4話 不穏な指先

普段よりも足早に、鋼に包まれた施設の中を駆ける。

足音が鉄で出来た道に響いて、自らの存在を知らせない方が難しい状況だ。

そんな、ある意味防衛に適したこの敵地で私はあのアンドロイドを探している。


「確か、この先にあのアンドロイドがいるはずです……!」


潜入するには厳しいこの施設を、最大限あの機械兵器に見つからないように、私は今防衛施設内部の通路を進んでいる。

……遠目から見たあの黒髪のアンドロイド。

ソレイユお姉様は何も感じていなかった様子ですが、私が見たからは、何か不気味な感じがした。

だが、私の感じたその感覚の原因は全くもって掴めていない。

普段、勘の鋭いお姉様でも何も感じないとなると、私の勘違いの可能性も考えられる。

でも、その可能性すら否定したくなるほどの、それ以上の何か恐ろしい雰囲気を私はあのアンドロイドから感じている。

今まで味わったことのないような感覚。

まるで、彼女の周りだけ、……。


「…………!」


私は咄嗟とっさに自分の身体を近くにあった資材の物陰に隠して、通路の先を覗く。

コツ、コツと何かが複数、向こうの曲がり角から歩いてくる音が聞こえる。

機械兵器が数体と、その中心に一人。

黒くて長い髪を持つが立っていた。


「……いた」


さっき見た、不気味なアンドロイドだ。

私は深く息を吐き出し、杖を握りしめる。

既に、敵は私の射程圏内に入っている。

相手はこちらに気づいていない。

……仕掛けるべきか。


「考えるまでもありません。脅威は、ここで取り除く……!」


私は物陰から飛び出して杖を彼女に向け、体内の回路を動かす。

相手もこちらに気づいたようだが、もう遅い。

座標も、出力も、既に調整済みです……!


「はあっ!!!」


杖の先から、雷撃が機械兵器とアンドロイドにむかって放たれる。

この高電圧を食らえば、ありとあらゆる機械はすぐさま機能不全に陥るでしょう。


「ひ、っ…………!」


十数メートル先のアンドロイドが怯えた声を出すと同時に雷撃が直撃し、爆発が起こった。

どうやら正確に当たったらしい。

ならば、このまま畳みか、け……。


「な……!?」


勢いよく前に向かって走っていた足を止め、彼女の方を見る。

爆風によって立ち上った煙が晴れると彼女は傷ひとつなく、腕で顔を隠すように立っていた。

しかも彼女の後ろにいた一体の機械兵器も無傷だ。

手前にいた二体は確かに攻撃を受けてその場に倒れているのに、その様子とは打って変わって灰や煤の一つすら着いていない。


「な、なんで、すか…………」


目の前のアンドロイドは怯えているような、か細い声で私に尋ねる。


「貴女がレクセキュアの新兵器、ですね」


私はそう言いながら、再び狙いを定める。

敵の新兵器である以上、正直言って会話を交える必要すらない。

ここで破壊する。


「北部近海地区の奪還に参りました。今からあなたを破壊します」


杖を天に掲げ、空中に氷塊を無数に作り出す。

一点を狙った電撃で仕掛けても、全くもって効果が見られなかった。

先程の攻撃は手前の機械兵器には当たってはいたが、彼女に対しては全くの無意味だった。

ならば攻撃の性質を変えて、相手の機能ちからを確かめる……!


「はあっ!」


無数の氷塊を敵アンドロイドに向けて飛ばす。


「っ……!」


「……!あれは……!」


私の目の前に、異様な光景が広がっている。

黒髪のアンドロイドが手を突き出すと、氷塊は全て彼女の目の前で落下していく。

私の使う防壁と同種のものだろうか?と考えはしたが、どうにも違和感がある。

攻撃が弾かれているというよりは、氷塊が彼女の前で急に勢いを失い落下している。

私のとは明らかに性質が違う。


「ならば……!」


今度は彼女を中心とした半径十メートルを指定し、風を操って竜巻を起こす。

これだけの広範囲、かつ全方向からの攻撃ならば、防げはしないはずだ。

後ろに控えていた残り一体の機械兵器は突風に巻き込まれ、遠くへと吹き飛ばされる。

これで、残りはあのアンドロイド一体だけ……!

だが、そう考えた途端に突然風そのものが消滅した。

やはり、その風の中心で彼女は無傷で立っている。


「…………あの」


目の前のアンドロイドが再び口を開く。

……何かをされる前に、攻撃を加え続けるべきだ

私はそう考え、彼女に杖を向ける。


「手荒なコトは、やめませんか…………?」


「………………はい?」


目の前の敵性存在から、意外な言葉が飛び出た。


「そのぉ……私、戦うのは苦手で…………でも、ここを渡さないようにとも言われてるんで………………出来れば、退いていただけませんか……?」


……何なんでしょうか、この目の前のアンドロイドは?


「今更何を言っているんです?……そもそも、こちらに侵攻を仕掛けてきたのはあなた方では?でしたら、あなたがここを立ち去るべきだと思いますが」


「うう……ですよね…………でも………………」


敵アンドロイドはおろおろと困った様子で口ごもっている。

……なんだか、煮え切らない態度に段々イライラしてきました。


「……これ以上、会話をする必要はありません。ここで消えて貰います!」


構えたままの杖から再び電撃を、今度は連続で叩き込む。

しかし先程と変わらず、全てやはり彼女の目の前で消滅しているようだ。

……状況は変わらないが、少し分かったことがある。

それはです。

彼女は攻撃を食らう直前に、手を突き出している。

それは電撃の時も、氷柱の時も同じだった。

恐らく突風を起こしたときだって、その手一つ振るって風そのものを消したのだろう。

つまり彼女が手を掲げると、その手先の攻撃が消滅する、というわけです。

どういう原理かは分からないが、あれをなんとかしない限りこちらの攻撃が届くことはない。


「うう……助けてください。シオンお姉様ー……」


彼女は若干涙ぐんでいる。

どうやら本当に戦闘をする意思はないらしい。

その証拠として、先程から一切攻撃をする気配がない。

攻撃をやめて睨んでも、彼女は困った様子のままこちらを見つめているだけだ。


「……何故、攻撃してこないんですか」


その戦場では考えられないような彼女の様子に、つい問いかけてしまった。


「うう、私、攻撃手段なんてほとんどありませんからぁ……機械兵器たちも居なくなってしまいましたし……」


縮こまった様子で目の前のアンドロイドはそう告げた。

わざわざ攻撃手段がないことを伝えるなんて、本当に何を考えているのでしょうか。

ですが、こちらにも相手の守りを突破する方法が無いのも事実。

この状況を打破する方法は……。


そう考えていると、突然海の方から爆発音が鳴った。


「っ…………!」


びくっ、と目の前のアンドロイドが目をつぶった。

───今だ。

私は急いで走り出し距離を詰め、そのままスライディングで彼女の懐に潜り込む。

この距離ならば、先程の防御手段は使えないは、ず───。

杖の先を、彼女の顔面に向ける。


「…………!?」


私が杖を彼女の頭に向けるのと同時に、彼女の左手が杖の先に、右手が私の顔面に迫っていた。

……何かが、まずい。

ひやりと、背筋に悪寒が走る。

生き物としての本能など無いアンドロイドであるはずの私が、直感的に生命の危険をひしひしと感じている。

今までに無い恐怖と焦り。

死、というものが目の前にある感覚。

まるで、底の無い穴に落ちていく様な……。


「っっ…………!!!」


咄嗟に杖を思い切り横に振るい、彼女の両手を弾く。

そのまま地面を足で蹴って転がりその場を離れ、伏せた体勢のまま、彼女を睨む。


「…………貴女、今、何を」


背中にぞわりとした感触が今も残っている。

こんなことは初めてだ。


「………………」


彼女は黙っている。

どうやら秘密を明かす気は無いようだ。

……このまま戦い続けるのは危険だ。

私のが、それを告げている。

それに、心なしか、身体が重い気がする。

……ですが。


「ここで、退くものですか……!貴女はここで排除する!!!」


立ち上がって再び杖を振るい、彼女の周りに竜巻を発生させる。

……だが、これはあくまで目くらましだ。

この隙に、背後に回り込む……!

走って彼女の横を通り抜ける。

再び数秒のうちに竜巻が消滅するが、時間は十分に稼げた。

彼女の背後を見据え、杖を向ける。


「っ…………!」


相手もこちらの位置に気づいたようですが、もう遅い……!


