3話 対アダバナ侵攻防衛作戦
「リコリス、ちゃんと見えてる?」
わたしは通信越しでリコリスに確認する。
「ええ、こちらも視界は良好です。ソレイユお姉様」
わたしとリコリスは今、北部近海地区───例のアダバナ、かもしれない新兵器がいるとされている場所に来ていた。
もう春だというのに、この場所はけっこー寒い。
敵に奪い返された防衛設備、その付近にある山間部の森林の影に隠れていても、冷たい潮風が鉄の身体に吹き付けている。
「はぁ~……はやくフローヴァにかえりたーい……」
「そうは言っても、慎重にならざるを得ない以上、手早く終わらせるのは難しいと思いますよ」
わたしがそうぼやくと、リコリスはいつも通り通信越しで現実を突きつけてくる。
……リコリスのこういう正論をズバッと言ってくる所は、ちょっと生意気。
「分かってるけどさぁ~……。それで、噂のアンドロイドは見つかった?」
「いえ、まだ……あ」
リコリスの言葉が切れる。
「見つけた?」
「……ええ。確かにあれは、私達と同じ……アンドロイドです」
意外に速く見つかったみたい。
堂々と
「へぇ、ホントにいたんだ。……それで、特徴は?視覚同期で見せて貰っても構わないけど」
「いえ、口頭だけで十分です。黒くて長い髪に、赤と黒の……ドレスのようなものを着ています。それと……なんか、気持ち悪い感じがします」
「……はい?」
リコリスが珍しく、あまりにも
普段、彼女はそんな
「なんというか……不気味で、見てると寒気がしてくるというか……おぞましいというか」
「あー……リコリス?ごめん、どういう感じなのかぜんっぜん伝わってこないんだけど。やっぱり視覚同期をおねがい」
「……分かりました。今、視覚情報をそちらに送ります」
リコリスがそう言うと、すぐに彼女の視界の様子が送られてきた。
そこに写っていたのはリコリスの報告通り、黒い長髪の、綺麗なドレスの上にケープを纏った女性が写ってる。
丈の長い、ゆったりとしたドレスで素肌はあまり見えないが、鈍色の鉄で出来た両手から、彼女がアンドロイドであることは分かった。
その鉄製の両手は鉤爪のようにも見えるが、そこまで長くはないし、兵器としての高い殺傷力はそこまで無さそうに見える。
前髪が片目を隠しており、少し陰鬱な雰囲気もするが、リコリスが言うような不気味さや、気持ち悪さは感じられない。
「うーん……。確かに暗そうな雰囲気だけど、気持ち悪いって感じはしないなぁ……」
「そうですか……」
リコリスは納得いかないようイントネーションで返事をする。
「何か、気になるところでもあるの?」
「なんて言うんでしょう……その、生理的に無理な雰囲気が……」
「は、はぁ……」
生理的に無理、ときたか。
送られてきた敵アンドロイドの姿からは暗い感じはしても、気持ち悪さや生理的に無理といわれるほどのような容姿の悪さはない。
むしろ色白な肌や髪の隙間から覗く赤い瞳、背の高さやツヤのある髪の質感からは、かなり美人寄りといった印象だ。
「……とにかく、敵性存在を確認した以上、交戦に移ります。もう片方のアンドロイドに関しては任せますね?では」
「あっ、ちょっと待っ───」
……通信が一方的に切られてしまった。
敵アンドロイドを見つけてから、リコリスの様子が少しおかしい気がする。
機械兵器のなかにはぶっちゃけ冒涜的な見た目のソレもいたりするが、そんなときでもリコリスは特に主観的な感想を言うことはなかった。
それがあの黒髪のアンドロイドに対してやけに拒否反応と……通信越しでなんとなく伝わってくるイラついた雰囲気は、一体どういうことだろう?
……なんかイヤな予感がする。
「はぁ……と言っても、今どこに居て、敵アンドロイドをどこで見たかも聞き忘れちゃったし、リコリスに言われたとおり、もう片方でも探しますか」
今回はちょっと冷静さを欠いている気がするが、リコリスはわたしの頼れる妹だ。
彼女のことを信頼して任せちゃっても、まぁ、問題は無いだろう。
わたしは意識を切り替えて森の影から顔を出し、防衛設備の方を見る。
「……ん?」
目を凝らして探そうとしたとき、かすかに声が聞こえた。
少女の声。
近くに人が居るとしても、うちの軍の人間だけだ。
そんな小さな子供の兵士など、居るはずがない。
この声はわたしの目線の先、海岸沿いの防衛設備、その
この場所まで聞こえると言うことは、かなりの大声で話しているハズ。
わたしは目線を埠頭の方へ集中する。
3キロくらい先に、その小柄な姿が見えた。
水色のツインテールに黒と白の……ゴスロリ服?を何故か着ている。
両足が少し細長い機械で出来ている、身長がわたしと同じ……いや、多分わたしよりもちょっと小さいアンドロイド。
だが、それよりも気になるのは彼女の左手に握られている、彼女の身体よりも大きな鎌だ。
刃の根元にはエンジンのような装置がついていて、中心が
……刃こぼれでもしているのかな?
そんな異様な武器を持ち、異様な格好をした彼女はどうやら機械兵器に指示を出しているみたい。
でも、その内容まではここからじゃ聞き取ることはできなさそうだ。
「…………うぅん?」
視界の先にいる彼女の様子が何かヘンだ。
大きな身振り手振りで何かを言っている。
心なしかさっきよりも声が大きい。
「あ」
次の瞬間、彼女は機械兵器をその鎌で思いっきりぶった切った。
……どうやら、怒り心頭といった様子。
そんな思いもよらぬ仲間割れ?を見てこれはチャンスなのではと思い、わたしは山を駆け下りる。
「……なんかよく分からないけど、ただ事じゃなさそうなうちに近づいちゃおうか」
とん、とん、と飛ぶように斜面を駆け下りる。
──直線距離で言えば3キロ弱だが、さっきの鎌を持ったアンドロイドの所まで行くには山を駆け下り、防衛設備をかいくぐって行く必要があるため、もっと距離は長い。
普通の兵士の速度ならそれ相応の時間はかかるけど、わたしはアンドロイドだ。
リリィお姉ちゃんほどではなくとも、結構な速さで山を駆け下りることは出来る。
そうやって森林をかいくぐり、時には副腕で折り倒しながら、一歩、また一歩と山を下っていく。
「よっ、と」
防衛設備前まで辿り着く。
森林を抜けた先には鋼鉄の壁が立ち塞がっており、一般的な方法では入れそうにない。
「さっきの所まで、直線距離ならあっちの方向に大体あと五百メートルくらい……かな」
彼女がいる大体の距離と方向を予測する。
「あとはやっぱわたしらしくゴリ押し、だよね……!」
右副腕の拳を、壁と垂直にして引く。
ふ、と息を吸い込み、
「……はっ!」
ドン!という音と共に壁を拳でぶち抜いた。
こうして大きな音を立てた以上、敵だってこちらに気づくはずだ。
……まあ、通信をぶつ切りにして突っ走ってしまったリコリスが、既に暴れているかも知れないけど。
こっからは時間との勝負だ。
できる限り最短距離で壁を破壊しながら、敵アンドロイドに近づく。
「}>`>*+>{&”(?*$`#ーーーー!!!」
機械兵器の奇妙な声がこちらに近づいてくる。
「っるっさい!!!」
副腕で襲いかかってくる機械兵器をなぎ払う。
腕の一振りだけで、機械兵器の胴体を破壊する。
こんな雑魚に時間をかけてる暇はない。
さっき見た小柄なアンドロイドのいる埠頭まで、壁を破壊しながら一直線に突き進む……!
壁、壁、機械兵器、壁、兵士、機械兵器、壁……。
次々と目の前に現れるモノを破壊しながら、どんどんと目的の場所まで向かう。
敵はこっちの動きに対応出来ていないみたいで、後から追ってくるヤツはいない。
最後の壁を破壊すると、目の前には海が広がっていた。
そのまま目線を右にやると、先程見た小柄なアンドロイドが、倒れて積み上がった機械兵器たちの上に座っている。
「ふぅ~ん。あんたが例のアダバナの一体ね」
鉄クズとなった機械兵器の上にふんぞり返りながら、彼女はえらそーにこちらを見下していた。
彼女の生意気な態度を見て、ちょっと煽ってみたくなる。
「あんたがこんな所で仲間割れしてたから、警備は割とザルだったよ?ここまで来るのもすっごい簡単だった」
「仲間?……ああ、コレのことね」
彼女は足で機械兵器の頭をツンツンいじりながら、鼻で笑った。
「シオンのことをこんな兵器と一緒にしないでくれる?こんなやつらの力、べつに必要でも何でもないんだから。さっきも、
「…………」
彼女──シオンと名乗ったアンドロイドは今、自分のことをアダバナだと名乗った。
つまりは、恐らくわたし達と同じ、もしくはそれ以上に力を持った存在であると彼女は言っているのだ。
ロゼ、という名前はここを警備しているもう一人のアダバナ───さっき見た黒髪のヤツのコトだと思う。
そうであれば間違いなく、こいつらは今後のフローヴァの障害となる。
……できる限り、ここで倒しとくべきだよね
「……いまから、あんたもソレの仲間にしてあげる」
わたしは拳を構える。
「は?なるわけないでしょ」
彼女は立ち上がり、横に突き刺していた棒を引き抜いた。
機械兵器の残骸の中から、先程見た巨大な鎌が現れる。
やっぱりこうして近くで見ても、異様な雰囲気の鎌だ。
ギザギザとした刃は刃こぼれしていると言うよりは、まるで───
「……ッ!」
彼女はいきなり、残骸の上からこちらへと飛び込む。
次の瞬間には、わたしの目の前に居た。
そのまま振りかぶった鎌を、間一髪で後ろによける。
「
お姉ちゃんほどではないけど、明らかに動きが速い。
でも、見切れないほどじゃない……!
「くっ……!」
次々と振り下ろされる鎌の攻撃を、副腕で弾く。
「へぇ……!結構堅いじゃん!!」
軽快な攻撃がどんどん続く。
あの鎌は見た目かなりの重量っぽさそうなのに、それを軽々と振り回してくる。
「でも……ッ♪」
彼女はニヤリと笑うと共に、急にぴょんとわたしの真上を飛び越え背後へと迫る。
「もらったー!!!」
空中から、地面をえぐり取るように鎌が迫る。
「ッ……!」
わたしは即座に身体を回転させ、彼女ごと鎌を弾き飛ばす。
その破れかぶれの反抗をものともせず、彼女は空中を二、三回転くらいしながら十メートルくらい遠くの地面へと着地した。
「ふぅん……案外やるじゃん。……なら!」
彼女はニヤリと笑い、鎌を身体の後ろへと引く。
あの場所からさっきのスピードで突進するつもりだろうか。
わたしは両副腕を前に回し、防御の姿勢を取る。
「っ……!?」
構えた刹那、両腕の隙間からきらりと刃が光る鎌が見えた。
……なにか、イヤな予感がする……!
咄嗟に、左へと飛ぶ。
「ハァッ!!!」
十メートル先で彼女が刃を振るうと同時に、その直線上にあった地面が
「っ……!?」
間一髪で致命傷は避けたけど、攻撃が全く見えなかった。
あいつは遠くの位置から動いてないし、他の武器を持っている気配もない。
……やっぱり、あの鎌に何か秘密がある!
「ちっ……ちょっとズレたか。ならもう一発!!」
再び鎌が光り、見えない斬撃が飛んでくる。
右へ左へと身体を動かすが、避けきれずに身体を掠める。
「その距離からでも届くなんて、ズルすぎ……っ!」
このままじゃ耐えられそうにない。
だったら……!
「攻めるしか、ないよねっ!」
思いっきり地面を蹴り、ヤツに向かって飛ぶ。
「ハハハッ!バカなんじゃないの!!!」
彼女はあざ笑うように連続で光る鎌を振るう。
次の瞬間には、その斬撃は全てわたしの身体に直撃していた。
「が、っっっ……!」
わたしの突撃は勢いを失って、そのまま地面を転がった。
シオンと名乗ったアンドロイドの見下す目線が、五メートル先に見える。
「あ~あ。もう終わり?意外とあっけないんだね」
彼女はゆっくりと歩いて、地面に伏せるわたしに近づいてくる。
「そこら辺のガラクタよりは結構面白かったけど、もう飽きちゃった。また今度遊び相手になってあげるから、今日のところは逃げ帰れば?フローヴァの負け犬ちゃん♪」
ムカつく煽り文句を聞きながら、何とか身体を持ち上げて立ち、彼女を睨む。
「そっちだってレクセキュアの犬のくせに、ずいぶんと偉そうじゃない……!」
彼女の足が、ぴたりと止まる。
「レクセキュアぁ?……ああ、そういう風に思われてたんだ」
肩に担いでいた巨大な鎌を、地面へと突き刺す。
「私はべつにレクセキュアに従ってる訳じゃないし。私が従うのはお母様だけ」
「……お母様?」
「そ、私に命令して良いのはお母様だけ。レクセキュアのことなんて、正直どうでもいい。お母様がレクセキュアとけいや……って、こういうことはお母様に口止めされてたっけ。ヤバ、しゃべり過ぎちゃった」
彼女は再び鎌を手に取り、こちらへと飛び込んできた。
……このままやられっぱなしと言うわけにもいかない!
咄嗟に千切れた右副腕を掴み、シオンに投げつける。
「きゃっ!!!」
投げた腕に直撃した彼女は吹き飛び、海へと落下した。
わたしはすぐにその場を離れ、他のフローヴァ隊員が待機している山間部へと走り出す。
……正直、アイツとこのまま戦い続けても勝てる気がしない。
今回の作戦において重要なのは、敵の新兵器がどのようなものか見極めることであって、破壊しろとまでは言われてはない。
だから悔しいけど、冷静に考えてここで退くべきだ。
山間部に潜んでる我が軍に通信をつなげる。
「……通信部隊、聞こえてる!?今から敵新兵器との戦闘から離脱してそっちに向かうから、撤退の準備を!多分リコリスの方もそろそろ撤退してくるだろうから、そっちもお願い!」
要件を簡潔に伝えて、わたしはここに来る前にぶち開けた穴を通る。
そのまま海とは反対の方向へと走って、北部近海地区を離れることにした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます