27.【過去回】そんなに見つめないで!
「おお、出来た、出来たぞ!」
「おめでとうございます」
島の屋敷の庭先でスープ辺境伯がファイアーボールを浮かばせながら大喜びしていた。
「羨ましいわ。もう少しで私も出来そうなのに」
その隣では、スープ辺境伯夫人が魔力を分割しようと四苦八苦している。
「まさかリング・コマンドなるものが我々の身体に眠っているとはな……この島に来て、ホワイトに出会えて本当に良かった」
そんな大げさですよ。
などと謙遜したい幼ホワイトだが、スープ辺境伯の一人娘を死の淵から救ったとなれば、謙遜するのは逆に失礼に当たってしまう。
「よろこ……お喜びに……ええと、喜んで頂けたようで……」
「だから普通に話せと言ってるであろう。お前は我々の恩人なのだ。いっそのこと家族だとでも思って接してくれ」
「そうよ。それに本当に家族になりそうですものね」
「あ、あはは……」
それが何を意味しているのか幼ホワイトにも容易に想像できてしまい、乾いた笑いを浮かべることしか出来なかった。
この時の幼ホワイトは、平民である自分が貴族と対等に話すなど烏滸がましいという感情で一杯だったのだ。貴族の屋敷を管理する両親に、失礼が無いようにと徹底的に躾けられたがゆえである。
「リング・コマンドは世界を変える。間違いない。いずれホワイトは私などよりも上に立つ人物になるであろう。敬わなければならないのは私の方だな。ホワイト様」
「止めて下さい!」
「はっはっはっ、今のうちに貴族に慣れるのだな」
スープ辺境伯の愛娘を救った幼ホワイトは辺境伯夫妻に気に入られ、屋敷で共に過ごすことを許された。そしてリング・コマンドについて教えて欲しいとお願いされ、連日午前中に指導をしていた。
その成果がつい先ほど出て、スープ辺境伯が新たな属性魔法を使えるようになったのだった。
「さて、もっとリング・コマンドについて教えて欲しいのだが……」
まだまだ貪欲に幼ホワイトが知っていることを吸収したいと願う辺境伯だったが、残念ながら今日はもう時間だった。
「お父様、お時間です」
「おっともうそんな時間か」
辺境伯がホワイトを独占出来るのは午前中だけ。
そういう約束だった。
その約束を破ったらきっと彼の愛娘はしばらく口を聞いてくれなくなるだろう。
「ホワイト」
「う、うん」
カレイに手を引かれ、幼ホワイトは辺境伯達と一緒に食堂に移動する。
そして緊張しながら昼食を終えると、カレイが幼ホワイトを独占する時間だ。
「…………」
カレイは無言で幼ホワイトの手を引き、自分の部屋へと連れ込んだ。
そしてベッドまで移動すると、その端をポンポンと軽く叩いた。
「きょ、今日もやるの?」
「………… (コクリ)」
無言の肯定は妙に圧が強く、嫌だと断れる雰囲気ではない。
仕方なく幼ホワイトはベッドの端に腰かけた。
「っ!」
するとカレイは幼ホワイトに向き合うようにして、彼のふとももの上に座ったではないか。
「(うう、恥ずかしいよぉ……)」
まるで抱き合うような姿で、カレイの温もりがダイレクトに伝わって来てドキドキが止まらない。
流石にまだえっちぃことを考える年齢では無いが、異性を意識するには十分なお年頃。
可愛い女の子に密着されてしまえば、どうにかなってしまいそうだった。
しかもその幸せな苦難はそれだけではない。
「……こっち……見て」
「う、うん」
カレイは幼ホワイトと超至近距離で目を合わせようとし、幼ホワイトにも目を逸らすなと指示をしてくるのだ。
「…………」
「(やっぱり何度やっても恥ずかしい!)」
相手の瞳をじっと見続ける。
密着した体勢のまま、何分も、何十分も、ひたすら見つめ合う。
「……キレイ」
それはカレイが幼ホワイトの瞳を観察したいがための要望だった。
カレイは幼ホワイトの澄んだ瞳が大好きだった。
それは単に美しいからということもあるが、自分が命を救われたあの日、自分を助けようと真剣だった幼ホワイトの瞳のキラメキが脳裏から離れないから。
だから彼女は毎日のようにそれを鑑賞した。
幼ホワイトがドキドキするように、彼女もドキドキしてそれに魅了された。
「ふぅ」
しばらくして満足すると、彼女はゆっくりと幼ホワイトから名残惜しそうに体を離す。
いつもであれば、この後は一緒に外に出て島を巡り遊ぶことになる。
しかし今日はその前に幼ホワイトがあることを提案する。
「ねぇ、カレイちゃんってキラキラした物が好きなの?」
「…………うん」
カレイは基本的に口数が少ない大人しい女の子だった。
病気の時は苦しいからあまり話さないのかと幼ホワイトは思っていたけれど、どうやら元来そういう性格だったらしい。幼ホワイトと話をする時も、ゆっくりと言葉少なめだった。
「じゃあさ、もしご両親が許してくれたらだけど……」
「…………?」
ーーーーーーーー
「ほら、見てごらん」
「わぁ!」
その晩、二人は屋敷のバルコニーで空を見上げていた。
普段はもう寝ている時間帯だが、今日は特別に夜更かしする許可を取ったのだ。
その目的は、幼ホワイトが大好きな星空をカレイに見てもらうため。
