第19話 過去からの贈り物

大介と、学生時代にバイトをしていた居酒屋のマスターと奥さんが、千葉の南房総に開いたお店に来ていた。


マスターが出してくれたオムライスは、昔のまま美味しかった。

自然と笑みがこぼれた。

それから学生時代のバイトの話になった。当然、修ちゃんの名前も出た。

「修二は、今なにやってんの?」とマスターが聞くと

「今は公務員っすね、市役所の職員」と大介が答えた。

知らなかった。

「あっそうなんだ。今でも連絡取ってるの?」と加奈子さんが聞くと

「まあ、時々。修二さんの地元にも行ったことありますし」

「そうなの?!」とかなめは驚いた声をあげた。

不思議な話ではなかった。大介は見た目に反してマメなやつで、だから今でもかなめとも連絡とっていたり、マスター夫婦ともこうして再会できたのだ。


話は大介が今している怪しい仕事の話に変わっていた。探偵のようなことをしたり、ホストクラブを運営したり、怪しい機材を売り買いしたり。

マスターは、興味津々とばかりに食い付いている。

大介のすごいところは、怪しい仕事をしてるのに、嫌らしさがないところだ。恐らく育ちの良さからだろう。

大介はボンボンだが、どういうわけか、おかしな道に進んでしまった。


マスターも加奈子さんも、かなめの近況には触れてこなかった。男2人は、女の子の話になり、盛り上がっていた。

加奈子さんが「シフォンケーキ食べる?」言ってくれ、「食べます」というと奥から手作りのケーキを持ってきてくれた。

加奈子さんは本当はカフェをやりたかったそうだが、オープンするとマスターの趣味に侵食されて困ってると、ため息をついて笑った。

「かなめちゃん、大丈夫?仕事を辞めて、彼氏とも別れたって聞いたから」

「まったく、おしゃべりなんだから」と言うと

「心配してんのよ、ああ見えて。

かなめちゃん、だいぶ痩せたけど、ちゃんと食べてる?」

確かに、かなめは痩せた。学生時代からすると10㎏以上は落ちた。

学生の頃は、修ちゃんからも「よう食べるな」と笑われるほど食べていたが、社会人になり、仕事が忙しくなるにつれ、食が細くなっていき、この1年で更に痩せた。


加奈子さんの昔話になった。

「かなめちゃんくらいの頃かな、私も婚約してた人と別れてね、一緒の会社だったから気まずくて、でも当時、実家に仕送りもしてたから仕事はすぐには辞められなくて、おまけにその人は、同じ会社の別の人と結婚したの。まぁ私が捨てられたってことなんだけど」と笑い

「その頃、住んでたアパートの近くの洋食屋さんで、皿洗いのバイトが募集に出てて、お金をためて仕事を辞めたかったから、ちょうどいいと思って働きだしたの。そこで働いていたのが、あの人」とマスターを指差した。

「初めは興味なかったけど、あの通りマイペースな性格じゃない、私が話を聞こうが聞こまいが、お構い無しに話しかけてくるの。でもそのうち、段々と嫌なことを思いださなくなってた。

不思議よね、人の縁なんて。

だから、かなめちゃんにも、きっと良い出会いが待ってるわ」と慰めてくれた。

かなめは思わず涙がこぼれてしまった。下を向いてこぼれた涙を拭いていると、加奈子さんは優しく背中を擦ってくれた。

ふと加奈子さんの胸に目がいってしまった。慌てて目を逸らすと

「ああ、気にしないで」と笑い、「スッキリしたでしょ!もともとあっても邪魔なだけだったから」と笑顔で話してくれた。

加奈子さんの闘病生活も話してくれた。3年前に乳ガンが見つかり全摘出したそうだ。

かなめが「大変でしたね」と言うと「入院してる頃はね、うちの人と子供たちのことが気がかりで」と言われ、意外そうな顔すると「主婦なんて、そんなもんよ。かなめちゃんも、そのうちに分かるわ。」 

「それにね、この程度で済んで良かったと思ってるの」とも話してくれた。それから2人のお子さんの話になった。


大介が夜から仕事なので、間に合うように帰ることになった。

マスターからは「また来いよ!今度は修二も誘って」

加奈子さんからは「たまには私達を東京に誘って」

手を振って別れた。


帰りの車の中で、大介はお気に入りの曲をかけ、大声で歌いだした。

大介の歌を聞くのは、あのとき以来だ。



かなめが社会人2年目、修二と別れて3年の時間が流れたころ、大介から「修二さんが東京に出て来るから、西脇にも会いたいって言ってたぞ」と、連絡があった。

修ちゃんに会える。そう思うだけで、胸がトキメいた。修ちゃんはどんな風に変わってるんだろう?変わってないのかな?など想像を膨らませた。


修二と大介の3人で会う約束をした日、急にミーティングが入ることになった。遅れると大介にメールをすると、お店の名前と場所がメールで送られてきた。

ミーティングが始まる直前にトラブルがおきた。

その日、成田空港に到着する便が天候不良で名古屋空港に着陸することになった。その便に乗っているのはVIP20名で、そのツアーの責任者たちは空港で出迎える予定になっていた。

急遽、空港近くか、もしくは市内のホテルの手配をしなくてはならなくなった。

VIPとなると、ホテルならなんでもいい、というわけにはいかない。手分けして片っ端からあたることになった。

全てが片付いた頃には10時近かった。それでもその後、大切だからと予定されていたミーティングまで行われた。


すっかり遅くなり、約束の店に行ったが2人はもう居なかった。

大介に電話をすると、「お前、どこにいんだよ!遅いよ!」と言われ、修二が乗る夜行バスに並んでると言われ、向かったが、バスは出発した後で、大介だけがそこにいた。

大介は、息を切らした、かなめの肩をたたき、「会わなくて良かったかもな」と言った。

わけが分からず、どういう意味?というように大介を見ると


「修二さん、結婚するんだって、その報告で東京に来たって」

かなめは立ち尽くした。一瞬、何の話をしてるのか分からなかった。

心のなかで 嘘だ と叫んでいた

考えてみれば、修ちゃんはもうすぐ27歳、別れてから3年。不思議な話でも裏切りでも何でもない。

だけど、どこかで期待していた、修ちゃんと再会して、また一緒に居られるような日が来ることを。


放心状態のかなめに、大介は「カラオケに行くぞ!」と言った。

かなめは首を横に振った。

大介は「いいから!」とかなめの腕を引っ張った。

そしてカラオケに行くと、大介はかなめに失恋ソングを入れた。

かなめは「こんな時に歌いたくないよ、しかも、こんな曲」と言うと、

「こんな時だから、こんな曲、歌うんだろ!」と言われ、かなめはヤケクソになり大声で歌った。大介は自分のお気に入りの曲を入れ熱唱した。

かなめが歌った歌は全て大介が選んだ失恋ソングだ。

その日のカラオケは、大介のノー天気な曲、かなめの失恋ソングが交互に流れた。


翌日、仕事を休もうかとも思ったが前日のトラブルの後処理も残っているので、出勤した。

目は腫れ、身体は重かったが、眠気はなかった。



そんなことを思いだしていると、かなめの家の近くまで来ていた。

「ここでいい」と言い、降ろしてもらった。

少し歩きたかった。

仕事を辞めてからの数週間、修二とのことばかり思い出している自分について考えてみた。

いくら今が辛いからって、過去がどんなに幸せだとしても、過去にすがってはいけないんだ。

修ちゃんは今は人の旦那さんなんだから。


家に着くとポストに不在票が入っていた。上の姉からだ。まだ当日の最終便の再配達には間に合う時間だ。

再配達の依頼をかけ、待っている間に冷凍うどんを温め卵と醤油をかけて食べた。

こんな食生活じゃだめだよね、みんなからも心配されてるし。

明日はちゃんとした物を食べよう。


携帯をみると、上の姉から「お母さんの荷物の中に、あんたの荷物があったので送りました」というメールが来ていた。

食器を片付け、洗濯物をしまっていると、宅配便が届いた。

届たのは、小さなダンボール箱で、見覚えがあった。

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