いには、相応の代償があったというわけだ。それを思い知る。

 家を不良の溜まり場にして、暴力をふるう義父を追い出した。そこまではいい。けれど、それで終わりじゃない。不良たちとの縁は、むしろそこが始まりだ。こうして悪縁は、ずっとアネゴに絡みついている。

 3階の店名は〈LUCKS〉。運、 運勢、 巡り合わせ……そんな意味だ。

 開店は18時からと聞いた。15分前だ。

 アブナイ事なんてこれっぽっちも無いよ、と笑った源田オバサンの顔を思い出しながら、黒い木製のドアを押した。

 中には重苦しい空気がよどんでいた。古いエアコンのカビ臭さとタバコの臭いを、無理やり消臭剤で消したような。

 入ったところに受付カウンターがある。無人。

 まっすぐ通路が通っていて、両脇にお一人様サイズのブースが並んでいる。遮るのはカーテンだけ。今はすべて開け放たれている。ブース内には小ぶりのデスクとリクライニングチェア、デスクにはパソコンが備えられていた。

 一見ネットカフェだが。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る