第4話 初の依頼

 そんなわけで、無事?メンバーと合流したわけなのだが。


「それで、今日は何の依頼を受けるの?」


 ギルドの壁に貼り付けられた掲示板を見ながら、ディエナが俺に話を振ってくる。合流してからというもの、なんやかんやあって、ギルドの依頼を受ける流れになった。そこまでは良かったのだが、正直、魔王の俺にはどの依頼がいいとか全く分からない。


「今日はディエナに任せる。好きなのを選べ」


 依頼のことなど何一つ分からないので、全部ディエナに丸投げすることにした。


「…さっきから思ってたけど、あんたってそんな口調だったっけ?」


 ディエナに口調を指摘され、俺は少し口ごもる。


「…フッ、なんのことだかわからんな」


 魔王時代、部下に舐められないようにと口調を矯正きょうせいした弊害へいがいがここにきて表れるとは…。言われてみて初めて気付くが、確かに勇者の口調としては違和感マシマシである。俺としても人間社会に溶け込めるようにはしたいのだが、この尊大な口調だけは治りそうにない。


「ま、別にどうでもいいけど。それより、これなんかどう?」


 ディエナは特に気に留めた様子もなく、話題を元に戻す。視線の先にある掲示板には、無数の依頼が無造作に張り出されている。ディエナはその中の一枚を剥がし、こちらに持ってきた。日焼けした紙には、ゴブリン討伐の依頼の文字が。


「私はいいと思います」

「わ、私も大丈夫です…」


 皆の反応が、俺にとっては驚きだった。勇者パーティーとかって、もっとドラゴン討伐とかしてバンバン名声を挙げていくものだと思っていたのだが。


 それに、言っちゃ悪いがゴブリン討伐は初心者向けみたいなイメージが…


「俺も構わんが、そのような地味な依頼でいいのか?」


 俺がそんなことを口にすると、依頼を持ってきた張本人であるディエナがこれに反応した。


「馬鹿ね。こういう依頼は誰も受けたがらないからこそ、私たちが代わりに受けるのよ」

「そうですね。確かに地味な依頼かもしれませんが、私たちの目的は人々を危害から守ることですから。それが叶うのであれば、私は依頼の内容は問いません」


 加えてマリーまでも、ディエナに賛同する。これには俺も驚きを隠せなかった。なぜなら、まさか彼ら彼女らがそんな目的の為に動いていたとは全くもって思いもしなかったからだ。勇者パーティーなんて所詮、富と名声を得るための組織程度の認識だったのだが…


 どうやら俺は、彼らに対する認識を改める必要がありそうだ。


「なるほど、そういう意図があったのか。すまなかった」


 ちなみにこの時、三人が意外そうな視線を俺に注いでいたらしいのだが、俺がそれに気付くことはなかった。



§  §  §



 歩く事数十分。俺たち四人は、街の東に位置した森に着いた。依頼内容によるとどうやら、このあたりでゴブリンの群れが発生しているらしい。


「情報によれば、ここから少し進んだところに洞窟があるみたいです。どうやらゴブリンの群れは、そこを住処にしているらしいですね」


 マリーは手書きの地図を広げ、現在地を指さす。この地図によれば、その洞窟とやらはすぐそこにあるみたいだ。


「分かったわ。それなら、ゴブリンに見つかる前に作戦会議をしておきましょ」

「そうですね。ディエナさん指示をお願いします」


 ゴブリンに接触する前に、マリーとエリンを集めて作戦を練るディエナ。


「そうね…それじゃあ最初はいつも通り、最初はエリンがゴブリンを引き付けて。それで集まって来たところに私が攻撃するわ。マリーは適宜回復魔法をお願い」


「は、はい!」「回復ですね、分かりました」


 ディエナからの指示を受け、エリンとマリーは自身の役割を確認する。三者三様の返事だが、各自やるべきことを理解しているのは良い事だ。


「次に、もしエリンが攻撃に耐えられなくなったら私に言って。そしたら私がヘイトを稼ぐから。で、その間にマリーは…」


 俺が傍観している間にも、淡々と話し合いは進んでいく。今のところ俺に指示は出てないが、その内なにかしら仕事を任されるはずだ。


 …もしゴブリンとの戦いを任されたらどうしようか。


 はっきり言って俺は強い。その気になれば、その辺のゴブリンなどあっという間に蹴散らすことが出来る。


 だが俺は、本気で戦うつもりは一切ない。なぜなら、本気で戦ってしまえばそれは俺の正体がバレることに繋がりかねないからだ。


 …今の内に、手加減するためのイメージトレーニングでもしておくか。




「よし。じゃあ話し合いはこれくらいにして、先に進みましょうか」




………ん?


