第12話 俺の秘密

「…俺の正体、それは魔王だ。」


 深い息をついた後、俺はマリーにそうとだけ告げる。マリーも秘密を教えたのだ、こちらも教えなくては信義にもとるというもの。もちろんこれは、悩みに悩みぬいた末の選択だ。


「なるほど。そうだったのですね」


 しかし、マリーの反応は俺の予想に反し驚くほど単調なものであった。


「…それだけか?」

「?」


 あまりにも味気のないリアクションに、俺は思わずツッコミを入れる。普通ここは、『ええ!?』とか驚くものなんじゃないのか。


「マリーは、あまり驚かないのだな」

「そうですね。実は、あなたが魔王であるという事は薄々感じていましたから」

「…それは本当か?」

「はい。本当です」


 ここにきて、衝撃の事実が発覚する。

 

 嘘だろ!?俺は嘘を見抜かれた上に、正体までばれていたのか!?


「い、いつ頃から気付いていた?」


 俺は少し言葉を詰まらせながら、泣く泣くマリーに尋ねる。


「…きっかけは、今朝ギルドで会ったときです」


 するとマリーは、まるで物語を読み聞かせるかのようにして事の経緯を語りだした。


「その時点で違和感はありました。いつもと口調が全然違いましたから。ですが、別にそれだけで決めつけていたわけではありません。ただ、いつもと雰囲気が違うなって思ってただけです。」


「―――ですが、他にも違和感がありました。ゴブリンと戦った時も、攻撃を喰らってしまったエリンを叱責するどころか、庇うだなんて普段の勇者様なら考えられません。それに極めつけは、ゴーレムと戦ったときです。あの時あなたが使っていた剣、あれを見た時に確信に変わりました。あれは、聖剣ではなくですよね?」


「なるほどな…」


 納得のいく説明だった。小さな違和感が積もりに積もって、マリーの中で疑惑を生んでしまったのだろう。そして、魔剣を使ったことがその決定打になったという訳か。


「エリンさんとディエナさんは気絶していて見ていなかったようですが、あれほどに不吉なオーラを纏う剣など、魔剣以外に考えられません」

「…ああ、そうだ。あれは魔剣、魔剣『黒き絶望レーヴァテイン』だ」


 ここまで喋った以上、もはや隠すことなどなにもない。俺は異空間から魔剣を引き抜くと、それをマリーの前に持っていく。


「マリーには、もう一度見せておこう」


 もちろん、魔剣は人間が扱えるような代物ではないのでマリーに手渡すわけにはいかない。もし人間が持ってしまったら、その人が廃人になりかねないからな。


「…あなたも分かってたのではありませんか?魔剣を使ったら正体がばれると」


 マリーが俺の持つ魔剣を眺めているところ、彼女の至極当然の疑問に俺は図星を突かれた気分になる。


 実際、それは俺も懸念していたことだ。だからこそ俺は、極力魔剣を使うのは控えようと心掛けていた。ただまあ、エレメントゴーレムのようなS級モンスター相手に素手一つで勝てるとは思わない。


「まあな。ただ、あの時はああするしかなかった」


 過ぎたことを気にしてもしょうがない。俺は諦め気味にそう笑いながら、再び魔剣を異空間へと収納した。


「…なにはともあれ、これで俺たちは互いに秘密を共有したわけだ」


 そして、ここからが話の山場だ。


 俺としては、マリーに俺の正体については黙っていてもらいたい。もし俺が魔王であることが広まったら、その時点で人間として活動は終了だ。また魔王として激務に追われる日々を過ごさなくてはならなくなる。それだけは勘弁だ。


 しかし一方、マリーがただで黙っていてくれるとも思わない。


 なにせ、マリーは聖女。魔王である俺と対極に位置する存在である。そんな立場にある彼女が、果たして俺の秘密を守ってくれるのだろうか。


「マリー。どうか、俺の正体が魔王であるということは黙っていてもらえないだろうか」


 俺はダメ元で、マリーにそうお願いをする。


「もちろんただでとは言わない、どんな条件でも飲むつもりだ」


 命を差し出せとか言われたらそれは流石に断るが、そんな無理難題でも押し付けられない限り俺は譲歩するつもりだ。


「なるほど、それでしたら大丈夫ですよ。私は、あなたの正体をばらすつもりはありません」



……は?



 思わず、そんな間抜けな声を漏らしてしまう。常識的に考えて、聖女であるマリーが魔王を見逃すなどありえない。だからこそ俺は、どんな条件でも受け入れる覚悟をしていた。しかし、マリーは俺の正体をばらさないと言う。


「…本当か?」

「ただ、私の秘密もばらさないという条件付きですが」


 マリーは付け足す様にして一つの条件を提示するが、それは俺にとって破格の内容であった。マリーの秘密を守るだけで俺の正体がばれずに済むのであれば、それを飲まない手などありはしない。


