33. 【東の辺境】防衛戦は楽しいな

「おお~壮大だな」


 防壁の上で、ホワイトは迫りくる魔物の大軍を観察していた。

 徒党を組んで攻めてくる魔物の数はおよそ一万匹。


 見渡す限り魔物だらけ、とはならないがまぁまぁの密度である。


「過去には百万の魔物が襲ってきて、大地を埋め尽くすほどだったそうだ」


 ホワイトの隣でスープ辺境伯が防衛戦の歴史について教えてくれた。

 ただしそれは何代も前の辺境伯の時代のことであり書物でしか記録が残っておらず、真実だったのか誇張しているのかは分からない。


 だが目の前の光景を見る感じ、どちらにしろ昔から万単位の魔物が襲ってくることには違いないのだろう。


「それを一掃したら気持ちよさそうだな」

「ど真ん中に突っ込んで一人で倒しまくるのも楽しいぞ」


 まったく怯えるそぶりを見せないホワイトと辺境伯だが、それは強い二人特有のことではない。

 防衛団の誰もがここでの戦いに慣れてしまっているため、万単位の魔物が攻めて来た程度では驚きもしないのだ。


「報告します!」


 しかしそんな彼らの元に、僅かに緊張を孕んだ伝令が飛び込んできた。


「魔物生産施設が出現しました!」

「なんだと!?」

「魔物生産施設?」

「私もそれ知らないぞ」


 聞きなれない言葉にホワイトとカレイが訝しむのをよそに、辺境伯は遠見の魔法を使い魔物達の後方を確認した。


「なんてことだ、連続で出現するなど今まで無かったのだが。やはり何事にも例外はあるということか」

「(つまりこれまでは連続で出て来なかった謎の施設とやらが、流れを変えて出て来たってことか)」


 それは想定外のことではあったが、想定外を考慮して準備するのが辺境伯の役目だ。

 それに今日は防衛側もいつもと良い意味で違う体勢を取れている。


 ホワイトとカレイがいるのに慌てる必要など全くない。


「魔物生産施設ってなんだ?」

「あそこの最後尾付近にいる大きな金属の魔物だ」

「犬みたいなやつか?」

「ああ。良く見てみろ」

「…………うわぁ。中から魔物が出て来てる」


 その魔物生産施設と呼ばれる物体は人間三人分ほどの高さがあり、ホワイトが言うとおりに犬の形に酷似していた。


 口の部分から長い舌が伸びて地面にまで到達しており、口の中から舌の上を通って魔物が次々と出現する。それと同時に肩にも大きな穴が開き、前足の上を通ってこれまた魔物が次々と出現していた。


「何ですかあれ?」


 奇妙なことに思わずブラックモードから素に戻ってしまった。


「分からん。お前を呼んだのは実はアレについて相談するためだったのだ」


 今回の襲撃ではまだ出現しないと思っていたので説明を後回しにしていたが、予想に反して出現してしまったのでこのままホワイトから意見をもらうことにした。


「魔物は永遠に出てくるの?」

「いや、いつもは一万匹ほどで打ち止めだ」

「あの体で一万匹……」


 確かに巨大ではあるが、それほど多くの魔物を中で待機させる広さは無い。

 となるとリアルタイムで魔物を生み出していると思われる。


「強い魔物はそうはいないとはいえ数は暴力だ。追加分は予定外の対処をせねばならず、あいつが出現すると少なからず怪我人が出てしまう。どうにかしたいのだ」

「アレが無しならケガ人がゼロってのも凄い話だけど、追加分も対処できるなら弾切れした後に倒しちゃえば?」

「それが魔物が減ってくると、いつの間にかあいつが消えて無くなってしまうのだ」

「それなら魔物が減る前に師匠が特攻するとか。師匠なら余裕でしょ」

「それも俺の動きを察知したのか、いつの間にか消えやがる」

「ふ~ん」


 ゆえに、魔物生産施設と呼ばれる物の正体が何なのかを突き止められないでいた。


 今のところは対処出来ているが、今後出現する魔物が増えたり、施設そのものが増えるなんて可能性も無くはない。今のうちに正体を暴き撃破しておきたい。


「お前なら速攻であそこまで辿り着いて壊せるだろう?」

「まぁ出来なくはないけど……」


 ホワイトは防壁の上からじっと魔物生産施設と呼ばれる物を見つめ、それが何なのかを分析する。


「(あれ?この感じどこかで……)」


 遠くなので良く分からないが、魔物生産施設から覚えのある魔力が漂っているような気がした。


「ちょっと集中します」

「分かった。迎撃開始まではもうしばらく待つから、それまでは好きにしろ」

「私は見てるぜ」


 辺境伯は防衛団の様子を見にその場を離れ、カレイは集中するホワイトの様子を隣で見て堪能していた。ちなみに辺境伯夫人は最初から防衛団と共に行動し、魔物をぶった斬る時をまだかまだかと待っている。


