第3話 神出鬼没のヤンデレ

ククク…


 甘い、甘すぎる。


 魔王城の一室で、ただ一人笑い声を響かせるザイツ。現在の彼の機嫌は、人生の中でも最高潮に達していた。


 その理由は、彼の計画が大幅に前進したことにある。


 ザイツは戦闘力こそ皆無かいむであるが、その持ち前の頭脳で魔王軍四天王に上り詰めた男だ。そんな彼には、一つの不満があった。


 それは、自分の上に自分よりも頭の悪い奴が立っているという事実だ。


 現在の魔王は、はっきり言って凡人程度の頭脳しかない。それにもかかわらず、凡人まおうが天才である俺に命令をしてくる。それを、俺の中のプライドが許さなかった。


 それからザイツは、何年もかけて魔王を排除する為の計画をしてきた。そして今回、遂にその計画を実行に移したというわけだ。


 しかし、こうも順調にいくとは…


 ザイツの計画はこうだ。まず初めに、魔王を勇者に転生させる。次に、勇者の元に適当な魔族を送り込む。こうすれば、あとは勝手に勇者を殺してくれるというわけだ。本当は、中身が魔王であるとも知らずに。


 魔王が勇者に転生したことは、ザイツ以外誰も知らない。この利点を最大限に活かした計画である。


 ちなみにもし仮に魔王を殺せなかったとしても、やつが軍に戻って来たところを「同族殺しの魔王」として糾弾することで、魔王を失脚させることができる。


 なぜなら、交戦した時点でどちらかが死ぬことは確定しているからだ。


 完璧だ。完璧すぎて、己の頭脳が恐ろしいな。もちろん、俺が天才と…


 コンコンコン――。


 ザイツが己の頭脳の偉大さに酔いしれているところ、その自画自賛はザイツの部下がドアをノックする音によって遮られた。


「何だ」

「ザイツ様。来客がお見えです」

「来客だぁ?」


 突然の来客に苛立ちを隠せないザイツ。今日は来客の予定などなかったはずだ。


「適当に理由を付けて追い返しておけ」


 せっかくの気分が台無しである。ザイツは語尾を若干荒げながら、部下にそう命令する。


「全く。俺は忙しいんだ」


 ザイツはポケットからおもむろに煙草たばこを取り出し、火をつける。椅子にふんぞり返りながら一服する様子からは、彼のその傲然ごうぜんな性格が垣間見える。


「ですが、その、本当によろしいのですか?」

「…なんだ。まさか、俺に逆らうつもりか?」

「い、いえ!そんなことは全く!」


 ザイツは八つ当たりをするが如く、部下をギロリと睨み付ける。これにより、完全に縮こまってしまった部下。それでも部下は、恐る恐る絞り出すようにして言葉を続けた。


「――で、ですがその…面会を求めている方というのですがね…」

「失礼しまぁ~す♪」


 その時、ザイツの許可を待たずして一人の女が部屋に入って来た。


「シ、シュリヴェル殿!?」


 ザイツは目の前の人物に驚き、慌てて姿勢を正す。部屋に入って来たのは、ショートヘアのふわふわとした髪を持った美少女だった。


 彼女の名はシュリヴェル。魔王軍において彼女は、魔王の秘書を務めていた存在だ。それと同時に、魔王が最も信頼を寄せていた存在でもある。


「…一体、何用ですかな?」


 この時、ザイツは本気で頭を抱えた。魔王以外の存在と関わることを極度に嫌う彼女が、わざわざこうして訪ねてきたという事は、きっと何かがあるはずだ。まさか、ただ遊びに来たわけでもあるまい。


 …最悪なのは、魔王の座を奪い取る計画がばれたというケースだが。


「いやだなぁ~そんなに緊張しないでよ」


 彼女は花が咲くような、そんな美しい笑みを見せる。だが、その目元は一切として笑っていない。ザイツは知っている。こういう時のシュリヴェルは、大抵ブチギレているときであると。


「いやはや、あなた様を前にして緊張するなという方が無理がありますとも。しかしですな、こうも急な来訪ですと、茶菓子なども用意できませんぞ」


 暗に帰れというメッセージを込めて、穏便にお引き取り願おうとするザイツ。


「別に、そんなのなくても僕は気にしないよ」


 だが、ザイツのささやかな抵抗などシュリヴェルは気にも留める様子がない。


「そ、そうですか」


 ザイツは苦笑いを浮かべながら、そう応じる。もはや今のザイツにできることといえば、何事も起きないようにと祈ることぐらいだ。


 だが、そんな祈りも虚しく終わることとなる。ドアの前に立っていたシュリヴェルは、コツコツと乾いた足音を立てながらザイツの傍まで歩み寄る。


「そんなことよりも、さ」


 刹那―――。


 部屋の空気感が一気に重苦しいものに変わる。原因は、シュリヴェルから流れ出る濃密な魔力。常人であれば、正気を保つのも難しい程の魔力量だ。


(さっそく本題か…)


 彼女は変わらず笑みを浮かべているが、先ほどまでとは明らかに雰囲気が違う。


「魔王様の姿が見当たらないんだけど、何か知らない?」


 一応は質問するていで問いかける彼女だが、実際は拷問に近しいものがあった。


 至近距離でザイツの顔をまじまじと見つめるシュリヴェル。大きく見開かれたその眼はまるで、「お前が何かしたんだろ?」と訴えかけているようであった。


 だが、ザイツの野望はここでついえるほど半端なものではない。


「そ、そうですか。しかし、生憎ですが私は存じませんな」


 ザイツは腐っても四天王の一人である。シュリヴェルの放つ強烈なオーラに耐えながらも、飄々ひょうひょうと白を切ってみせる。


「ふーん、そうなんだ。」


 だが、シュリヴェルから奔流する魔力は一向に収まる気配がない。むしろ、俺が口を開くたびに悪化さえしている気がする。


「それじゃあ、魔王様の部屋で転生術が使われた痕跡があったんだけど、心当たりは?」


 先ほどまでとは違い、事の核心を突く問いかけ。だが、この質問もザイツはすでに想定済みだ。


「はて。申し訳ありませんが、心当たりがありませんな。確かに私は転生術を使えますが、それだけで私を疑うのは酷な話です。それこそ、魔王様ご自身が使われた可能性もあるかと」


 ザイツは全て言い切ると、したり顔を浮かべる。


(ククク…これにはシュリヴェルも反論できないだろう)


 ザイツは狡猾な男だ。シュリヴェルに圧を掛けられてもなお、平気で嘘を並べ立てる。


「…ま、それもそうだね」


 しばらくの沈黙を挟んだ後、シュリヴェルはあきらめた様子でザイツに背を向けた。


(何とか誤魔化せたか…?)


 やけにあっさりと引き下がるなとも思ったが、早々に諦めてくれるのであればザイツとしても願ったり叶ったりだ。


カツカツカツ―――。


 静寂が部屋を包み込む中、冷徹な足音だけが空間に響き渡る。


(よし、そのまま出ていけ!)


 この時ザイツは、自身の勝ちを確信していた。シュリヴェルが背を向けているのをいいことに、静かにガッツポーズさせしてみせる。


「あ。でも、これだけは忠告しておくね」


 しかし、シュリヴェルが出口に差し掛かったころ。彼女はその歩みを止め、再びザイツの方を振り返った。


「もし君が魔王様に危害を加えるつもりなら、君はバラバラになってしまうかもしれない。それはもう、死ぬよりも辛い苦痛を味わいながら、ね。」


 両手を合わせ、いい事を思いついたと言わんばかりに言い放つ彼女。口調こそ冗談のように聞こえるが、これが冗談ではないということは明白である。


 なぜなら、彼女は魔王の為であれば笑顔で殺しや拷問を行う。そういった残忍な性質たちの持ち主であるということを、ザイツは身をもって知っている。


「返事は?」


 そんな彼女の猟奇的な視線が、全身の筋肉をこわばらせる。


「ひゃ、ひゃい!」


 ザイツはそうとだけ言うと、部屋から出ていくシュリヴェルの背中を見届ける。


 彼女がザイツの部屋から去るころ、灰皿に置かれた煙草の火は完全に消え去っていた。



§  §  §



「すうぅ……はぁぁー……」


 シュリヴェルという名の嵐が過ぎ去った事を確認したザイツ。彼はようやくと言わんばかりに、息を大きく吸っては吐いてを繰り返し乱れた呼吸を整えていた。


「…よし、一旦状況を整理するべきだな」


 酸素を大量に取り入れたことにより、先ほどまで萎縮していた脳が再び稼働を始める。


 それを感じたザイツは、先ほどまでのやり取りに様々な思考を巡らせ始める。


「それにしても、一体どこまでばれているんだ」


 まず、彼女の口ぶり、態度からして俺の計画の一部がバレているとみてほぼ間違いないだろう。でなければ、あれほどに感情をむき出しにすることなどあり得ない。


 (そうだな…)


 少なくとも、俺が魔王を勇者に転生させたという所までは掴んでいるはずだ。むしろ、それを知っているからこそ俺の部屋にカチコミに来たのだろう。


 だが、俺を舐めてもらっては困る。その程度のシナリオはすでに織り込み済みだ。


 もっと詳しく言ってしまえば、仮に魔王を勇者に転生させた事がばれたとしてもシュリヴェルは俺を殺せない。その確信が俺にはあった。


 なぜなら、最終的に転生する事を決定したのは魔王だからだ。つまり、実情はどうあれ今の俺の立場は『魔王の決定に従った忠実な家臣』という事になる。


 そんな俺を殺してしまったら、魔王軍におけるシュリヴェルの立場は確実に悪くなるはずだ。


 シュリヴェルは異常なまでに魔王を溺愛しているからこそ、魔王の秘書を務めている。二十四時間、常に魔王を監視するために。


 だが、もし俺を殺してしまったらどうなるだろか。少なくとも、魔王の秘書などという重役は続けられないだろう。


 シュリヴェルが先ほど俺を殺さなかったのも、そのリスクが頭をよぎったからに違いない。


(ククク…もはや俺の野望を止められる者などいはしない)


 魔族は総じて頭が悪い。俺の計画に勘づくほどに頭が切れるのは、魔王軍においてはシュリヴェル程度である。そして、そのシュリヴェルが俺を殺せないと分かった以上、もはや敵なしだ。


 先ほどシュリヴェルには脅されたばかりではあるが、あれもただのこけおどしとして考えて良さそうだ。




 だが、のちにザイツは思い知ることとなる。これが、ただのこけおどしではないことを。

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