第2話 リタ・クラインという人

 この世界は、家庭用ゲーム機専用で発売されたRPGだ。


 主人公ジークフリートと仲間たちが、この国を支配する魔王を倒すために旅に出る、という王道も王道な物語。

 

 途中、仲間になった聖女とロマンスがあったり仲間の裏切りに遭うなど、物語は可もなく不可もなく、だけどグラフィックと音楽がめっちゃ良い――まるで昔のゲームを、最新の技術でリメイクしたようなゲームだった。


 でもそんな昔の定番ストーリーが、今の大人ゲームを楽しんでいたかつての子どもたちの心に刺さった。


 私の前世――野口薫子のぐちかおるこ(32歳)は、それらの評判を聞いて興味を持ち、ゲームパッケージの真ん中にでかでかと描かれていた、ひと際輝く主人公――ジークフリートの美麗さに、通販サイトで速攻ポチった人間だ。


 そこそこ売れたゲームだけど、その後、原作者が何かやらかして物議を醸していた気が……まあそれを確認する前に、私は死んでしまったようなんだけど。


 でもまさか転生先が、このゲームのサブイベントとして登場するリタ・クラインだなんて……


 リタは、クライン子爵家の一人娘だ。


 ある日家に戻ってくると、屋敷が荒らされ、数多くの使用人たちと、古くからクライン家に仕えていた執事、そしてリタの父親の変わり果てた姿を発見するのだ。その傍らには、剣を片手に父親の体を支えている、血塗れのジークフリートの姿があった。


 リタはショックを受け、そのまま気絶。

 気付けばベッドの中にいて、庭には殺された者たちの人数分の簡易的な墓があった。


 もちろん父の墓も――


 普通に考えれば、殺人者が殺した相手の墓を作るというのもおかしな話なんだけど、父を殺され、全てを失ったリタにはそこまで考えが至らなかった。


 復讐を誓ったリタは屋敷に火を放つと、父が大切にしていたナイフを手に、ジークフリート一行の前に度々現れ、彼を殺そうとした。が、魔王討伐を目指す彼に、刃物と言えば食事用のナイフぐらいしかもったことのないリタが勝てるわけがない。


 毎度毎度、軽くいなされては捨て台詞を残して逃げ去り、また彼を襲う、を繰り返していた。


 たった今までは――


 自分の今世がリタであることに焦っているのには理由がある。


 リタは死ぬ運命の子なのだ。


 確かゲームでは、十一回目の襲撃時、自分の身元を示す髪飾りを落としてしまう。それをジークが拾えば、リタのサブイベントが始まるんだっけ。


 サブイベントでは最終的に、国王の暗殺を目論む魔王の手先の組織を見つけ、壊滅させるんだけど、リタはその組織が魔王の手先だとは知らずに協力してしまう。そしてジークたちと話をしている最中に、組織に裏切られて後ろから刺されてしまう。


 ジークたちは私が突然倒れたことで隙をつかれてしまうんだけど、隙といってもバトルがバックアタックから始まる程度で、難なく敵を倒して生還。


 私を救い出せなかったジークは、涙を流して私の遺体に謝罪し、魔王討伐への決意を新たにする……てな感じの奮起ストーリーだ。


 もしジークがサブイベントに進まない場合、私は組織から用済みになったと殺され、変わり果てた死体を見つけたジークが涙を流す……という感じ。


 どっちみち死!

 サブイベントをこなしてもこなさなくて死‼


 リタはジークが父を殺したと思っているけれど、もちろん違う。


 実は、父は魔王の手先の組織に協力していたのだ。

 だが結局、用済みになったのだろう。組織の息がかかっていた執事に殺されたのが真実。


 ジークは完全に冤罪をかけられていたのだ。

 でも聖人並みの心をもつ彼は、


【父親が悪事に手を染めて殺された真実をリタに知らせると、ショックで命を絶ってしまうかもしれない、憎しみという感情であっても今は生きる希望を持たせたい】


と言って、何も言わずにリタの襲撃を受け入れていたのだ。


 いつか憎しみを捨て、前を向けるようにと――


 結局ジークの善意も、私が殺されることによって無駄になってしまうんだけど。


 それはともかく!


 私は死にたくない。

 選択できる最善案は、ジークへの復讐をやめ、どこか遠い街でひっそりと暮らすことだ。


 髪飾りは落としていないからまだイベントも進行してないだろうし、私を殺す組織との繋がりもない。


 まだ間に合う。


 よし、逃げよう!

 今すぐ逃げよう‼


 子爵令嬢という肩書きを捨て、ここから離れた遠い場所で真っ当に生きるの!

 幸い(?)にも貧乏貴族だったから、一通りの家事はこなせるし、前世を思い出したお陰で庶民寄りの思考もあるし。


 今世は命大事に全振りしてやる‼

 そして、ジークたちが魔王を倒して平和になった世界を謳歌し、大往生を目指すのよ!


 ということで私は大慌てで逃げ出し――ジークを最後に襲撃してから二年が経った。


 現在私は二十歳。

 クライン子爵領から離れた街で、酒場のウェイトレスをやっている。


 肉体的には疲れるけれど、酒場の店主や女将さんも優しくていい人なので、メンタル的にはとても楽だ。


 生活面でも精神面でも、それなりに充実していた毎日を送っていた私だけど、一つだけ気になっていたことがあった。


 ジークたち勇者一行の噂を、聞かなくなったのだ。


 私がジークの命を狙っていたときは毎日のように、どこの敵を倒したとか、村を救ったとか、そういった活躍を聞いていたんだけど、皆が彼の存在を忘れたかのように今は聞かない。


 魔王侵略は少しずつ広がっているし、このままだと、平和になった世界で生を謳歌し、大往生するという私の野望が……


 今日も、ジークたちの話題が一つも出ない疑問を考えながらお酒を運んでいると、突然私の背中に冷たい何かが走った。


 同時に、この賑やかさの中でもハッキリと聞こえる、男性の声――


「やっと……やっと……だ」


 私の心を恐怖が支配し、持っていたお酒のジョッキ二つが震え、カタカタと音を立てる。


 だけど、振り向かずにはいられなかった。


 だって……だってこの声は――


「う、うそ……」


 思わず声が出てしまうのも仕方なかった。


 私の目の前にいたのは、この世界の主人公たるジークフリートその人だったから。


 しかし、最後に会ったときの爽やかさがなくなっている。


 キラキラといつも光輝いていた金色の瞳からハイライトが失われ、顔には生気がない。身につけている服はボロボロではないけれど、人前に立つことを全く考慮していないくたびれ具合だ。


 ゲーム内で、オシャレを競うイベントとかあったくらいなのに!


 私と目が合った瞬間、やつれていた表情にみるみる生気が満ちた。

 なのに爽やかさと陽キャの代名詞のような彼には相応しくない、暗く、纏わり付くような熱っぽい視線が私の全身を這う。


 下がっていた口角をあげながら、彼はこう言った。


「やっと見つけた……僕のリタ」

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