28. 【東の辺境】俺の名はホワイトでもグレーでも無く……

「口数少なくて、いっつも眠そうにしてるのに、妙に積極的だったんだよな~」


 巨大な魔鳥の上で寝転がりながら、ホワイトはカレイのことを思い出す。


「でもどうしよう。瞳をじっと見られるやつ、今やられたら我慢できる気がしない」


 ふとももの上にカレイが座り密着して抱きしめ合いながら見つめ合う。

 当時は幼かったからまだ良かったものの、成長して性的なあれこれについて興味津々なお年頃の男女がそんなことをしたら子作り一直線。


 流石に羞恥心が芽生えているからやってこないとは思うが、単に見つめられるだけでも男としてきつすぎるご褒美だ。


「カレイちゃんには申し訳ないけど、今回は我慢してもらおう」


 本格的な再会ならまだしも、今回は色々と濁しての再会になる。

 そこで羽目を外して行くところまで行っちゃうのは流石にダメだろうと、しっかり自重すると心に決めた。


 そのために、というわけではないが、今回準備したある物がお互いの自重に役立ってくれると信じて。


「ふわぁあ、少し寝ようっと」


 サンベールからクラウトレウスまでは遠く、しかも広大なクラウトレウスの西から東まで横断する必要があり、魔鳥に乗って直線距離を進んだとしても一日半はかかる。

 騒ぎにならないようにと魔鳥を下から見えないように隠ぺいし、ホワイトは体を休めながらまったりと空の旅を楽しんでいた。




 そうして何事もなく、ホワイトはスープ辺境伯領へと到着した。

 先に連絡をしてあるので、歓迎の準備をしてくれていることだろう。


「あそこかな?」


 ホワイトがスープ辺境伯領に来るのは初めてだが、空から確認すれば街を探すのは簡単だ。一番活気のある街が領都であり、そこにスープ辺境伯の屋敷がある。スープ辺境伯は普段は最前線の街に待機しているが、今日はホワイトを出迎えるために領都に戻って来ていると連絡があった。


 ホワイトは領都の外れに降り立ち、ポケットから顔上半分を隠す仮面を取り出し装着した。

 今回はホワイトではなく、変装して別人として訪問することにしたのだ。


「よし、行こう」


 領都はスープ辺境伯領の西寄りにあり、魔物から襲撃されない安全な場所なのだろう。

 隣国と接しているなんてこともなく攻められる心配が無いからか、大きな城壁のようなものや検問など無く簡単に街に入ることが出来た。


「ふぅん、活気があるんだな」


 すぐ東に最前線があると言うのに、街には多くの露店が並び買い物客で賑わっていた。

 街行く人々の顔も明るく、スープ辺境伯の治世が優れているのだろうと思えた。


「すまない、ちょっと良いか。辺境伯家はどっちに行けば良い?」

「あの通りを真っすぐ進んだところですよ」

「助かる」

「いえいえ」


 普段とは違うタイプの人柄を演じつつ街の人に目的地を聞き、屋敷へと向かう。


「へぇ、聞いていた通り、島よりも豪華な屋敷だ。メンテ大変そう」


 細かい豪華さの違いはホワイトには分からないが、単純に敷地が島の屋敷の倍以上はある。

 建物も非常に大きく、島の屋敷の維持ですら大人数で苦労してやっていたのに、これほど広ければ何人でメンテナンスしているのだろうか、などと裏方の視線で見てしまうのは、メンテナンスをする側の大人達に囲まれて育って来たからだろう。


「こんなに豪華なのにあんまり使ってないだなんて勿体ない」


 スープ辺境伯は質素な屋敷で十分だと思い、最前線の屋敷もどきで生活しているのだが、辺境伯という立場上、国内外の偉い人を招かざるを得ず、その時に質素な屋敷しかないのは問題だということで身分相応の屋敷を立てたのだ。と、スープ辺境伯が島に来た時にホワイトに愚痴を漏らしていた。


「あれ、誰かいる」


 門の前に老齢な執事が立ち、ホワイトに目を合わせないように自然体で立っていた。

 そしてホワイトが傍まで来ると、そこで初めて気づいたかのように演じて声をかけてきた。

 遠くからじっと見つめられると相手が気まずい思いをするだろうとの気遣いだったのだろう。


「いらっしゃいませ」

「スープ辺境伯に招待されたブラック・・・・という者だが」

「伺っております。こちらへどうぞ」


 今回はホワイトではなく、謎の仮面の人物『ブラック』として訪問する。

 訪問の条件としてホワイトはそうスープ辺境伯に告げていた。


 ホワイトがまだここには来ていないのだから、たとえカレイに会ったとしてもそれは別人だ、という強引な理屈を通すためだけの変装だった。


 執事の後について敷地の中に入り、そして屋敷の玄関をくぐると、その先には壮大な光景が待っていた。


 向かって右側にはメイドさん、左側には執事さんがズラっと一列に並び出向かえてくれたのだ。

 その両方の列の終端、ホワイトの正面にスープ辺境伯夫妻が立っている。


「(ここまで大げさにしなくても良いのに)」


 と思わなくは無いが、世界的に有名になってしまっているホワイトが来るとなったら、たとえ相手が変装しているとしても最低限このくらいの出迎えはしなければならないという貴族流の面倒な何かなのだろう。