「(やっぱりあの魔力には見覚えがある。それに何か妙だ)」


 より集中力を高め、異常の原因を突き止める。

 その真剣な姿をカレイが横でニマニマしながら見つめているとも知らずに。


「(まさか暴走してない普通の魔力が混じっているのか?)」


 暴走していない普通の魔力。


 それは人が扱う魔力のこと。

 人が魔力を用い魔法を放ち終えると、魔法は発散して魔力となって周囲を漂う。

 そして漂った魔力が世界に正しく受け取られずに暴走してしまう。


 つまり人が魔法を放つまでの間は、まだ魔力は正常だということだ。

 その正常な魔力が魔物生産施設の周囲に漂っていると言うことは。


「(アレには人が関わっている?)」


 だが果たして魔物だらけの荒野の中で、人があのような巨大な施設を動かせるものだろうか。

 仮にあそこまで辿り着けたとしても、周囲の魔物に殺到されてあっさり死んでしまうのがオチだ。


「(落ち着いてもっと観察してみよう)」


 思い込みを排除して、何が起きているのかを冷静に考える。


「(アレは暴走した魔力を取り込んでいる。魔物が次々と生まれるのは取り込んだ魔力を魔物化しているのだろう)」


 そのやり方は分からないが、今はそこは気にしない。

 大量の魔物が出現する理屈が分かっただけでも十分だ。


「(良く見るとアレを守るかのように、周囲に魔力が纏われてるな。普通の魔力はそっちにしか含まれていない。んん?)」


 その纏っている魔力をじっくりと観察すると、その一部が外に細い紐で繋がっているかのように伸びていることに気が付いた。


「(なるほど、そういうことか)」


 そこで観察を終え、ホワイトは小さくふぅと息を吐いた。


「おつかれ。何か分かったか」

「うん、大体ね。師匠は……おっともう始まっちゃうか」


 分かったことを報告しようと思ったが、残念ながら時間切れだ。

 防衛戦が始まる時間がやってきた。


「見てろよ。超面白れぇからな!」


 そのカレイの言葉と同時に、防壁から少し離れた地面から上空に向かって巨大な無色の魔力の壁が出現した。


「おお~、魔道具が地面に埋め込まれてるのか」


 魔物が魔法を使い攻撃を仕掛けてくるが、その大半が壁に当たって消えてしまう。

 どうにか壁を通過した魔法は、防壁内で待機していた魔法師部隊により迎撃される。


「なるほど、敵の遠距離攻撃をアレでほぼ無力化してるんだ」


 仕掛けはそれだけではない。

 今度は防壁から並ぶように大砲のような物が飛び出てきた。


「放て!」


 どこかにいるのであろう防衛団長の合図で大砲から各種属性の強力な魔法が魔物達に降り注ぐ。


「うわぁえぐぅ」


 弱い魔物は一瞬で、そこそこ強い魔物は数発で消滅し、かなり強い魔物は怪我を負いながら防壁に近づいて来る。


「来るぞ!」

「うおおおおおおお!」


 迎え撃つのは防壁の前にズラっと並んだ防衛団。

 防壁に設置された魔道具により身体能力を向上させた歴戦の戦士たちが、迫りくる手負いの魔物達を圧倒する。


「ホワ……ブラック見ろよ、あそこにお母様がいるぜ」

「最前線に出るだなんて無茶するなぁ」


 一対多の状況になるように敢えて突っ込み、踊るような剣技と魔法のコンボで魔物を駆逐してゆく様は鮮やかで、思わず見惚れてしまいそうだ。危険な場所なはずなのに遊んでいるようにしか見えないのは、相手が手負いなこともあるが夫人が相当の実力者だからなのだろう。


「あれ、あそこにも突出してる人がいる。って先生!?」

「本当だ。戻って来てたんだな」


 ホワイトに武術を教えた先生と呼ばれる人物は、ホワイトが防壁に来るのと入れ替わりで用があるからと別の場所に移動していたのだ。しかしいつの間にか戻って来て防衛戦に参加していたらしい。


「良い歳なのに何やってるんだよ……」


 かなり遠くからでもはっきりと分かるほど白髪が目立つ男性がホワイトの先生であり、こちらは剣技だけで軽やかに魔物を斬り刻んで行く。


「うう、私も行きたい!なぁ行こうぜ!」

「ええ?邪魔にならないかな」

「大丈夫だって。お父様も好きに戦ってくれて良いって言ってただろ?」

「う~んじゃあお言葉に甘えて」


 スープ辺境伯夫人やホワイトの先生と言う突出した技量の持ち主が居なくても圧勝が決まっているはずの戦場に彼らが降りるとなると、今回の防衛戦は無傷で終わることが決まったようなものだった。

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