「はぁぁぁっ!!!」


一瞬のうちに放たれた雷撃は、彼女に直撃した。


「ぐ、っ……」


彼女はよろめいたが、すぐに踏ん張って体勢を崩さなかった。

どうやら当たりはしたものの、致命傷とはならなかった様子。

……さて、どうするべきか。

今の一撃で仕留めきれなかった以上、同じ手段を用いても対処されるだろう。

彼女のによって攻撃を阻まれてしまうため、死角から攻撃することは倒す上での必須条件ですが、この場所は隠れられる場所も少ない。

彼女の目をあざむく方法をなんとかして考え出さなければ……。


数秒の間、睨み合いが続く。

距離としては十数メートル。こちらの攻撃範囲ではあるが、無駄に攻撃してもそれが目の前の敵に届くことは無い。

つまりは膠着状態こうちゃくじょうたいだ。


「…………ん?この音は…………」


遠くの方から、規則的な足音が聞こえる。

どうやらこちらに機械兵器が───それもかなりの数、近づいてきているようだ。


「…………私一人じゃ、不安だったから…………増援、今、呼びました…………」


「&%?{_?{~(#=#!=----!!!」


奇怪な音がした上のほうを見上げると、両端の建物の上に機械兵器が十……二十体ほど立っている。

そのまま次々とこちらへ飛び降り、目の前のアンドロイドの周りを固めていく。


「くっ……!」


機械兵器が数十体程度なら、正直どうにでもなる。

対集団戦は私の得意分野ですから。

しかし問題は、どうあがいても今の状況では彼女を倒せないことだ。

このままでは機械兵器に対処しているうちに、こちらがエネルギー切れを起こす。

……こうなった以上、仕方ない。

風と炎の魔晶回路を起動し、力を杖に込める。

二種類以上の魔晶の力を起動させるのはあまり慣れないが、この状況を切り抜けるためにはやるしか無い。


「風力、熱力……調整、および同期完了……!はぁっ!」


杖を横に振り、炎の波を発生させる。

機械兵器を複数体同時に焼き払える、広範囲の攻撃手段。

だが今回は、私がための目くらましとして利用させてもらう。

私は炎を放つと同時に、狭い脇道のほうへと走り出す。

さっき遠目から確認した情報では、この先を通って左に真っ直ぐ進み森に入れば、フローヴァ軍の軍事車両があったはずだ。

そのまま速度を緩めることなく、脇道から飛び出す。

目線の先には海が広がっている。

先程の爆発音は海の方から聞こえたが、今はそんなことを気にしている場合では無い。

かく、敵を振り切る必要がある。

脇道の方から追いかけてくるのと、施設の上から飛び降りてくる機械兵器が複数。

前も後ろも塞がれているが、周りに居るのは所詮ただの人型機械兵器、破壊することなど容易だ。


「はぁっ!」


風を起こし、それを刃状にして周りに飛ばす。

風の刃で首を一気に切断し、無力化したところを抜けて山の方へと走る。


周りを見渡すが、さっきのアンドロイドが追ってきている様子はない。

どうやら本当に本人が戦う気は無いらしい。

しかし、次々とこちらに機械兵器はやってくる。

自身は戦わず、機械兵器のみをけしかけてくるとは、随分と舐められているようだ。


「……ふっ!」


やや力任せに魔法を振るい、機械兵器を破壊しながら突き進む。

……そうだ、撤退の連絡を軍の方に入れなければ。

そう考えていると、逆に軍の通信部隊の方から連絡が入った。


「リコリス・シャリデール。今現在、ソレイユ・サニーラが撤退を始めた。そちらも交戦を中止し、通信部隊の方までまで帰還せよ」


「……了解しました」


どうやらソレイユお姉様も撤退したらしい。

……この様子だと、敵の新兵器アンドロイドはどれも私達よりも強力な存在のようだ。

なんとかして対策を練り、撃破する必要がある。

だが、それよりも心配なことが一つある。

それは私達が戦った奴らとは別の、のアダバナのことだ。

今回の作戦において、北部近海地区と南西部旧経済地区の二ヶ所で敵のアダバナの侵攻があった。

私達の居る北部近海地区には二体のアダバナがいたが、南西部旧経済地区には一体だけだ。

一見後者の方が戦力が少ないように見えるが、これは裏を返せばと言うことになる。

恐らく、私達が戦ったアダバナよりも強大な敵となるだろう。

今、南西部旧経済地区にはリリィお姉様が向かっている。


「お姉様…………」


一抹の不安と共に、私は防衛施設を後にした。














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