18. 【ロークスユルム】最悪のシステムじゃないか
「私が洞窟村の村長のキノコです」
正体を明かして助けを求められたホワイトは、村人に連れられて一際大きな洞窟の奥に建てられた一軒家に連れてかれた。
そこで待っていたのは洞窟村の村長キノコ。
やや白髪が混じった、老齢に入りかけといった感じの痩せた男だ。
「(元気無いなぁ)」
洞窟に住んでいるからか、彼らの境遇によるものなのか、この村に住む人々は総じて元気が無い。
食べる物はしっかりと食べているようで栄養が足りてないというわけではなさそうだが、雰囲気がジメジメしている人ばかりなのだ。
村長もまた、彼らを代表するかのようにジメっとしてる覇気が感じられない人物だった。
「この度はこんな僻地までお越し頂き、十分なもてなしも出来ず申し訳ございません」
「いえいえお気になさらずに。それに特殊な場所だとは思いますが家は立派じゃないですか」
「はは……そうですかね」
お世辞というわけではない。
実際、村長宅の家構えは世界各国の村の中でも上位に入るくらい広く豪勢な作りになっている。
他の家もまるで街の建物では無いかと思えるくらいにしっかりした作りだった。
「このくらいしかやることが無いだけですよ」
「(漁業や農作業以外ヒマだから家を立派にしているってこと?生活にゆとりがあるのかな)」
どうやらここに押し込まれて強制労働させられて厳しい税の取り立てで苦しんでいる、だなんて最悪の状況では無さそうだ。
だがそれならそれでやはり不思議である。
「(何故かこんな僻地に住んでいるけれど普通に生活できていて、でも活力が無く助けを求められた。一体何がどうなってるんだ?)」
せめて彼らが迫害されているかのような様子があれば納得出来るのだが、今のところそのような様子も見られない。そもそも彼らを監視するような人すら見当たらない。
考えても分からないだろうなと思ったホワイトは素直に聞いてみることにした。
「失礼かもしれませんが、皆さんはどうしてこちらにお住みになっているのですか?」
「…………」
その質問に、村長は目をそっと閉じて何かを考える。
しばらくして考えがまとまったのか、村長はゆっくりと語り出した。
「私達はここに住みたくてやってきたのですよ」
「え?」
なんと彼らは誰かに強制されたわけでは無く、自分から洞窟に住みついたと言うでは無いか。
彼らのネガティブな雰囲気から、少なからず何らかの強制力があったのだと思っていたので予想外だった。
「ふふ、不思議ですか?」
「まぁ、はい」
「素直に仰って下さって構いませんよ。こんな人里離れた所に隠れ住むようなことをするなんて何かあるのではないか、とね」
「教えていただけるのですか?」
「はい」
ホワイトはどうやって聞けば失礼では無いかと色々と考えていたのだが、そんな気遣いは不要だと村長は言う。ここはお言葉に甘えてそのまま聞くことにした。
「私達はこの国に
「合わない、ですか?」
「ええ。ホワイト殿は、この国の人々のことをどう思いますか。率直に仰ってください」
「……異常なまでの戦争好き、ですかね」
誰も彼もが戦争を肯定し、武勲を立てることを夢見ている。
しかも相手を打ち倒したり何かを奪うことはどうでも良く、戦うことそのものを愛している。
明らかに異常であり、この国に来てからのホワイトはどうにも気分が悪かった。
「はははは、ホワイト殿も我々と似たような顔になっていますよ」
「え?」
「私達も同じです。彼らと距離を取りたくて逃げるようにここに来たのです」
「(なるほど、ここはこの国の環境に馴染めなかった者達がやってくる場所だったのか。やはりこの国の思想に染まらない人々は存在したんだ)」
同じような教育を受けたからと言って、誰もが同じ感性を抱くよう育つとは限らない。
外の世界ではまともで、この国では異端とされる考えの人々は存在していた。そんな彼らが戦争第一の人々と生活を共にするのは精神的に苦痛だったのだろう。
「単純な疑問ですが、この国を変えたいと思うことはありますか?」
「あります」
村長はそうはっきりと断言した。
この国は今のままではダメだ。それは分かっていた。
「ですが方法がございません」
しかし分かっていてなお、自分達の力ではどうすることも出来ず無力感に苛まれている。
彼らからどんよりとした空気が漂う理由の一つが、この無力感だったのだ。
「方法ですか……」
「はい、私達が武力蜂起して王族を倒したところで意味が無いことはホワイト殿でしたらご存じでしょう」
「はい。また新たな王族が生まれるだけですよね」
戦争大好き国家に周辺国が迷惑している。
しかしその国家は国境付近を監視しておらず入りたい放題。
だとすると困った周辺国はどうするか。
ある日、ある国の暗殺者がロークスユルム王国に入り、国王を永遠の眠りに誘った。
するとその翌日、なんとロークスユルム王国は周辺国に対していきなり戦争を仕掛けてきたのだ。
理由は復讐、ではなく次の国王を決めるため。
戦争で最も活躍した人が次の国王になる。
誰も彼もが自分が王になるのだと意気込み、それだけの理由で周辺国に戦争を仕掛けたのだ。
