第10話 (レイビット)会敵④

 もうひとつ可能性がある。


 戦が起きたこの場所を考えれば、もうひとつの勢力が状況を確認に来ていてもおかしくはない。リーパークとゼブドの国境に近いということは、麒麟の影響下からも近いのだ。


 この男達は、麒麟か。わざわざ余人の目に触れないよう林に入ってから襲ってきた理由は、両軍の斥候に見つかるのを避けるためか。


 ゼブドに雇われた者だと考える方が自然ではある。しかし、もし相手が麒麟なら、訊くべきことがある。


「アイザック。正面の二人は殺すな。死なせるな」

「よしきた任せんしゃい」


 正面の二人に緊張が走った。瞬間、レイビットは間合いを詰め、剣を振るう。狙いは口髭の男の右腕。タネが見えているとはいえ、魔術具は封じておくべきだ。男の反応が早い。後ろへ跳ばれ、躱された。横からもう一人の男による斬撃。ここまでの流れは読めていた。しかし男の短剣に光塵が纏われていない。魔術を使わない、ただの斬撃。


 魔術を使った別の攻撃がある。

 レイビットは狙っていたカウンターを諦め、素直に斬撃を避けた。口髭の男を視界に入れつつ、魔術を使った攻撃に備える。しかし斬撃の後に敵の攻撃は続かなかった。結果、口髭の男ともう一人に挟まれるかたちなる。丁度、この二人が隠れていた巨岩の横に来ていた。


 目を向けると、この攻防の間にアイザックが残った一人を沈黙させていた。


「先輩が一人。ぼくが三人ですね」


 軽口を叩きながら、アイザックがこちらへ向き直る。四人が、敵味方交互に一列に並ぶような格好になった。


「殺したのか?」

「いえ。魔術具は壊しましたけど」


 口髭の男が、変わらない声音で口を開いた。


「二対二になったか。分が悪いな」

「そう思うのならこっちの質問に答えろ。お前たちは、どこの手の者だ。何故俺達を襲った?」

「こちらと全く同じ質問だな」


 口髭の男の右腕が魔術の光塵を纏い、そして炎に包まれた。魔術具を媒介にせず、魔術を行使できる魔術師なのだ。

 レイビットは舌打ちした。場所が悪い。


「辞めておけ。この林は杉が多い」


 杉は脂が多く、よく燃える。ここで火を放てば一気に森林火災に発展しかねなかった。


 言いながらレイビットは自らも魔力を解放した。右腕に光塵が走り、握っていた剣を淡く光らせる。次の瞬間、剣の柄尻から両刃の短剣が形作られ飛び出した。肉厚な刃は鎖で柄尻と繋がっている。

 レイビットの魔術は、手持ちの武器を媒介にして自分の魔力を短剣に具現化し、自在に操作するというものだ。その際、手持ちの武器の種類は問わない。鎖は伸縮自在で、動かす速度や伸びる距離はレイビットの魔力保有量に依る。体調次第ということだ。名前を付ける必要はないが、能力を知ったワダイブから『ペイパーカット』と呼ばれ、そのまま採用した。


 魔術師には二種類のタイプが存在する。共通しているのは、体の中に魔力と呼ばれる特殊なエネルギーを保有していることで、その魔力を実際に力として行使する行為――魔術を、魔術具を介してのみ発動できる者と、制約なく自由に発動できる者だ。後者の方が数が少ないとされ、魔術師の中でも特に「アンコンディショナル」と呼ばれる。


 アンコンディショナルが発動できる魔術の能力は個人によって違うが、能力は先天的で、本人の意思で決められるわけではない。レイビットとアイザック、そしておそらく口髭の男もアンコンディショナルである。アンコンディショナルの方が魔術師として優れているかというと、そういうわけでもない。一般の魔術師は、能力の行使に魔術具を必要とする代わりに、魔術具によって様々な能力を使い分けることができる。アンコンディショナルは逆に魔術具を使用することが不得手である。


 口髭の男はレイビットの声を無視して右腕を上に掲げた。炎が、渦を巻くように空中に上り腕から離れる。そのまま火球となってレイビットに向けて飛んできた。


 避ければ、林が燃える。


 音や光には訓練で慣らされている馬も、火の手が上がればさすがに暴れて逃げ出してしまうだろう。

 レイビットは半身を捻り、剣の柄を火球に向けた。鎖でぶら下がり、慣性で振られていた切っ先がレイビットの意思を受けて滑るように宙を這った。刃は重力の影響など受けず一直線に火球へ突き刺さる。火球が小さな破裂音を立て、火の粉を散らして消滅した。


 口髭の男が、僅かに目を見開いた。


「火を、壊したのか?」

「自分の能力をいちいち解説するか」


 レイビットの『ペイパーカット』は、魔力に干渉し、それを消滅させる能力を持っている。対魔術師の戦闘に特化した能力だった。ただの炎になら何の効力も発揮しないが、魔術で作られた火の玉であれば破壊できる。


 鎖を引いていったん戻し、再度切っ先を射出した。右上空を大きく迂回して、口髭の男を上から襲う。同時に、地を蹴り間合いを詰める。後方で、アイザックともう一人が刃を合わせる音がした。


 『ペイパーカット』は魔力に対してしか攻撃力を発揮しないが、鎖の部分は実体である。その鎖が地面を抉り、土を捲り上げる。口髭の男は体を開くようにして上からの攻撃を避けた。鎖を引き、切っ先と入れ違うようにして剣による刺突を繰り出す。狙いは相手の右腕だ。

 相手の右腕に炎が宿る。思った以上に魔術の発動が早い。手練れだ。即座に刺突を狙うレイビットに向けて火球を放ってきた。『ペイパーカット』による相殺はもう間に合わない距離。躱して攻撃を続けるか。しかし、そうすると火球が林を焼く。


 レイビットは滑り込むようにして火球をやり過ごした。即座に後方に向けて『ペイパーカット』を放つ。火球が弾ける。その間に口髭の男は更に距離を取った。


「退くぞ」


 男は強い口調で言うなり、火球を断続的に放たった。出鱈目な方向へ飛ばされた火球を全て打ち消すことはできず、三か所で火の手が上がった。


「アイザック、追うな。火を消せ」


 枯れ枝や落ち葉のある時期ではない。すぐに消火すれば延焼は止められる。

 アイザックと対峙していた男が林の中へ姿を消すのが見えた。口髭の男も、もう視界から消えている。アイザックは手早く上着を脱いで、炎を上げる幹に押し付けていた。ギルドの支給品で、難燃性の素材で編まれているものだ。


 消火にはそれほど時間はかからなかった。幸い、馬も逃げ出さず、離れた場所で大人しくしている。寄ってきたアイザックが口を開いた。


「やられました。あいつ、ぼくとまともにやる気が無かったです。――あれ」


 指が向けられた先を見ると、アイザックが気絶させた男が倒れている。


「口封じされました。最初からそれだけ狙ってましね。うっかりです」

「きっちり仲間を殺していったか。頭らしき奴も、俺を殺そうって意思は見せなかったな。粘るかと思いきやあっさり引いた」

「結局、何がしたかったんですかね」


 敵性の人間と遭遇し、拘束も尋問もできない場合は、殺す。それも難しいときは、できるだけ情報を得てから離脱する。それが密偵のセオリーである。可能かどうかは別として、今の相手からは、殺しておこうという意思を感じられなかった。相手二人の余力を考えれば、引き際が良すぎる。


「ゼブドなのか、麒麟なのか、何でぼくたちを襲ったのか、結局よくわかりません。なので、さっさと街へ行きましょう」

「お前、面倒になってきてるな」

「推理するのは街でもできますよ。もう疲れました。それに」


 アイザックが辺りを見回した。火を消した林の中に光源は無く、もはや陰が視認できない程に陽が暮れている。


「そうそう焼き討ちなんてしないでしょうけど、逃げた先で念入りに火でも付けられてたら、ここで悠長に考えこむのは危ないっすよ」

「お前はたまに冷静な発言をするところがムカつくよな」

「いやぁ、処女のまま焼け死ぬのはちょっと」

「普段の調子のときもムカつくんだよなぁ」


 レイビットはにやにやしてこちらの様子を伺ってるであろうアイザックを無視して、馬の方へ向かっていった。

 鞍に跨り鐙を鳴らすと、馬が歩き出す。アイザックも黙ってついてきた。


 薄暗い道を進んでいると、先程の男達のことより、クロックドーンの戦が思考の中に入ってきた。ジャクリー将軍が動けず、援軍の動きも鈍い現状では、クロックドーンの苦戦は暫く続く。ジャクリー将軍が救援に動けるどうかは自分達の働きに掛かっているとなれば、アイザックではないが悠長にはしていられない。


 集められた情報で、襲ってきた男達の素性や目的を断定することは難しい。林を抜けるまでに陽は完全に暮れる。馬を駆けさせて、今晩中に国境の町へ入れるかどうか。その間に再度の襲撃があるかもしれない。


 国境の街で麒麟と交渉する伝手を探すつもりだったが、襲ってきた敵の素性次第ではその手間が省けるかもしれない。次はもう少し考えて対処する必要がある。話しかけようと振り向いたら、アイザックは大口を開けて欠伸の途中だった。鞍と剣の鞘が立てる金属質の音が耳についた。

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