「ああ、それはもちろんだ」

「でしたら、この話はもうおしまいですね」


 俺が条件を承諾することを伝えると、マリーは一件落着といった様子で話を纏めようとする。しかし、この話の終わり方に俺は少し違和感を覚える。


「待て。マリーは本当にそれでいいのか?俺が言うのもなんだが、正直条件の釣り合いが取れてないと思うのだが」


 魔族が人間を嫌っているように、人間もまた魔族を嫌っているはずだ。そんな魔族の親玉がいるのだから、捕まえたり殺したりしようとするのが普通なのではないのだろうか。


 こうもあっさりと見逃されると、逆に不安になる。


「もちろん私にも、あなたを見逃す理由があります」

「…聞こう」


 この時、場の空気感が明らかに変わった。その原因は、目の前にいるマリー。


「それは、民の平和こそが私の願いだからです」


 マリーは目を虚ろにしながら、嬉しそうにそう語る。無邪気にはしゃぐその様子は、まるで幼い子供のよう。


「はっきり言ってしまえば、以前の勇者は害悪です。民を救おうとすることはおろか、守るべきはずの民を虐げることに躍起していましたから」


 『害悪』というワードに加え、『勇者』を呼び捨てにするなど似つかわしくない言動を繰り返すマリー。口調こそ丁寧そのものだが、まるで先ほどまでの恐ろしいマリーが戻ってきたようだ。


「ですが、あなたには以前の勇者に無かった正義感があります。私たちが窮地に陥ったときも、あなたはその力を振るって下さいました」

「―――ですから、私はあなたを見逃します。あなたが、その力を平和の為に振るう限りは」


 この時、俺は理解した。マリーは平和の狂信者なのだと。彼女は平和を願いすぎるがあまり、それを実現するための手段をいとわなくなってきている。たとえそれが、魔王を利用することであってもだ。


 何が彼女をそうさせているのかは不明だが、はっきり言ってマリーの平和を思う気持ちは常軌を逸している。実際、国民や平和に関する話題が挙がるたびにマリーの言動がおかしくなっている。


「ふふ、そうです。私は争いのない平和な世界を実現したいのです。もちろん、あなたも協力してくださりますよね?なにせあなたは、平和の実現に欠かせないものをお持ちなのですから。真の平和の実現に必要なもの、それは比類なき圧倒的な力です。

知っていますか?人は死の恐怖を感じると、自然と笑顔になるそうですよ。恐怖という感情から逃れるための、防衛本能由来の笑顔だそうですが…まあそんなことはどうでもいいんです。想像してみて下さい、もし圧倒的な力で死を振りまくことができたら…と。きっと皆さん、笑顔になってくれるはずです♪あ、もちろん誤解しないでくださいね?私だって力で平和を実現するなんて野蛮なことをするのは本望ではありません。ですが、これは仕方のないことなのです。この世界で平和を実現するにはそれがもっとも近道なのですから。ええ、そうです…」


 そうしてる間にも、マリーは恍惚とした表情で平和について永遠と語り始める。


(もしかしてマリーって二重人格だったりするのか…?)


 兎にも角にも、早くマリーをこの話題から引きはがさなくては。


「なるほど、分かった!だからその辺で…」


 元のマリーに戻ってもらうため、俺はわざとらしい大声で話題を打ち切る。するとマリーは、はっとした様子で話をストップさせた。


「そうですね、一つ目の理由はここまでにしておきましょう」


 マリーは恥じらいからか、こほんと咳ばらいをする。


 (よかった…)


 いつもの様子に戻ったマリーを見て、俺は心の底から安堵する。


 やはり、『平和』という単語がトリガーとなっているようだ。今度からマリーの前で『平和』というワードは出さないようにしよう。俺は心の中でそう固く誓った。


「そうだな、話はここまでにしておこう」


 頃合いを見計らって俺は、座っていたベンチを立ち上がる。


「あ。えと、もう帰られてしまうのですか?」

「ああ、もう時間も時間だしな」


 この時点ですでに、酒場を出てから結構な時間が経過していた。現在俺たちを照らすのは、月明かりただ一つである。


「それよりも、マリーはこの後どうするんだ?宿に戻るなら途中まで送ってやるが」

「いえ、私はもう少し夜風に当たっていこうと思います」

「…そうか。だが、できるだけ早めに帰れよ。女一人の夜道ほど危険なものはないからな」

 

 暗闇になる前に帰るよう釘を刺してから、俺は元来た道を戻る。道中、マリーの心の闇について考えながら。



§  §  §



「二つ目の理由、伝えそびれてしまいました…」


 アライの姿が完全に消え、一人取り残されたマリー。そんな彼女は、先ほどまでのやりとりについて思いを巡らせていた。


 私が彼を見逃したもう一つの理由、それは個人的に彼に興味が湧いたというのがある。


 今日が、初めての経験でした。まさか私を一人の女として扱う人がいるなんて。いえ、正確には人ではなく魔王ですが。


(それに…)


 私は、分かれ際に彼が発した言葉に思いをはせる。


『できるだけ早めに帰れよ。女一人の夜道ほど危険なものはないからな』


 乱暴だが、優しさや気遣いが垣間見える一言。そして何より、私を一人の女として見ているという事実に少し胸がキュンとなる。


 彼にお菓子を差し上げたときも感じましたが、彼は私を聖女として扱おうとする気が一切感じられません。初めてです、あんな扱いを受けたのは。


 しかし、今の私は聖女の身。色恋沙汰にかまけている暇などありません。世界を“救済”し、平和を実現することこそが私に与えられた使命なのですから。




 ―――ですが、平和を実現した後であれば…




 マリーがそう思いをはせている内にも、はあっという間に過ぎ去っていった。




―――――

あとがき


なぜか無性に現代ラブコメを書きたくなったので、そちらも鋭意執筆中です!そちらでも愛の重いヒロインが登場する予定なので、乞うご期待を!

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転生魔王の青春願望~俺は普通の恋愛がしたいだけなのに、ヤンデレ秘書が全力で阻止してきます~ 柏ゆず @kashiwaYuzu

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