「ようこそ来てくれた。ホワイ……じゃなくて、えっと、そう、ブラック、ブラック殿。面倒くさいなぁ」

「あなた」

「ぎゃっ!か、かか、歓迎するぞ!」

「(変わってななぁ)」


 夫人に頭があがらないのは島に居た時もここでも変わらないようだ。

 背中を物凄い力でつねられて、スープ辺境伯は脂汗を流している。


「こちらこそ招待頂き感謝する」

「立ち話もなんだ、中に入るが良い」

「ここに居る間は以前のように・・・・・・家族みたいに接してくださいね」

「む……う、うん」


 ホワイトの正体を隠す気が全く無いが、茶番なのでこれで良いのだ。


 客間、ではなくいきなり家族用の居間へと通されたホワイトは、柔らかなソファーに座ってスープ辺境伯と再会の談笑を始めた。


「それにしても、こんなに早く来てくれるとは思わなかったぞ」

「タイミングが合っただけですよ」

「あらあら、以前と同じように家族みたいに接するようにと言ったはずですよ」

「う……タイミングがあっただけだよ」

「よろしい」


 誰も見ていない今なら普通に丁寧に話そうと考えたのだが、余所余所しい言葉遣いをすると辺境伯夫人が笑顔で怒ってくるものだから、フランクに話さざるを得ない。貴族なら家族の間でも丁寧に話をする家の方が多いはずなのだが、ここでは違うのだろう。


「聞いているぞ。あのロークスユルムを御したらしいな」

「もう聞いているの?」

「はっはっはっ!ホワ……ブラックがいるから西側の話はすぐに報告しろと言ってあるのだよ」

「東に注力しててよ。何か発見があったらすぐに連絡するからさ」


 他国のことなんか考えている余裕があるはずのない地域なのに、全く関係ない西側の話を仕入れろなんて部下が可哀想だった。


「そう言うな。家族のことが心配なのは当然だろう」

「……ありがとう」

「それで、どうやったんだ。話を聞かせてくれよ」

「うん」


 ホワイトはロークスユルムでの出来事を、魔法学園についてからのことも含めてたっぷりと話した。

 スープ辺境伯夫妻は興味津々と言った感じで、ホワイトが活躍する度に大げさに褒めたたえようとするから恥ずかしくてたまらなかったが、そんな温かな空気が嫌いではなかった。


「ということで、向こうが安定している今のうちに、こっちに来ようって思ったんだ」

「ふむ。だとすると長期間は滞在しないわけか」

「残念ね」

「いずれ何度も来れるようになるからさ」


 魔法学園で想い人達と再会したら、そこからはクラウトレウス王国に戻る枷は無くなるのだ。

 仲良くなった西側諸国の状況次第ではあるが、気軽に何度でも立ち寄り共に過ごすことが出来るであろう。


 そこまで話をして、ふと気が付いた。

 結構長い間話をしているが、例の人物がやって来ないことに。


「カレイのことが気になるか?」

「え?あ、えっと、うん」

「魔法学園の方で何かトラブルがあったとのことで出発が遅れてるそうだ。明日までには戻って来ると言ってたぞ」

「そうなんだ」


 トラブルとは何か、魔法学園が今どうなっているか、そもそもホワイトが戻ってくることが普通に伝わっちゃってるじゃないか、など気なることは沢山あるが、それは彼女の口から聞くべきだと思い、今は知りたい気持ちをグッと堪えて彼女が来るのを待つことにした。


「それじゃあそれまで暇なんだね」

「うむ、なので久しぶりにやらんか?」


 そう言いながらスープ辺境伯が目線をやったのは、窓の外。

 広々とした庭だった。


「良いよ。やろう」

「先ほどの話だとロークスユルムでは国王から逃げ回っていたそうじゃないか。まさか鈍っているのではあるまいな」

「まさか。鍛錬は怠ってないって。やれば分かるよ」

「うし、それじゃあ行こう!」

「全く、これだから男ってのは。せっかく帰ってきたのだからもっとゆっくり話せば良いのに」

「そんなこと言いながらどうして杖を手にしているのかなー」

「うふふ、何でかしらね」


 尚、再会した直後に激しい戦闘訓練を繰り広げることを予期した執事達が、すでに庭師に事後のメンテを依頼済みだったりする。かなり優秀なのか、それとも辺境伯夫妻の考えが読みやすいのか、果たしてどちらなのだろうか。

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