Day.27あいつらの仲が鉱物みたいに冷えたらちょっと嫌かもしれない
「三沢くん、一緒にきてよ」
「嫌だが!?」
その日の授業を終えて帰ろうしたら校門のところでトッキーこと武田に見つかり、このように押し問答をしている次第である。
今日は陶子との約束はないけど、ないならないでやることはある。
食材の買い出しをしたり部屋を掃除したり結婚のために家の中の不用品を捨てたりと地味に忙しいのだ。
「頼むよー三沢くんの分奢るから!」
「やることあんだよ!」
「トッキー、何してんの」
呆れたような男の声がしてトッキーがそちらを向く。
そこにはチャラそうな優男が困惑の表情で立っていた。
「三沢くん、こいつがコウ。三人で飲み行こう」
「行かねえつってんの」
「コウ、この人三沢伊織くん。初の友達のオトちゃん知ってる? オトちゃんの彼氏、であってる?」
「彼氏じゃない。今は婚約者」
「相変わらず君ら重いねー」
トッキーはケラケラと笑った。
「三沢くん? あの、俺も聞きたいことあるから、いいかな」
優男……コウが控えめに言った。
陶子の友達の最上さん(俺も高校一緒だったけど、陶子の友達だったことくらいしか知らない)の彼氏。
ただし今にも振られそう。
「これっきりにしろよ、ほんと」
「やった。ありがと」
「ごめんね、付き合わせちまって」
渋々言うとトッキーとコウはパッと笑顔になった。
なんかあれだな。陶子に付き合わされるようになった時の流れみたいで嫌だなあ。
トッキーに連れてこられたのは学校の最寄駅から電車でちょっと言った先にある洞窟居酒屋だった。
「へー、こんなとこあるんだ」
俺は素直に感心した。
店内は洞窟みたいに薄暗い造りになっていて、店員がランタンを持って案内してくれる。
全室個室だそうで、俺らが案内されたのも四人席の個室である。
個室内も洞窟みたいに天井と壁がゴツゴツした岩っぽい造りになっている。
「なんかの雑誌にデートにオススメって書いてあってさ。来てみたかったんだよ」
そう言ってトッキーはコウへと笑顔を向けた。
ああ、そっか。
トッキーの好きな人ってこいつか。
道ならぬ恋なんだろうとは思ってたけど、なるほどね。
他人事のように思う。まあ完全に他人事なんだけど。
「いおりんもオトちゃんと来ていいよ」
「なんだその呼び方。オト連れてくんのにお前の許可いらねえよ」
「だってオレがトッキーでこいつがコウなのに一人だけ苗字で呼ぶの寂しいでしょ」
「そう思うんなら帰らせてくれ」
「いおりんなに飲む? ここカクテル系いろいろあって面白いよ」
「マイペースかよ」
コウはさっさと座って備え付けのタブレットで飲み物を選んでいる。
トッキーはそれを向かいの席で切なそうな顔で見ていた。
その隣にわざとらしく音を立てて座る。
「情けねー顔してさあ」
「そんな顔してる?」
「してる」
「俺ジンジャーエールにレモンとスモモ入れたやつ! トッキーといおりんは?」
「お前は見た目通りなんだな」
「えーなんそれ」
口を尖らせるコウからタブレットを受け取ってドリンクメニューを見ると確かに色々あるけど、ノンアルからアルコールがめちゃくちゃきついのまで幅広い。
あー、なるほど、そういう店ね。
女の子を連れ込んで酒と雰囲気で酔わす店ってことか。
陶子は面白がりそうだけど、店員がそういうのに慣れてそうだから連れてくるのはやめておこう。
「俺シャンディガフ」
「オレは烏龍茶」
カクテルいろいろあるっつった本人はカクテルじゃないんかい。
まー緊張してるんだろう。
タブレットを叩く指先が震えている。
「あんさ、聞きたいことあって」
ドリンクが来て、乾杯する間もなくコウが口を開いた。
そういや俺、なんで連れてこられたか全然知らんのよな……。
「この間、初とトッキーと初の友達カップルで飯行ったって聞いて」
「うん」
トッキーは静かに頷く。
「そんで、初がトッキーに乗り換えたんじゃないかって聞かされて」
「うん」
コウは俯いてしまう。
トッキーを見ると思いっきし口をへの字にしていた。
馬鹿馬鹿しくて、俺は思いっきりため息をついてしまう。
「そんでその友達カップルが俺とオトだろうって? そうだけどさあ。そのことでオトは最上さんのこと叱ってるからね。彼氏が知ったら嫌な思いするだろって。お前らがうまくいってないからって、周り巻き込むのやめてくんない?」
「ご、ごめん」
イライラしていた自覚はある。
お前らいつまでうだうだやってんだよ。
いい加減にしろ。周りを巻き込まんと、自分たちで話し合え!
「いおりん、巻き込んでごめん。コウ、誤解さすようなことしてごめん。少なくとも俺はコウを裏切るようなことはしてない。それだけは絶対だ。その四人で飯行ったけど、いおりんの言うとおり、初はオトちゃんに叱られてたよ。オレも軽率だったし」
「うん。ごめん。なんか自分が上手くいかなくてぐちゃぐちゃで、ちょっと八つ当たりもした」
ぐずぐず言うコウに、ちょっとじゃねえだろと呟くとトッキーの肘が脇に入った。痛え。
「オレがこないだコウに言おうとしたのは全然違う話でさ。初と別れたらオレと付き合ってって言おうと思ってたんだよ」
「ゲフッ」
「うん。うん????」
吹き出したのが俺で、疑問符を飛ばしまくっているのがコウである。
炭酸が鼻に入ってめちゃくそに痛え!
「おま、げふ、お前、ぶっ込むなあ」
「勢いつけないといけないじゃん」
「嘘つけ、助走なかったぞ!?」
「え、え? トッキー、ホモ?」
まだ混乱したままのコウにトッキーは少し悲しそうな顔をした。
「どうかな。今までコウ以外の人を好きになったことないから、自分がゲイなのかバイなのかもよくわからないんだ」
「あ、そか。ごめん、無神経な聞き方した」
「ううん。オレもいきなりごめん」
「えと、それ、ちょっと考えてもいい?」
コウは目を彷徨わせながら行った。
トッキーはそりゃあ穏やかな顔で頷く。
俺は壁と一体化した鉱物の気持ちでお通しのキャベツを齧っている。
鉱物はキャベツ齧らねえよ。
「もちろん。いきなりで驚かせてごめん。でも初のことで悲しい顔するコウ、これ以上見たくなかった」
「……トッキーに嫌なことばかり聞かせてたんだな。ごめん」
なんかこいつら謝ってばっかだなあ。
飽きたのでタブレットで食い物を探す。
へー、メニューも冒険とか探検ぽいものになってる。
骨付きギャートルズ肉だって。陶子が好きそうだし食ってみようか。あ、ラムとマトンもある。
一人で勝手に飲み食いしてる間に、トッキーとコウの間では話がまとまったらしい。
まあ幼馴染らしいし、変に拗らせなければどうとでもなるのだろう。
「これうめえよ」
「いおりんも大概マイペースじゃんね」
「トッキーにだけは言われたくねえなあ」
「あ、ほんとだ。超うまいね」
トッキーが苦笑している間にコウはさっさと食い出していて、それをトッキーは眩しいものを見るように見ていて。
多分、俺が陶子を見ている時もこんな顔してんだろうな。
そのあとは普通にダラダラ飲んで食って解散した。
駅で別れたあと振り返ったら、トッキーとコウの間が空いててちょっと切なくなった。
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