ノートの持ち主

ユカはノートをじっと見つめたまま、動けなくなっていた。


「……気持ち悪い」


それが最初に浮かんだ感情だった。

だが同時に、「誰が?」「何のために?」という疑問が、胸の奥に重く沈む。


ノートの記録は異常なまでに細かい。

呼吸のリズム、シャワーの時間、電話の相手。まるでその人の生活すべてを盗み見していたような内容だった。


最後のページの日付は、5日前。つまり、ユカが引っ越してくる前日で止まっている。


そのページの最後の一行だけ、書き方が変わっていた。


「新しい住人、女。声が少し高い。足音は軽いが、動きは落ち着かない。」


背中がぞくりとした。

誰かが、既に自分のことを観察していた――。


「…ふざけてるの?」


強がってそう呟いてみたが、手が震えているのがわかる。


ユカはノートをテーブルに置き、ゆっくりと部屋を見回した。

天井、壁、窓、カーテンの隙間。

どこかにカメラでもあるんじゃないかと思わせるほど、視線の圧を感じる。


「……とりあえず、管理人に相談しよう」


そう決めて、彼女はスマホを手に取った。


だが、着信履歴に見知らぬ番号が並んでいるのに気づく。


【非通知】 0:00

【非通知】 0:00

【非通知】 0:00


毎晩、同じ時刻にかかってきていたのに、彼女は一度も気づいていなかった。

だが、その瞬間。画面が震え、再び非通知の着信が鳴り始めた。


時間は、午前0時。

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