キラキラが好きなカレイなら、きっと気に入ると思ったのだ。
「とっても綺麗でしょ」
「………… (こくこく)」
予想通り、カレイは天空に広がる煌びやかな星々に夢中になった。
「カレイちゃんは、星空を見るの初めて?」
「…………うん…………寝てなきゃ…………ダメ…………だったから」
「そっか……」
病気でずっと体が弱かったカレイは、夜更かしなどさせてもらえる訳が無かった。
それにそもそもカレイは寝ることが大好きで、元気になってからも沢山睡眠をとっている。今日だって本当は物凄く眠かったのを必死で起きているくらいで、星空を眺めたいだなんて考えたことすらなかった。
夜は大好きな寝る時間だったから。
しかし今はあまりのキラキラに圧倒され、眠気が吹き飛んだようだ。
「あそこの特に明るい星から、少し下の明るい星、そして右側の綺麗に八つに並んだ星からこんな感じで線を結ぶと……何かに見えない?」
「…………
「正解!じゃあさ、もっともっと左側のあの星から……」
指で星をなぞりながら、幼ホワイトは自らが思いついた星座についてカレイに説明をした。
カレイが正解すると大喜びし、分からなかった場合でもそんな見方があるのかと大喜びする。
「……ホワイトは……星が……好き?」
「大好き!」
「……どう……して?」
「お父さんとお母さんが星が好きで、何度も星空を見せてくれたんだ。そうしたらいつの間にか好きになっちゃってた」
「……そうなんだ」
ホワイトの星好きのルーツは両親だった。
星好きという共通の趣味がきっかけで仲良くなった男女がそのまま結婚し、そうして生まれたのがホワイトなのだ。
「……素敵な……ご両親だね」
「うん!」
そう喜ぶ幼ホワイトの瞳が、宵闇の中でもひときわ輝いて見えて、カレイは星空よりもそっちが気になって仕方なかった。
「カレイちゃん?」
そんな挙動不審なカレイの動きに気付いた幼ホワイトは声をかける。
するとカレイはおもむろに幼ホワイトの手を握って告げる。
「……ホワイト……好き」
「え!?」
突然の告白に、ホワイトは目を白黒させて慌てふためいている。
夜だから分からないが、顔もかなり真っ赤になっている。
だがそれはカレイも同じだった。
勇気を出して想いを告げたのだ。
「……ホワイトの綺麗な目が好き……ホワイトの優しいところが好き……ホワイトの賢いところが好き……ホワイトの星空が好きなところが好き……好き……全部好き」
「え、あ、う、そ、その……」
まっすぐな想いをぶつけられ、幼ホワイトの脳内はパニックを起こしていた。
カレイの気持ちはなんとなく察していたが、まさかこんなにもはっきりと告白されるとは思ってもみなかったのだ。
「(どうしようカレイちゃんに告白されちゃった可愛い子から告白されるなんてすごい嬉しいでも僕とカレイちゃんは平民と貴族で身分差があるしでもここで断ったら問題だしそもそも僕はカレイちゃんのことを好きなのかよくわからないし可愛いし抱き着かれるとドキドキするしあれやっぱりこれって好きってことなのかなそういえば辺境伯も家族がどうとかって言ってたしあれってカレイちゃんと僕が結婚するって意味だよねってことはべつにここで受け入れても問題ないってことなのかなううんでも僕の勘違いって可能性もあるし)」
色々と考えてしまってオーバーヒートしてしまいそうだ。
そんな慌てふためく幼ホワイトの様子を、カレイは優しい微笑みを浮かべて見守っていた。
「……ホワイト」
「な、ななな、なに!?」
焦って裏返って返事をしてしまうが、カレイはそれを笑うような人では無かった。
「……もし……大きくなって……お互いに好きだったら……」
「う、うん……」
「結婚しよ」
「…………うん」
それはまだ彼らが別れの約束を結ぶ前に契った別の約束。
幼い子供達が交わすよくある約束。
出会ってから数日しか経っておらず、それが衝動的なものであることに間違いないだろう。
しかし今の幼ホワイトとカレイにとっては、世界中の何よりも大事な物であった。
「ちゅっ」
「!?」
煌めく星空の元、幼い男女は将来を約束し、誓い合う。
それが現実になることを夢見て。
だが実は、カレイだけは幼ホワイトとは全く別の未来の可能性を考えていた。
「……私……負けないから」
「え?」
「……それに……最悪……一緒でも良い」
「え?え?」
「……だから……皆も……治してあげて」
「待って何のこと!?」
カレイの病気が完治したと知った他の辺境伯が、同じ病気を抱えている娘を連れてこの島にやってこようとしている。
もし幼ホワイトが彼女達の病気を治したら、自分と同じ想いを抱くかもしれない。
自分だけがホワイトを独占出来ないのは嫌だけれど、ホワイトは将来とんでもなく立派な人間になり、多くの嫁を娶る可能性が高いとすでに察していた。だったら見ず知らずの誰かではなく、幼馴染でもある他の辺境伯の娘ならまだマシだと考えていた。
彼女の思い通りに事が運ぶことになるのを、当時の幼ホワイトが気付くはずも無かった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます