第18話 新しい生活

修二に呼び出されて、修二の家に行くと、荷物は片付けられ、ダンボール箱だらけだった。


「どういうこと?」

「田舎に帰ることにして、あっちで仕事も見つけた、ごめん」


かなめは何を言っていいかのか、分からなかった。

言いたいことは、たくさんあるのに、何から言えばいいのか分からない

気づくと涙がこぼれていた。

修二はティッシュをかなめに差し出したが、かなめは受けとらなかった。ここで優しくされるのが辛かったからだ。


「どうして、何も言ってくれなかったの?、こんな急に、こんなのって酷いよ。」

「ごめん、ずっと言えんかった」

謝られれば、謝られるほど辛かった。

「修ちゃん、田舎に帰るって、何で?大学院に行くって言ってたじゃない!夢は?諦めたの?」

と言うと

「うるさい!」と声を荒げて怒った。修二のそんな声を聞くのは初めてだった。

いつも優しく温厚で、小さな言い合いをすることはあっても、声を荒げて怒ることなどなかった。

「ごめん、お袋を1人にしておかれへんねん、これ以上、我が儘も言えんし、俺が帰るしかないねん」

「じゃあ、私も一緒に連れていって!修ちゃんと離れたくないよ。修ちゃんがいないと生きていけないよ」

「かなめには夢があるやろ?それ叶えな。大丈夫や、かなめは芯が強いから、俺がおらんでもちゃんとやっていける。」

分かっていた、何を言ってもダメなことは。修ちゃんはそういう人だということは。

今日はこれ渡したくて来てもらったんや、と小さなダンボール箱を手渡してきた。

「かなめの物が入ってる、持って帰って」

その場にいるのが辛くなり、その箱を抱えて駅まで走った。

それからどうやって帰ったのかも覚えてないが、家で泣いていた。

その日はバイトがあったが、何も連絡せずに休んだ。

親には具合が悪いと嘘をつき、大学も2日休んだ。


そして土曜の昼間、大介から電話がきた。

「天気いいぜ、出て来いよ!」

「そんな気分じゃない」

「西脇の家の近くにいるんだぜ」

疑ったが、通りに出てみると本当に大介はいた。

「よう!」と相変わらずノー天気な声で言い「話しようぜ!」と言い出した。

近くのコーヒーショップで話をすることにした。

「なに話って?」ぶっきらぼうに言うと

「その態度はないだろ、心配してきてやってんのに。

一昨日、修二さんが別れの挨拶にバイト先に来て、いろいろ聞いた。簡単な送別会もしてさ、お前を呼ぼうとしたけど、電話は繋がらないし、修二さんは呼ばなくていいって言うしさ」

「そう」

「お前、事情は聞いたの?」

「向こうで就職することになったんでしょ」

「そうじゃなくてさ」と話だした。

修二の今までの学費や生活費は、別れて暮らしている修二の父親が払ってくれていて、大学院の費用も出してくれることになっていたが、すぐに仕送りを止めると言われ、なんとか説得し大学卒業までは仕送りもして貰えることにはなった。

修二は、大学院に行く方法はないか、せめて東京で就職できないか、と模索したが、そんなとき、修二の母親が怪我をして入院した。

修二を大学院に行かせようと、仕事を掛け持ちし、疲れて家の裏で足を踏み外し、崖から落っこちたそうだ。

その怪我で、母親は右足が不自由になった。右足が使えないということは、車の運転ができない。

車がないと生活できない修二の地元に、母親を1人にできないと、修二が帰ることを決断した。


それを聞いて、修ちゃんらしいと、かなめは思った。

「私には話しても仕方ないと思ったから、話してくれなかったんだね」

「それはちょっと違うと思うぜ。決心が揺らぎそうだったからじゃないか」

本当のところは、分からない。

相談されていても、的確なアドバイスはできないし、何の力にもなれない。

無力な自分が情けなかった。



修ちゃんとのことを思いだすと、今でも涙がこぼれる。

不器用な修ちゃん。

貪欲に自分の夢を追いかけることより自分が犠牲になることを選ぶ。

そんな修ちゃんの生き方が好きだった。

修ちゃんと別れた頃に、今が似てるから、こんなに修ちゃんのことを思い出すのかな?


7年前

春になる頃、かなめはバイトを辞めた。

3年になるとキャンパスが変わり、高田馬場駅で乗り換えることもなくなる。

何より修ちゃんとの思い出が詰まった場所にいるのが辛かったからだ。


春休みは、自動車教習所に通った。

3年になり、ゼミが始まった。それまで引っ込み思案で人見知りだったが、自分から話しかけるようにし、友達も増え、学校行事にも積極的に参加した。


バイトも新宿のイタリアンレストランに変えた。そこは前のバイトよりも時給も高く、土日も営業していたから、スーパーのバイトも辞め、そこ一つにした。バイト仲間は学生よりもフリーターが多かった。そこのメンバーでよく飲みに行き、お酒もいろんな種類を覚えた。


何でもよかった。

修ちゃんとのことを思い出す時間を減らしたかっただけだ。


大学3年の夏に交換留学として、40日間ボストンへ短期留学をし、バイト代で英会話教室にも通いだした。

秋は学祭、冬はゼミ仲間でスノボーと充実した日々を過ごしていた。

楽しかったが、修ちゃんと一緒の時のような高揚感もなければ、幸福感もなかった。


大学3年も終わりが近づくと、就職活動が始まった。学校での話は就活で持ちきりだった。

みんなで集まり、情報交換をしていた。その中に吉野くんがいた。

吉野くんは1年頃から授業では見かけていたが、あまり話した記憶はなかった。3年になってゼミが一緒になり、いつもかなめに話しかけてくれた。

吉野くんは、いち早く内定を貰った。その企業はかなめの出身大学からでは難しい大手企業だった。

吉野くんは、かなめの相談相手になってくれ、2人で一緒に帰ったり、学校の外でも就活の情報交換という理由で会うようになった。

かなめは就活では連敗続きだった。さすがに落ち込み、元気がなくなると、吉野くんはいつも励ましてくれた。

そして、かなめが就職した会社の内定を貰った夏に、吉野くんから告白された。

「西脇のこと、1年の頃から、いいなって思ってたけど、西脇、彼氏いるって聞いてたからさ、言えなくて。もし今、誰もいないなら、よかったら俺と付き合ってくれない?」

断る理由がなかった。

吉野くんといると、ホッとしたし、修ちゃんといるときはどこか背伸びをしていたけど、そんなこともしなくていい。一緒にいて楽だった。

それにもう、修ちゃんを忘れなきゃいけないとも思っていた。

修ちゃんと別れてから1年半後の出来事だ。


吉野くんのことは好きだった。気取らず無理せずにいられるし、居心地が良かった。

吉野くんとは、大学を卒業してからも付き合いは続いた。

お互い社会人になり、仕事に追われ、会う回数は減ったが、付き合いは順調だと思っていた。

社会に出て半年が過ぎた頃、吉野くんから呼び出された。

かなめは久しぶりのデートだったので、おしゃれをして出かけた。

すると「ごめん、他に好きな人ができた」と言われた。

そこで気がついた、吉野くんのことをちゃんと見ていなかったことを。居心地の良さに甘えて安心しきっていた。

最後に「西脇も幸せになれよ」と言われて終わった。


私の幸せってなんだろう?

その日は日曜日で帰ってから泣いたが、月曜日からは普通に仕事に行った。

自分でも驚くほど落ち着いていた。


吉野くんのことを忘れようとする必要もないほど、仕事は忙しくなっていき、かなめも、仕事にのめり込んでいった。



電話が鳴って、我に帰った。忘れていた吉野くんのことまで思い出すなんて、本当にどうかしてるよね、と笑った。

電話の相手は大介だ。

「なに?ホストクラブなら行かないよ」というと「今、ひま?」

時計を見ると、夕方の4時前だった。

「池袋にいるんだけど、ひまなら出て来いよ」と言われた。池袋なら近いし、まあいいかと出かけた。

池袋のコーヒーショップに行くとノートパソコンを睨んでる大介を見かけ、前に座り

「なに?話でもあるの?」

「久しぶりに会ったのに、その態度はないだろ!大ちゃ~ん、久しぶり、会いたかったぁ。とか

ないの?それじゃ男にモテないぞ」

「余計なお世話」

「あれ?今日、仕事は?」

まったく、自分から呼び出しておいて

「辞めたの」

「いよいよ結婚か?」

「ううん、別れた」

「何で?」

説明するのが面倒なので「いろいろ」とだけ答えた。

大介はそれ以上何も聞かず、「ひまならさ、明日、房総まで、ドライブ行かないか?会わせたい人がいるんだ」


たまには、ドライブもいいか、とかなめは大介と房総に行くことにした。

10時に待ち合わせをして、お昼には南房総に到着した。

お店は一見、カフェ風だが、入るとカウンターに招き猫がいたり、奥の棚には日本酒が並んでいた。

カウンターの中から懐かしい顔が見えた。

頭には白髪が混じだしていたが、変わらず愛嬌のある顔で「かなめちゃん、久しぶり!」と声をかけてくれた。大学の頃にバイトしていた居酒屋のマスターだ。

辺りを見回すと、お客は大介とかなめの2人だけだ。

「ここは平日はひまなんだ。観光客が多いし、今日は本当は定休日だけど、2人が来るっていうから特別に開けたんだよ。ちょっと待ってて」といい、昼食を作り始めてくれた。

調理している頃から匂いで分かった。

はい、どうぞ!とオムライスを2人分だしてくれた。

バイト先でのランチの一番人気だった、和風デミグラスソースのかかったオムライスだ。

「はい、サラダとスープ」と奥の方から加奈子さんも出てきた。

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