「待て待て」


 だが、俺が思考を巡らせている間にいつの間にか話し合いが終わろうとしていた。それに気付いた俺は、慌ててディエナに待ったをかける。


「なに?」

「いや、まだ俺に指示が出されてないんだが…」

「え?ああ、そうね。えーと、あんたはそこで観戦でもしてて」

「……マジか」


 ディエナは、俺の存在など忘れてましたと言わんばかりの塩対応だ。これじゃあまるで、戦う気満々だった俺が馬鹿みたいじゃないか。


「だってあんた、「ゴブリンなんざ俺の敵じゃない」なんて言っていつも私たちに任せっきりじゃない」

「ええ…」


 その発言をしたのは俺じゃない!!そう否定したかったが、それは不可能だ。クソ、なんてもどかしいんだ。


「それとも何?あんたも一緒に戦うの?」

「それは…」


 俺がそう言いかけた、直後だった―――


「あ、あの、ゴブリンらしき反応があそこに…」


 エリンが前方を指さし、俺たちを制止する。


「「「「………」」」」


 一同は慌てて会話を中断し、草陰から前方の様子を覗き込む。


(あれがゴブリンの群れか…)


 俺たちの向こう側には、洞窟の前で数匹のゴブリンがたむろする姿が確認できた。中には、洞窟に木材などの物資を運搬するゴブリンなどもいる。


 どうやら、あの洞窟を住処にしているといのは間違ってなさそうだ。


「そ、それじゃあ作戦通りに…」


 エリンはそうとだけを言い残すと、ゴブリン共の前に勢いよく飛び出した。


「こ、こっちです!」


 エリンは敵を引き付けるようにして、わざと声を張る。


「「「GYAAAA!」」」


 ゴブリン共も侵入者に気が付いたのだろう。洞窟の前にいた守衛役のゴブリンは、エリンの姿を視認するなり不気味な雄叫びを挙げた。


 すると、その雄叫びに呼応するようにして、洞窟の中からゴブリン共がぞろぞろと出てくる。


 仲間を呼ばれてはしまったものの、幸いにもエリンの後ろに俺たちが潜んでいる事には気付いてないない様子だ。俺たちはじっと息を潜め、その時を待つ。


「ま、まだ耐えられます!加勢は大丈夫です!」


 結論から言うと、エリンはすごかった。エリンは敵の攻撃を真っ向から受ける、というよりは、敵の攻撃を全て受け流すことでゴブリンからの攻撃を一切無効化していた。エリンの実力は、まさしくデータブックに書かれていた通りだ。


 だが、ゴブリンもやられっぱなしというわけではない。



ドサッ…



 そんな音を立てながら、突如エリンが右脚を押さえその場にしゃがみこんだ。彼女の右脚よく見ると、そこには皮膚がただれたような生々しい傷跡が。


(なんだ、今の攻撃は…?)


 俺はすぐさま、攻撃が飛んできた方向に目を向ける。目を凝らすと、洞窟の物陰に二匹のゴブリンシャーマンの反応が確認できた。


 どうやら、あのゴブリン二匹が火球ファイアボールかなにかでエリンを攻撃してきたようだ。


 しかし、おかしい。ゴブリンシャーマンなんて、滅多に出現しなはずのレア個体だ。それが二体もいるなんて、偶然にしてはできすぎている気がする。


「ごめんなさい、加勢するのが遅くなったわ!」


 状況が一転したことを受け、ディエナが即座に援護に入る。彼女の武器は、その腰に携えた西洋剣だ。ゴブリンの前に姿を現した彼女は、満を持して鞘からその得物を取り出した。


「ディ、ディエナさん!ありがとうございます!」

「そんなことはいいから、あんたも集中して!」

「は、はい!」

「マリー!あんたもよ!」

「分かりました!」


 ディエナが加勢したことにより、先ほどまでの勢いを取り戻したエリンとマリー。そんな彼女たちの瞳には希望が宿っており、自分たちの勝利を疑っていない。 


 だがそんな戦場に一人、神妙な面持ちの人間がいた。


「…少し、出る準備をしておいた方がよさそうだな」


 俺は土埃を払いながら、ゆっくりと重い腰を上げた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る