第11話

俺の家はじいちゃんの代から続いている総菜屋だった。


「駿~帰ってきたの~?」

自分を呼ぶ声が聞こえてきた。

声がするほうへ行くと母が千花の頭をなでながら心配そうな顔で

振り向いた。


「なに、どうしたの?」

「なんだか熱があるみたいなの。」

「どれくらいあるの?」

「さっき計ったら38度だった。」

「まじか。」

いつも元気な妹の頬は赤く染まっていていつもより気だるそうだった。

「私、今日お店に行かないといけないのよね。

でも駿に任せるのも心配だし。」

「バイトの人は?雇ったって言ってたじゃん。」

「そうなんだけどね~。来月大事な試験らしくて先月から休んでるのよ。」

なんだか嫌な予感がする。

「千夏は?」

「今日は帰るの夜になりそうって。」


はぁ。仕方がない。

母ははっきりとは言わないが俺が言うのを待っているかのように感じる。

それに熱のある妹を俺一人で看病するのはさすがに怖い。

「今日は厨房誰がいんの?」

「えっと、確かお父さんとおじいちゃんがいるはずだけど。」

{かわいい妹のためには仕方がないことだ。

俺のこの感情は千花には関係のないことだ。}

そう自分に言い聞かせて腹をくくる。


「俺、代わりに行くよ。何時から何時までなの。」

「いいの?」

そう聞き返されて少しいら立つ。

はっきりと言わないくせに、俺の決定にさせたいくせに、

めんどくさいんだよ。

「そう言ってる。」

「5時からラストまでなんだけど。」

「わかった。」

今の時間は2時過ぎ

今から準備をすれば十分間に合うだろう。


すこし憂鬱な気持ちはあったが、何とか準備して家を出た。




夏樹惣菜店は踏切を渡る手前の交差点沿いにある店だった。

じいちゃんと父さんは仲がいい。

どちらかというと、俺が二人のことを嫌っていた。

それが伝わらないように取り繕うことがめんどくさかったので

避けていた。



店の裏口から入るとじいちゃんと目が合った。

「駿。」

少し驚いた顔を一瞬してまた手元に目をやった。

「じいちゃん。  お疲れさま。」

「どうしたんか?」

「母さん今日千花が熱出て来れなくなったから代わりで来たんだけど。」

「そっか。」

「レジすればいい?父さんもいるし厨房は足りてるでしょ?」

「あぁ。」


エプロンを付けてレジの前に立つ。

仕事内容はシンプルだが、

客が来たら愛想を振り向かないといけないし、

厨房の状況も把握して注文を取らないといけない。


案外簡単そうに見えて面倒な仕事だ。



「こんにちは~幕の内弁当3つお願いします~」

どこか聞き慣れた声がしたような気がした。

どうせ昨日のあいつらだろう。


「すみません、幕の内少し時間かかりますがいいですか?」

そう言いながら振り返ると、目の前には小さいころにたくさん遊んでくれた

咲ちゃんがいた。

「咲ちゃん?なんで?」

「?」

「俺だよ!駿だよ。」

「駿くん?大きくなったね~何歳になったの?」

「この前17になったよ。」

「そっかそっか、じゃあ私の義理の妹ちゃんと同い年だね。」

「そうなんだ。」

「そうそう、幕の内時間かかるなら待っとくね。」

「あ、わかった。」


厨房のほうへ注文を通す


「あのさ、咲ちゃんは何でここに来たの?」

「ん?私結婚したんだけどね」

「マジで?おめでとう!ずっと言ってたもんね。」

「なにを?」

「覚えてないの?咲ちゃん昔『自分が好きになった相手と恋人になれたら

そんな素敵なことはない』って言ってじゃん。」

「え~そうだったけ?改めて聞くとめっちゃ恥ずかしいね。」

「そんなことないよ。」

「話は戻るんだけどね、妊娠がわかって

やっぱり子供はのびのび育てたいなって思ってさ、」

「ふ~ん。」

「まぁそんな感じ。」

昔からのんびりしていた咲ちゃんにぴったりだと思った。

「そうなんだ。性別はもうわかってるの?」

「うん。女の子」

「へ~。名前は決めたの?」

「ふふ、それがねうちの旦那 結城翔っていうんだけどね

妊娠分かっってすぐに女の子なら笑真、男の子なら伊吹って名前候補つけててね、」

「さすがに早くね。」

「そうでしょ。まぁそんなとこもいいんだけどね、」

「のろけかよ。」

「まぁそうだけど事実だから。」

「ハイハイ。」


「駿、幕の内3つできたぞ」

後ろでじいちゃんが袋に入れながらそう言った。

「了解っす。」

「おじさん、ありがとうございます。」

じいちゃんも父さんも頭を下げるだけで

微笑みもしなかった。

「はい、幕の内3つね。」

「はい1500円だっけ。」

「うん。」

「はい。」

「ちょうどだね。ありがとうございました。」

「駿くんもお疲れ様。またね。今度うちの家族紹介するよ。」

「おう。」


店の外へ出る咲ちゃんの姿を見ながら

俺は楽しかった思い出を久しぶりに思い出していた。






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