第8話 魔剣

 『正義が存在できるのは、悪が存在するからである。』


 これは、この世界の真理だ。考えてみて欲しい、もし悪役が存在しないヒーローアニメがあったらどうだろうか。特に事件が起こることも無く、主人公がただ平和な日常を過ごすだけのアニメ。そんなの、退屈にもほどがあるだろう。


 …結局何が言いたいのかって?


 それは、聖剣があるってことはも存在するってことだ。


「こい!黒き絶望レーヴァテイン!」


 俺は、その名を宙に響かせる。


 魔剣『黒き絶望レーヴァテイン』。それは魔王の象徴であり、すべての生命が忌むべき対象であった。なにせこの魔剣、存在するだけで周囲に死のオーラをまき散らすのだ。


 今は俺の制御下にあるためオーラは多少抑えられているが、こいつを飼いならすまでにどれ程苦労したことか。


バリバリバリ…!


 俺が叫んだのもつかの間、突如そんな音を立てながら空間に亀裂が入り始める。その亀裂は徐々に大きさを増していき、その隙間からは毒々しいオーラが流れ出している。


(相変わらずのオーラだな)


 俺は魔剣の変わりない様子に謎の安心感を覚えながら、そのまま亀裂に手を突っ込んだ。そして、亀裂の中にあるものをガッチリと掴み。そのまま引っこ抜く。


 グォォ…?


 魔剣の刀身が露になったところ、ゴーレムもこの剣が普通の剣とは違うという事を本能で察したのだろう。困惑するような鳴き声と共に、足を半歩後ろにずらし様子を窺っている。


(にしても、どれだけ暴れたがってるんだコイツは)


 呼び出しておいてなんだが、コイツはとんでもないほどに血気盛んである。オーラを放ちながら刀身を紫色に明滅させるその様子は、早く戦場で暴れさせてくれと訴えているようだ。


(さて…)


 普段であればコイツを鎮めるのも俺の仕事なわけだが、今日は違う。


「奇遇だな、丁度いまから一暴れしようと思ってたところだ。」


 身内を傷つけるゴーレム相手に、遠慮する必要など無い。


―――さあ、思う存分に暴れ回ろうじゃないか。




§  §  §




「コイツがいる以上、俺に敗北の二文字は存在しない」


 俺は魔剣を携え、そのままゴーレムに向って突進する。


「ガガガアアァァ!」


 ゴーレムも俺を近づかせまいと、投石攻撃とうせきこうげきを開始する。いや、正しくは投岩攻撃とうがんこうげきと表現するべきかもしれない。ゴーレムは巨大な岩石を生成すると、それを俺目掛けて投げつけてくる。


(避けるのは無理だな…)


 まるで隕石のようにして降り注ぐ巨岩。ゴーレムの腕力も相まり、そのスピードはかなりのものになっている。回避するのは到底不可能だ。


 だが、はただの岩石。


腐敗一閃マグリナント


 この程度の硬さの物であれば、俺の愛刀は切り裂くことが出来る。俺は魔剣を振るい、豆腐でも切るかのようにして巨岩をいとも容易たやすく真っ二つにしてみせる。


 実際には切り裂くというより、腐らせて斬りやすくしているだけではあるが。まあ、そんなこと今はどうでも良い。


(まあ、そうくるよな)


 目の前のゴーレムは、岩石が斬られたと分かるや否や追加の巨岩をいくつも生成し始める。恐らく、剣のリーチに入る前に物量で押し切ろうといった算段だろう。


 しかし、それは全て無意味であった。いくら追加の投石が来ようと、そのたびに俺は巨岩を両断していく。


「どうした?石ころを投げつけるだけじゃ俺は止められないぞ」


 そうしている内にも、みるみる縮まる俺とゴーレムの距離。気づけばその距離は限りのないゼロとなった。


「今度は俺のターンだ」


 俺はゴーレムの顔面付近にまで上り詰めると、魔剣を目と思わしき場所に突き立てる。


「グォォアァァ!!!!」


 ゴーレムは今までにないほどの音量で咆哮を上げ、顔面を庇うようにしてその場にしゃがみ込む。どうやら致命傷とはならないとも、かなりのダメージを与えられたようだ。


「流石に、これだけで倒せるほどやわではないか」


 だが、このゴーレムは腐っても災害級モンスター。一筋縄ではいかない相手だ。ゴーレムは体勢を立て直そうと、自身を囲むようにして岩石で出来た壁を出現させる。


「なるほど、回復するまでの時間稼ぎってところか。」


 ゴーレムはそのまま磁力を働かせ周囲の岩、砂、そのほか無機物を吸収し始める。

恐らく、岩石を使って失った身体を再生することが出来るのだろう。事実、先ほどまで傷まみれだった顔面は、ほとんど元通りになっている。


「なら、それより先に倒すだけだ」


 俺はゴーレムが造り出した障壁を、一太刀で打ち破る。


「よお」


 そしてそのまま壁中に足を踏み入れ、俺は幾重にも斬撃を浴びせる。ゴーレムも不完全の姿のまま応戦するが、魔剣の威力に再生速度が追い付いていない。


(そろそろか?)


 そして、遂にその時が来た。先ほどから強固な守りを見せ、何とか攻撃をいなしていたゴーレムだが、突如そのバランスを崩しその場に倒れ込んだ。


(ようやくか)


 俺はただ、この時を待っていた。


 決め手になったのは、脚部へのダメージの蓄積。ゴーレムを構成するのは、密度の高い岩や鉄鉱石。これにより高い防御力を実現しているわけだが、これには明確なデメリットがある。それは、自重じじゅうが過剰なまでに重くなりすぎるという点だ。


 つまり脚部、特に足の付け根辺りを狙い続ければ、自らの重さを支えきれなくなるというわけだ。そしてその思惑通り、いわなだれの如く地面へと沈み込むゴーレム。もはや勝ったも同然である。


 だが俺は、決して油断をしない。


「マリー、いまだ!」

「は、はいっ!」


 俺はマリーに、すかさず攻撃を畳みかけるよう指示を出す。指示を受けたマリーも、待ってましたと言わんばかりに準備していた魔法を満を持して発動させる。


「聖なる裁き!《ホーリーパニッシュ》」


 マリーの持つ錫杖。その先端が神々しい光を放ちながら聖魔法が発動する。目掛けるは、ゴーレムの足裏で輝く赤い魔石。マリーが放った一撃は、その赤色の宝石を貫いた。


バキバキバキ…


 マリーの一撃を受け、魔石にひびが入る。そしてそのひびは、瞬く間に全身へと広がりを見せる。全身が砕け、瓦解がかいするゴーレムの身体。それはやがて塵となり、跡形もなくちゅうへと霧散むさんしていった。


「…やり、ましたね」

「そうだな。」


 魔石が砕け散った以上、ゴーレムがこの先動くことは無い。


 ―――遂に、倒したのだ。S級モンスターを、俺たちだけの力で。

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