11.いきなり陛下とサシって絶対おかしいよね?

「いやぁ、まさかホワイト殿が我が国に来て下さるだなんて、未だに信じられぬ」

「そこまで喜んで頂けると私も嬉しいです」

「おっと、もっと楽にしたまえ。我々の方が貴方にお願いする立場なのだからな」

「いやぁ。流石に陛下・・を相手にそれは出来ませんよ。それに私は元からこのような感じなのでお気になさらずに」

「お心遣い感謝する。人としても優れているとか、完璧超人か!」

「あ、あはは……」


 ホワイトは今、サンベール王城の一室にて、国王と一対一サシで話をしていた。

 どうしてこんなことになっているのか、始まりは数時間前に遡る。


ーーーーーーーー


「ホワイト殿、王城から召喚要請が来ておるぞい」

「ついに来ましたか」


 自室にて次の授業の内容を考えていたら学園長がやってきて、国から呼び出されていると伝えられたのだ。


「驚いていないのじゃな」

「自分がどう思われているか理解していますから。むしろもっと早くにアプローチしてくると思ってましたよ」


 リング・コマンドや魔力過剰症の治療などで世界的に有名になったホワイトが自国にいると知り、話を聞きたい利用したいと思わない権力者などいないだろう。


「それで謁見はいつですか?」

「好きな時に来てくれとのことじゃ」

「え?」


 王様に会うのにノンアポだなんて普通ならばあり得ない。

 しかも相手は王様でホワイトは一応平民だ。

 形上でも王様が『上』であるように対応するのがこの世界では当然のことだった。


 それなのにホワイトの予定に王様の方が合わせるだなんて異常なこと。

 考えられる理由は一つしかない。


「もしかして私って、そこまで重要人物だと思われてます?」

「のようじゃのう」


 王様がへりくだって対応してしまうほどに、ホワイトが敬われている、あるいは無くてはならない人物だと思われているということだ。


「気が進まないのなら断っても良いのじゃぞ」

「良いんですね」

「当然じゃ。あんな若造の言うことなんぞ聞く必要無いわい」


 サンベール王国は、国王が代替わりしたばかりだ。

 新国王は三十台と若く、歳が倍以上は離れていて百戦錬磨の学園長からすれば子供のようなものだった。


「いえ、行きます。むしろ私から行くべきか迷っていたので呼んでいただけて助かりました」

「そうかそうか。ではいつ行くのじゃ?」

「今から行きます」

「そ、そうか。性急じゃのう」

「こういうのは早い方が良いので」


 そうしてすぐに王城にやってきたホワイトは、謁見の間で国王に堅苦しい挨拶をし、その後に流れで小部屋に連れて来られた。


 国王が護衛も無しにホワイトと同じ部屋にいるなど信じれらないことだが、信頼の証だとはっきりと断言してホワイトを驚かせたのだった。


ーーーーーーーー


「(しかし、噂に聞いていたよりも遥かに若く見えるな)」


 精気に溢れ筋骨隆々な国王陛下は、見るからに健康そうで二十歳と言われても信じられる程の若さを感じられた。


「(でも角刈りなのは国王としてどうなのだろうか)」


 一歩間違えれば路地裏にたむろする素性の悪い兄ちゃんに間違われそうな見た目であった。


「そうそう。ホワイト殿に先程の謁見について一つ聞きたいことがある」

「何か粗相でも致してしまいましたでしょうか?」

「いやいや、そうではない。完璧だったぞ。というより、完璧すぎた」


 謁見の間では今のようなフランクな感じでは無く、貴族王族のしきたりに従って厳かな雰囲気で行われた。その場には国王以外の権力者が多く出席しており、ホワイトは彼らに一挙手一投足を見られながらも、平民とは思えぬ完璧な礼儀作法で対応し、彼らを唸らせたのであった。


 しかもその礼儀作法は単なる作法では無かった。


「何故そなたは我が国の最敬礼の作法を知っているのだ。今ではもう多くの貴族が忘れて久しいというのに」


 貴族が貴族としての役目を果たせなくなり、形骸化しつつある。

 それこそがサンベール王国が貴族制を廃止しようと考えている理由の一つであった。


 昔であれば誰でも知っていたサンベール貴族式の最敬礼のポーズ。

 しかしいつしか普通の敬礼で十分であるという風潮が生まれ、使われなくなったことでその存在が徐々に忘れ去られようとしていた。

 しかしその最敬礼ポーズを他国出身の平民のホワイトがやってのけたのだ。サンベール国王が驚くのも自然なことだろう


「教えて貰いましたから」

「教えて……ああ、彼女・・か」

「はい。大変お世話になりました」


 どうやらサンベール国王には、ホワイトの礼儀作法の師について心当たりがあるようだ。


「確かに礼儀作法にうるさい彼女なら知っていても不思議では無いが、何故クラウトレウス王国の礼儀では無く我が国の礼儀作法まで学んだのだ? 最初から我が国に来るつもりだったのか?」


 ホワイトがクラウトレウス王国にいることをサンベール国王は知っていた。

 そしてしばらくはクラウトレウス王国で活動するであろうことは、四大辺境伯の言動の節々から読み取れていた。それなのに何故、ホワイトはクラウトレウス王国の遥か西の関わる可能性が低そうなサンベール王国の礼儀作法を学んだのだろうか。


「全ての国の礼儀作法を覚えさせられたので……」

「す、すべて?」

「はい、全てです」


 この大陸には十を遥かに越える国が存在し、それぞれの国で礼儀作法が異なる。

 普通の平民であれば、自国から出ずに、しかも貴族とも会わずに一生を終えるのが一般的だ。

 仮に各国を渡り歩く商人であったとしても、全ての国の礼儀などは覚えず、大陸共通で通じる最低限の礼儀だけを覚えるものだ。


 全ての国の礼儀作法を覚えるなど、やりすぎではないか。

 そう反射的に思ってしまったサンベール国王だが、すぐに考えを改めた。


「(彼は特定の国に収まるような男では無い。現段階でも各国がすぐにでも接触したいと手を伸ばしている。そう考えると覚えておいて損は無いか)」


 ホワイトは世界中から信頼を得られなければならない。

 そのためには世界各国の偉い人達に会う機会が何度もあるだろう。その時に正しい礼儀作法が出来るというのはとても好印象であり、大きな武器となるだろう。


「とても良い師に巡り合えたようだな」

「はい。とても厳しかったですが」

「そ、そうか……」


 ホワイトの様子が突然、燃え尽きた灰のようになってしまった。

 思い出すのも辛い程の訓練だったのだろうと察したサンベール国王は何もかける言葉が見つからなかった。




「さて、そろそろ本題に入りましょうか」


 ホワイトがホワイトから復帰し、もうしばらく会話を楽しんだ後、ホワイトから本題に入るように切り出した。


「本題とは何のことだ?」

「雑談をするためだけに私を呼び出したわけでは無いですよね?」

「話をしたかっただけだぞ」


 などとサンベール国王は知らぬ存ぜぬで押し通そうとするがそうはいかない。


「私の機嫌取りとか、もう少し信頼して貰ってからとか、そういうことを考えているのでしたらお止めください。お互いに時間は有限でしょう」

「…………ふむ。どこまで知っているのか?」

「概ねは。貴族制度を終わらせるとなると、色々と・・・大変でしょう」


 例えば貴族として甘い汁を吸い続けて来た者達や、ホワイトも被害に遭った貴族至上主義の連中による反抗など。そもそもが腐っているから終わらせようという考えがある以上、腐っている者達の反抗はとてつもないもののはずだ。


「なるほどなるほど。ホワイト殿でも全てを知っているわけでは無い、ということだな」

「どういうことでしょうか?」


 だがホワイトの探りは失敗に終わったようだ。

 ホワイトがサンベール王国について勉強した時よりも事態は進んでいた。


「その手の病巣は父が全部終わらせてくれたよ。私は敷かれたレールに従ってちょっとした後始末をするだけさ」

「これは失礼しました」


 国内の抵抗勢力との戦いは既に終了し、後は貴族制度廃止に向けた細かい手続きや法律の見直しをしている状態であった。大変ではあるが、問題は無い。


「だとすると、周辺国ですか」

「…………相当勉強なさったようだな」

「はい。師が厳しくて」


 どうやら今度こそ、ホワイトの考えは的中したようだ。


「ホワイト殿は大陸西部の状況についてどこまで知っているのか?」

「お恥ずかしながら最新状況までは。一年ほど前までの状況でしたらほぼ理解しているのですが」

「ふむ、なら簡単にだが説明をしておこう」

「よろしくお願いします」


 この世界は大きな大陸が一つだけ存在する。

 その最も東には、最強国家と呼ばれる広大なクラウトレウス王国がある。

 そして西部はサンベール王国を中心として、その周辺を複数の国家が囲んでいるという形になっている。


「端的に言うと、複数の国が我が国に攻め入ってこようとしている」


 世界情勢はかなり不安定で、いつ戦争が起きてもおかしくないような状況だった。


「失礼ながら、すでに戦争が起こっているものと思っておりました」

「うむ。そうならなかったのはホワイト殿のおかげだ」

「え、私?」


 島にずっと籠っていただけのホワイトが何故、戦争回避の原因となっているのか。

 全く心当たりが無かった。


「リング・コマンドだ。あれのおかげで多くの人が複数の属性魔法を使えるようになった。その結果、飢饉や災害で苦しんでいた国々は他国を侵略せずとも自らの力でそれらに対処出来るかもしれず、欲に任せて攻めてこようとした国々も戦力増強に時間を費やすようになった」


 どうやら攻めてくる理由は、国によって様々らしい。

 そしてその全ての理由が、リング・コマンドの登場によって『保留』へと変わってしまったのだった。


「でも災害はともかく飢饉は……」

「うむ。魔法で土を耕そうとも、食糧事情はほとんど改善されず、結局我が国の領土を奪う方針になってしまったらしい」


 そもそも土地を豊かにするには魔法を沢山使って、魔物を撃破しまくって、魔力の病気を完全に治療しなければならない。魔法を沢山使うようになったことで、土地が豊かにならず魔物だけが強化されるだなんて最悪の状況になっている可能性もある。


「結局、後回しになっただけで攻められることになりそう、ということだ」

「ええと、何かすいません」


 リング・コマンドが広まってしまったことで状況がややこしくなってしまったように感じたので、なんとなく申し訳ない気持ちになってしまった。


「いやいや、ホワイト殿は何も悪くない。むしろ我が国にとっては時間が稼げたのが助かった」

「と言いますと?」

「その間に国内の不穏分子を一層出来たからな。貴族制度の廃止による内乱を危惧することなく、存分に国外に集中できるようになった」

「そう言って頂けると助かります」


 実際、リング・コマンドでの『待った』が無しに戦争が開始されてしまったのならば、サンベール王国は同時に内乱が発生し、大きな被害を被り、いくつかの領土は奪い取られてしまっていたであろう。ホワイトは間接的にではあるがサンベール王国を救っていたのだった。


「それで、結局戦争が起こりそうになっている、と。だから私が周辺国に出向いて説得・・すれば良いのですか?」

「そこまで頼るわけには」

「そこは頼ってください。国王なんですから」

「…………恩に着る」


 国王であれば国のためを思って何が何でもホワイトに動いてもらうよう働きかけるべきだろう。だがこの国王はホワイトの力に頼ることを心底申し訳なさそうにしている。人としては好感が持てるが、国王としては微妙だ。だが貴族制度が終わり、国王もまた平民の中での偉い人的な扱いになるサンベールでは、庶民寄りのこの感覚の方が大事なのかもしれないともホワイトは思った。


「だが、何故そこまでしてくれるのだ。我が国はホワイト殿にまだ何も与えられておらぬぞ」

「世界平和が彼女達を迎える条件なので……」

「は?」


 褒められた理由では無いからと、ホワイトはバツが悪そうに答えた。

 その答えを聞いた直後こそ呆けたサンベール国王だが、やがて盛大に声をあげて笑い出したのだった。


「はっはっはっは! そうか女か! そりゃあ頑張らねばならんな!」

「あはは……」

「気に入った! 国とか関係なく、私はホワイト殿を支援しよう」

「ええ!?」

「惚れた女をモノにするために世界を救う。最高じゃないか。その話に一口噛ませてくれよ」


 どうやらホワイトはサンベール国王に心から気に入られてしまったらしい。


「よし、宴だ! 歓迎の宴で……」


 そして気分が良くなったサンベール国王はホワイトとより友誼を結ぼうとするのだが。




「陛下! 緊急事態です!」




 とんだ邪魔者が入って来てしまったのであった。

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