第2話
見慣れない天井。
肌にまとわりつくような湿気を帯びたような空気に少しの不快感を感じながら
寝っ転がっていると年の離れた兄の声がした。
体を起こし、声のする方へ足を動かした。
畳の跡がふくらはぎに残って汗で畳の粉がへばりついた。
変な感じだ。
声のするほうへ行くと、兄と姉が出かける用意をしていた。
「じゃあ、俺たちは役所に行ってくるから、
その間留守番頼んだぞ。外行くなら、鍵かけてけよ。」
「うん。デートごゆっくり~」
そう少し揶揄うような声で兄たちを送る。
「茶化すなよ。さき~。早めにいかないとほかにもよるとこあるんだろ~?」
「は~い。」
咲と呼ばれているその人は、私の義理の姉だった。
「桜ちゃん行ってくるね。何かいるものある?」
サンダルを履きながら、私にそう尋ねてきた。
「とくにはないけど、アイス食べたい!」
少し幼い声でそう答えると、咲さんは笑いながら、分かったと答えた。
二人を見送った後、新しい自分の住む場所を探検した。
3人で暮らすには広すぎるかも知れないけど
すごく落ち着くようなどこか懐かしい和風な家だった。
基本的には日本家屋の見本のような外観に内装だった。
ただ一つ 私の部屋は違っていた。
階段を上りすぐの扉を開けると、5畳くらいの洋室の部屋があった。
他の部屋は和室なのにココだけ洋室だった。
大家さんの都合らしい。
部屋の中には机、ベットに荷ほどきをまだしていない段ボールに
カーテンもまだつけていない大きな窓があった。
部屋の中に入り、窓を開けてみた。
開けると同時に風がふわっと勢いよく部屋の中へ入ってきた。
目を開けると広い砂浜と真っ青な海が見えた。
「海だ。」
日の光に当たって、きらきらと輝く姿がすごくきれいで
急いでカバンの中からフィルムカメラを手に写真を撮った。
それからどれくらいたっただろう。
階下から、声がするまで私は窓から離れられなかった。
今思うと、私は海に見惚れたんだと思う。
「さくら~。ほらアイス買ってきたから、先に食べるよ~」
急いで階段を下りて、咲さんが手にしている荷物を半分持つ。
「ありがとう。」
「全然だよ。咲さん一人の体じゃないんだから、」
にこりと微笑んで台所へもっていく。
「私はこれで翔と桜ちゃんはこれね。」
「ありがとう。」
「サンキュ。」
「あのさ、兄ちゃんたちに聞きたいことがあるんだけど。」
引っ越す前からずっと気になっていたことを聞いてみることにした。
「なんだよ。」
「ほんとによかったの?これから咲さんも兄ちゃんも大変な時期になるのに
引っ越しとかして。」
「なんだよ、いきなり。」
「いや、ずっと気になってて。」
去年、新婚さんの二人の家に住むことになって
そのあと何か月かして咲さんの妊娠がわかって、
兄たちは引っ越したほうが私がのびのびできると考えて、
咲さんのつわりが落ち着いたころにこの地へ引っ越してきた。
前に住んでいた町のほうが医療機関も充実していたし、
この大事な時期にこんなリスクを背負う必要はなかったのかもしれない。
次の言葉を聞くのが怖くて、責められるのが怖くて、
ぎゅっと爪が手の肉に食い込むくらい手を握り締めた。
「いいのよ桜ちゃん。ここは私がもともと住んでいたところだし、
信頼できる人もいるから、
それに桜ちゃんは私がつわりで本当にしんどかった時
何も言わずに助けてくれたじゃない?
私、本当に感謝してるの。」
咲さんはそう言って私の手を優しく包んでくれた。
「そうだよ。俺も咲もおなかの子も大丈夫だよ。」
兄さんもそう言って咲さんのおなかをなでながら、
私の手と咲さんの手を握り締めた。
そのあと兄さんは手をパンと鳴らして、
「よし、この話はここで終わり!」
「そうだね。アイスもう一回冷やしなおそうか。」
「だな!」
二人がそう話すのを聴きながら
溶け切ったアイスは冷凍庫に入れた。
冷えたアイスが爪の跡が残った手のひらに染みた。
「翔ちゃんこれにして正解だったね~。もう一回冷やせるから。」
「だろ~!桜~俺のチョイスなんだぜ!」
「ハイハイ。ありがとう~。」
「ふふふ。あれ、桜ちゃんどこか行くの?」
「うん。ちょっと海行ってくる~。」
そういうのと同時に私は家を出た。
坂を下りて、踏切を渡ると
白い砂浜と真っ青な海があった。
「きれい。」
そう呟きながらサンダルを脱いで砂浜を走り出す。
笑いがこみあげてくる。
「あっつ~!」
バチャバチャと音を鳴らしながら、一気に海に足を入れる。
特別冷たいというわけでもないけれど、
すごく気持ちよかった。
ふと後ろを振り返ると、男の子が歩いてきた。
カメラを手に持っていたので
思わず
「なにしてるの?」
と声に出していた。
{声に出てた。他人と話すの苦手なのに。}
茶髪がよく似合うその子は
「べつに」
と答えた。
そのあと彼は、帰りの足の心配をしてくれた。
でも、私にとって、それはどうでもいいことだったので
「だいじょうぶ」と答えた。
それからしばらく無言が続いて、気まづくなったのか、
彼は帰っていった。
肩にかけてあったカメラでは写真は撮らなかったし、
人のことを横目でちらちら見てくるし、
変な人だと思った。
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