それ以来、ロークスユルム王国には手出し厳禁というのが暗黙の了解になったのだった。
この洞窟に住む彼らが蜂起して王を倒したとして、次の王が生まれるだけだ。
しかも彼らは格好の戦相手として国中から狙われてしまう。
ゆえに武力蜂起など出来ない。
「武力に頼らない方法も思いつかず、国外に頼ったところで良い結果を生むとは思えません」
「仮に他国がロークスユルム王国を占領したとして、国民は徹底抗戦するでしょうね」
「それこそ国民全員が死ぬまで戦い続けるでしょう」
その国民性を知っているから他国は占領するという手段をとれないのだ。
支配した人々全員が危険な反乱分子として占領した相手を倒そうと狙ってくる。
かといって粛清しまくったら他国を占領した上に虐殺をした非道な国との汚名を着せられてしまう。
それゆえ他国は攻め滅ぼして国を作り直すという手段も獲れなかった。
例え村長達が他国に助けを求めても、どうしようもないと言われるだけだろう。
「(だからあの少女は最初私に助けを求めなかったのかな)」
どうにもならないことが分かっているから、助けを求めた所で相手を困らせてしまうだけだ。
だがホワイトならば、リング・コマンドという新理論を発見し、数多の魔法を使いこなすと言われているホワイトならば、この国を救ってくれる案を思いつくのではないか。
その微かな願いに縋って彼女はホワイトに助けを求めたのだ。
「それに彼らは愚かですが、それでも死んでほしくないのですよ」
「え?」
「私達は幼い頃から王都に集められて訓練漬けの毎日でした。それはそれは嫌でしたが、それでも仲間意識というものは生まれてしまうものでして……」
「戦争好きの友達がいる、ということですね」
「はい」
「(これは思っていた以上に厄介だぞ)」
価値観が違うからといって心を通わせられないとは限らない。
ましてや子供の頃から切磋琢磨して共に過ごしていたのなら、死んでほしくない相手の一人や二人は生まれるものだろう。
「(王都に国中の子供が集められて戦争大好きに教育されてしまう。その過程で仲間意識が生まれ、戦争好きに染まらなかった人も彼らを死なせたくないと思い手荒なことは出来なくなる。やがて子供達は大人になり、子供を産み、子供に戦争で活躍してもらいたいと願って王都に送り出す。数少ない戦争嫌いの人達は子供の存在を隠すかもしれないが、そんなのは微々たる数で大勢には影響を与えない。この教育ループで国民の大半が戦争好きに育ってしまった。国民を殺さず戦争を止めるには国民全員の価値観を変えるしかないのだが、そんなこと一体どうやれば……)」
ロークスユルム王国の現状と改善方法について必死で頭を巡らせるホワイトだが、答えはすぐには出て来ない。
諸悪の根源となる存在を倒せば良いとか、国を力づくで従えさせれば良いという話では無いのだ。
国民全体の価値観の問題であり、そしてこの国の大半の人々が戦争大好きという思想を心から素晴らしいものと考えているのならば、それを否定するのは価値観の押し付けに繋がってしまい反抗されるだけだろう。
「(反対派がいるなら彼らを担げば良いかと思ったけれど、そんな単純な話では無かったか)」
この国の思想にそぐわない人々が弾圧されているのならば、この国そのものを悪として断じれば良いだけだった。しかし彼らは自発的に隠れ住むだけであり、戦争好きの国民にも仲間意識を抱いている。
戦争は嫌だ、大切な人々が死なないで欲しい、と願いネガティブな気持ちで生きてはいるが、ほんのわずかな人々の思想程度で国全体の思想を否定するのは傲慢がすぎる。
「(でも四の五の言ってられない状況なんだよなぁ)」
この手の問題は徐々に時間をかけて価値観と共存についてすり合わせて行くものなのだが、何しろ時間が足りない。ロークスユルム王国がサンベールに戦争を仕掛けたら、世界大戦が勃発するかもしれないのだ。悠長なことは言ってられない。
「(強引だし傲慢な方法だけれど、最悪のループを解除する方法はある。子供達を攫って別の教育をすれば良い)」
子供達が戦争大好きに育たなければ、この国は徐々に変わってゆくだろう。
だがもちろんそんな変化を待っている時間は無い。
「私達のことでそんなに悩んで下さり、ありがとうございます」
「え?」
「どうかお気になさらずに、私達はもう諦めてますから」
「そんなことは言わないでくださいよ」
その諦めこそが彼らのネガティブな雰囲気の一番の要因だったのだろう。
彼らもまた考えて考えて考えて考えて、どうしようもないという答えに辿り着いたのだ。
「安心してください。私がなんとかしますから」
「本気ですか?」
「はい」
だがそれは彼らがあくまでも一般人であり、一般的な物差しで出来ることを考えていたからだった。
規格外の存在など考慮に入れてはいない。
彼らに出来ないことでもホワイトならば出来るのだ。
「こんな策を思いついたのですが……」
「正気ですか!?!?」
ホワイトが思いついたその方法は、まさにホワイトにしか出来ないとんでもない手段だった。
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