第9話 既視感

 俺は、いまだかつてない感情に襲われていた。


 その実、俺は魔王だった頃にS級モンスターなど何度も倒したことがある。なのに、なぜ俺はこれほどの達成感を感じているんだ。


 まさかこの俺が、今更S級モンスターを一匹倒したところで喜ぶはずもない。しかし、それとは裏腹に今の俺の身体は、どこからともなく湧き出る謎の高揚感で満たされていた。


 なぜだろうか。やはり、仲間と一緒に倒したという事が重要なのだろうか。


「勇者様」


 俺が勝利の余韻に浸っていると、後ろからマリーが声をかけてきた。


「勇者様、先ほどはありがとうございました。あの時、先陣を切ってくださらなかったら私たちは…」

「あの時?」

「はい、私たちが動けなくなってしまったときです」

「ああ、あの時か」


 俺はマリーに言われて思い出す。確かあのゴーレムが現れた時、三人とも戦意喪失してたんだよな。


「はい。あの時は動けず申し訳ありませんでした。ですが、勇者様の勇姿を見て思ったんです。私たちも戦わなくては、と」

「ああ、そんなことか。あの時は俺もマリーに助けられたからな。変に恩を感じる必要もない」


 マリーの回復が無ければ、俺は死んでいたかもしれない。それに、俺が回復しきるまでの時間をディエナとエリンが稼いでくれたしな。そう考えると、俺がやったことなど大したことないかもしれない。


「いえ。あの時、勇者様が先陣を切ってくださったからこそ、私は動けました。そしてそれは、ディエナもエリンも一緒だと思います」


「…そうか」


 俺は、感謝の言葉を素直に受け取ることにした。


 …ところで、話題に出ていたディエナとエリンはどこ行ったんだ。ゴーレムを倒した後から姿が見えないが。


 俺が横を振り返ると、そこにはディエナの脚にしがみつくエリンの姿が。


「うわぁぁぁぁぁぁぁ~」

「ちょっ、離れなさいよ!」


 どうやら二人とも、マリーの治療によって目を覚ましたようだ。エリンはだらしない叫び声を上げながらも、エリンの脚をがっちりホールドしている。


「し、死んじゃうかと思いました!」


 エリンは気持ちの昂りが押さえられないようで、口調がおかしくなっている。だが、その口調は明るく、喜びを抑えきれていない。


 そして、それはディエナも一緒だった。エリンを追い払おうと脚を動かしているが、その様子は少し楽しそうだ。


 四人の間に流れる、和気藹々とした雰囲気。


―――だが、そんな空気に水を差す不届き者が一人。


「おい、どこに行くんだ?」

「ぎくぅ!」


 俺は、そろりそろりとここから逃げ出そうとしていた存在を指摘する。


「ばれたか…」


 顔を歪め弱った様子のそいつは、先ほどゴーレムを召喚した術士だった。部屋に入った際、天井から聞こえてきた声とも合致するので間違いない。


 それにしても、なんかこいつ、どこかで見たことある気がするんだが…。


 俺とこいつは初対面のはずなのだが。


「あなたは一体?」


マリーがそう聞くと、急に元気を取り戻す術士。


「よくぞ聞いてくれた!」


 待っていましたと言わんばかりに、食い気味に自己紹介を始める術士。


「我が名はヘクター。魔王軍幹部にして、次期四天王の筆頭候補である」


 ……あー、こいつ魔王軍の幹部だったのか。どうりて見覚えがあると思ったんだよな。


「ふーん。ま、これから殺すんだしどうでもいいけど」


 しかし、ディエナはヘクターの事など微塵も興味がないようだ。ヘクターの前に出てきたかと思えば、おもむろに得物を鞘から取り出す。


「ま、待て!俺を殺すのか!?」


 「殺す」というワードを聞いた瞬間、ヘクターは目に見えて焦りだした。魔王軍のおさとしては、情けない限りだ。


「当たり前でしょ?私たちを殺そうとしたんだし、それくらい当然じゃない」


 ディエナはこいつを殺す気満々である。俺も彼女の立場であったら、間違いなく殺していただろう。


 だが、俺は勇者であると同時に魔王でもある。もし魔王が部下を見殺しにしたと知れ渡ったら、魔王軍には二度と戻れないだろう。


 ……それだけは困るな。


 何としても、ヘクターには生きて帰ってもらわなくては…。


「俺は魔王軍の幹部だぞ!俺を殺したら、部下たちが黙ってないぞ!」

「あっそ。それで、言いたいことはそれだけ?」


 ディエナは抜刀した剣を、ヘクターに突き付ける。


 まずい、どうにかしてディエナを止めなくては。


「わ、分かった!では、俺と取引をしないか!?」


 俺がディエナを制止しようとしたところ、同じタイミングでヘクターが取引を持ち掛けてきた。


「取引?」


 ヘクターの言葉に反応したディエナ。ヘクターの首にかかっていた剣の動きが、僅かに止まる。


「そ、そうだ!」


 これをチャンスと見たヘクター。顔面に滝のような汗を滲ませながら、ディエナの説得を試みる。


「もし、我を殺さずにいてくれるのならば、貴殿たちが洞窟を出るまでの安全を約束しよう」


 だが、肝心なその内容は、俺達にとって何のメリットもない取引だった。なぜなら、この洞窟に入る前に、ゴブリン達をあらかた倒してしまっているからだ。


 もはやこの洞窟には、俺たちの脅威となるモンスターは存在していない。ならば、この取引を受け入れる理由もないだろう。


「それだけでは足りないな」


 一見、俺たちにとってなんのメリットもない取引。だが、俺はこれにのることにした。というか、この取引を逃したらヘクターは確実に殺されてしまう。


 俺は強引にでも会話に入り込み、ヘクター救出作戦を敢行かんこうする。


「勇者さま?」

「しかし、そうだな。金輪際、我らに関わらないという条件を飲むのなら、考えてやらんでもない」

「え、ちょ。まさか、こいつの取引を受け入れるつもり???」


 ディエナは信じられないといった様子で、目を丸くしている。


「ディエナ、ちょっとこっちに来てくれ」


 俺はディエナを説得するため、ヘクターから会話を聞こえない少し離れた場所に彼女を連れ出した。


「色々訳ありなんだ。あの提案を受け入れて欲しい」

「正気?あれ、私たちになんのメリットもないわよ」

「それも全て承知の上だ。頼む。」


 俺はいたって真剣な面付きで頼み込む。それにディエナも気づいたのだろう。彼女はしばしの間、逡巡する仕草を見せる。


「…分かった」


 難航するかと思われた説得だったが、ディエナは意外にもあっさりと認めてくれた。


「いいのか?」


 俺としても、こうも早く説得できるとは思ってもいなかったので拍子抜けである。


「まあ、あんたにも何か考えがあるんでしょ」


 ディエナは、「それに、」と付け加える。


「この埋め合わせはしっかりとしてもらうつもりだから」


 ディエナは冗談めかした口調で、子供の様に悪戯な笑顔を浮かべる。


「…ああ。この埋め合わせは、必ず」


こうしてディエナの説得を終えた俺は、再びヘクターの元へと歩み寄った。


「それでヘクターとやら、条件を飲むのか?」


 俺はあくまでも他人行儀で、ヘクターに話しかける。


「あ、ああ。もちろんその条件も飲む。どうだろうか?」

「わかった。なら、さっさと行け」

「は、はい!」


 ヘクターは勢いよく返事をすると、脱兎のごとく部屋から立ち去った。


 こうして色々とイレギュラーはあったものの、無事依頼を達成した俺たちであった。

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