第18話 そうなんでした




「寒いですわね」

「時事ネタ?」

「そうですけど」


 雪山の中腹、然程しっかりした装備も身に着けずに立ち尽くした姫と僧侶は、吹雪く寒空を見上げてそう呟いた。




◇ ◆ ◇




 その日の朝の話。

 冷え込んだ庭先を眺めながら鼻水を啜る姫は、元気よく遊びに出かけようとするまーちゃんに小さく挨拶を交わしながらくしゃみをした。


「魔族は寒さもへっちゃらですのね」

「すっごい寒いよ?」

「じゃあもうちょっと寒そうにしなさいな」

「へへ!」


 やけに上機嫌に笑うまーちゃんを見て、姫はどうしたのかとその顔を静かに覗き込む。


「これだけ寒ければ、きっと雪山のほうにあれが現れると思うよ!」

「あれ、ってなんですの?」

「シャーベットスライム!凍った果実とか、野菜とかをたくさん食べてあまーくなったスライムだよ!外側がおいしいシャーベットになってるの」


 シャーベットかぁ、と姫は小首を傾げる。

「…この寒さで、それはあんまり魅力的には感じませんわね。温泉みたいにコーンスープが湧き出す泉とかはないんですの?」

「どうだったかなぁ…スープじゃないけど、トウモコロシ畑はちょっと向こうの丘にあるよ。それも採りに行く?」

「トウモロコシと言い間違えてるのか、本当にトウモ殺しっていう生命体なのか」


 串刺しサトウキビや人食いアーモンドを思い出しながら、姫は嫌そうに身を引く。


「シャーベットはね、次の夏まで取っておいて暑い日に食べるの。冬場でも、あったかい部屋であったかい飲み物と交互にシャーベット食べるのは気分が良いってお父さんが言ってたよ」

「そんなサウナと水風呂みたいな…まあ、悪くなさそうですけど」



 そんな話をしていると、興味ありげに後ろで話を聞いていた僧侶が話に混ざろうと近寄ってきていた。

「雪山かぁ。姫様、スノボ興味あるって言ってなかったっけ?」

「全く言ってませんけど…」

「私は言った」

「え、じゃあ何で今…えっと…ん、今頭使って喋ってます?」


 困惑する姫をよそに、まーちゃんは「スノボがしたいならお父さんにお願いしてみようよ。遊びながら、スライム探ししよ?」と跳ねるように足踏みをした。


「雪山探索イベントですわね…まあ、冬らしくていいかもですわね?」

「決まり!じゃあ、お父さんにお願いしてみるね!ちょっと待ってて!」

 そう言って、軽い足取りでまーちゃんは姿を消す。




 そこから数分後。

「いいって!」

 そうまーちゃんが嬉しそうに帰ってきてから、ものの数時間で人数分のスノボ用具の準備が出来たとの連絡がしたっぱ魔族経由で伝わり、姫達は先んじて雪山がある方角へと移動を開始していた。




◇ ◆ ◇




 そして、今。

「どうしてこうなったのか」


 彼女達は、碌な装備も無いままに遭難していた。


「だから言ったじゃん、姫様」

「なにを?」

「興味本位で山を歩き回っちゃいけないって」

「好き勝手歩き回ったの、あなたじゃありませんでした!?」

 あまりに身勝手な振る舞いを繰り返す僧侶に、姫は耐えかねて声を上げる。


 その場には彼女達のほかに誰もおらず、完全に二人は孤立する状態で困り果てていた。



「ああもう、今日は一体どうしたんですの!?どうにも考えが浅いというか、いつもの冷静さが無くなって完全に脳直で喋っているというか…」

 そう言って僧侶の額に手を添えると、彼女の顔が異様に熱くなっていることに、ようやく気が付く。


「こいつ…めちゃくちゃ風邪ひいてやがりますわ…!」

「えへへ、雪、きもちぃ」

「うわぁぁ!この気温で寝転がるのはやめてくださいまし!あと、そこ雪じゃなくて水たまり!死ぬって!」


 慌てふためいて、僧侶の服に水が染み込み切る前に彼女を抱き起す。


「こいつさては朝から…お、おわぇ…寒い…」

 ある程度の防寒はしているとはいえ、雪山用の装備は魔王に持ってきてもらうつもりでいた二人は、とても環境に適しているとは言えない上着しか身に着けていなかった。


「というか、この時期の雪山は危険と言う程寒くは無いって聞いてたんですのよ…おかしいですわ、明らかに寒すぎますわ」

「夏夏冬冬、春と秋は無い、この惑星はもうおしまいだぁ」

「ほんとですわよ」

 そう言いながら、姫はなけなしの体力で僧侶に治癒魔法をかける。


「効いてるのか効いてないのかわかんねぇですわね」

「いいよ、姫様、魔力勿体ないよ」

 いきなり冷静になった僧侶は、やや濡れた上着を軽く絞りながら体を起こした。


「後から勇者様達も来るって言ってたし、どこか避難できそうなところ探そう。私、多少吹雪いても遠くが見えるスキルは使えるから」

「まったく…有難いけど、マッチポンプなことこの上ないですわ」

 そんな文句を言いながら、姫は僧侶の跡を着いて歩き始めた。




「見て!ツララダケだよ、この地域に生えてるなんて珍しい!採っていこう!」

「避難先を探しなさい!」




 そこから風を凌げる洞窟を見つけるまで、二人はあちこちに方向転換しながら十数分歩き続ける。


 助かった、と言って二人が駆け込んだ洞窟の中。

 そこには、気持ち悪いほどに蠢くシャーベットスライムの姿があった。


 ―――二人は、絶叫しながら洞窟から逃げ出した。



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*魔王城に『パティスリー姫』が開店しました 枯木えい @atus-P

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