P.10

「光治……」アネゴは茫然とした。

「何だい、アンタは」ウインドウが全開になり、オバサンが顔を出した。

「金子の同級生です」

「ふうん」浅黒い顔から放たれる鋭利な眼光が、上から下までボクを舐める。

「なに言ってんだよ、関係ないくせに。引っ込んでろ!」アネゴは気色ばむ。

「黙ってな」低い声で一喝する。

 それだけで、あのアネゴが押し黙った。

「流美、帰りな。代わりができたんだ。後はこの坊やと話をするから」

「コイツ、関係ないですよ。じゃあ、ワタシ今夜出ます」

 オバサンは猪首を巡らせてアネゴを睨んだ。「今日から三日休みをやる。代わりはこの坊やだ。二度言わせるんじゃないよ。帰って母親の看病してな」

 蒼ざめた顔で、アネゴはボクを見る。何てことするんだ、と表情が語っている。それでも自転車のスタンドを蹴り上げ、乗って駐車場を後にした。

「なあに、簡単な仕事さ。坊やにもできる。ちゃんとお給料だってあげるよ」

「給料は金子の借金から引いてください」

 オバサンはちょっと驚いた顔をして、それから笑った。「そうか。流美に惚れてるんか」

「彼女は級友です」ボクは毅然と応える。「ボクには、別に、ガールフレンドが居ます」

「おもしろい子だね」浅黒い首の根元には、大ぶりのダイヤが鈍く光る。

 遠くで蝉が鳴いていた。


     *


 源田げんだ 廣美ひろみ――それがオバサンの名前だ。〈クラブJOY代表〉とある。渡された名刺が掌に載っている。それをポケットに入れ、タウンリュックを背負った。中には白ワイシャツが入れてある。ズボンは黒に近い物と言われたから、学校で使うやつでいい。

 夕方、カップ麺で腹ごしらえをし、辰則の家で一緒に勉強する、と言い置き家を出る。

「あら、そう」オフクロは怪訝な顔をした。「たまに環境を変えるのもいいか」

 西陽の射すホームで電車を待ち、どっと降車する通勤者の群とは逆に、県庁のある隣市へ向かった。

 辰則にアリバイを頼んだ。勝手にやってろ、とヤツは怒鳴った。ボクが雪ちゃんと夜デートをたのしむと思っているのだ。

 雪ちゃんはひどく心配した。とてもヤバくて、危険が伴うのではないかと。

 ボクもそう思う。でも、誰にも相談できないじゃないか。アネゴが隠している事が表沙汰になると、厄介なことになる。18歳未満のアルバイトは法律上22時まで可能だが、ウチの学校は20時までと規則にあるからだ。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る