第1章 『深紅の森』幕間
『開幕序章』
ーとても、熱かった。
ー世界が、真っ赤に染まっていた。
ー大切な人は、死んでいた。
「ー ー ー!」
自分自身は、ただそこへ無惨に転がっているだけだった。
すぐ隣で、家が燃えていた。当時はまだ幼かった自身にもよく分かった。もうどうしようもないくらい、思い出の数々が消えていく事実を。
「ー ー ー!」
どれだけ必死に泣き叫んでも、声なんか出なかった。助けを求めても、誰も来ない。逃げる為の力も残っていなかった。身体は全然動かない。自身に残されていたのは、"死ぬ"という純粋な恐怖だけ。
もうそれ以外には無くて、後は自分という存在が
絶望の中、目を閉じてー。
◇◇◇
そこは、空気の薄汚れた場所だった。
学院であり、学院ではない場所。
そこを知る人々は、そんな言い方をする。
ー平屋の木造で出来た小屋のような建物。ただ遠くから見ればそれだけの印象しかないが、その内部は酷い有様だ。
その建物が一体いつから存在しているのかは不明だが、長い長い経年劣化によって木造の至る箇所に傷が生まれカビも多く、天井の一部が吹き飛んで無くなっていたり床が所々抜けている。
しかし、そんな人が居てはいけないような建物には教室があった。
教室とはその名の通り、よく目にするあの部屋の事だ。
広い空間の中に学習用の机と椅子が並び、その前方には教壇と黒板がある。そんな、ごく普通の教室。
だが、ここの教室は少しだけ違う様子だった。
机と椅子は並んではいるが、教室を埋める程ではなく、むしろ中央に六人の少女達がいるだけ。教壇には誰の姿も見当たらず、授業を行っているような雰囲気は全く無い。まるで、そこだけが外界と時の流れから切り離されたような静寂さを保っていた。
しかし、そこに集まっている少女達も全く言葉を発さない訳ではなく、一人のふとした発言から会話は始まっていく。
「ーそういえば、皆さんは聞いていますか?ここ、本日から新しい教師の方がいらすらしいですよ」
最初に口を開いたのは、綺麗なロングの白髪が特徴的な少女だった。周りより少しだけ大人びた雰囲気の少女の言葉に続けて返したのは
「初耳だ!でも、楽しみだねー!」
日焼けした肌に、黄色い髪。笑顔が似合いそうな快活な少女だった。新しい教師という言葉にワクワクしたのか、目を輝かせている。
「ー私も、楽しみ。どんな人なのかな」
それを皮切りに他の少女達も発言していく。
次に発言したのは、水色の髪をポニーテールにしているのが特徴的な少女。全体的にクールな印象があり、まだ
「ーわっ、私は正直、不安です。授業に、全然ついていけないので・・・・・・」
その次は、緑髪という少し珍しい髪色の少女。髪はおさげにしており、丸眼鏡を掛けていた。ちょっと注意されただけで怯えてしまいそうな気弱な感じが印象的だった。
「貴女は・・・・・・ふふっ、呑気に寝ているのね」
白髪ロングの少女はクラスメイトの新教師着任の感想を一通り聞いた後で、自分の膝の上で寝ていた少女を見下ろして、呆れと親しみが混ざった微笑みを見せた。白髪ロングの少女と瓜二つのその少女は白髪ショート。人の膝の上で日向ぼっこしながら、呑気にお昼寝中であった。
その光景を微笑ましく思いながら、白髪ロングの少女は首と視線を後ろへ向ける。
そこにはー
「ー何?」
見るからに目を引く美しい金髪と、紅の瞳を持つ少女の姿があった。が、その瞳は白髪ロングの少女を捉える事は無く、ずっと下を向き続けていた。
元から眼中に入れるつもりなど無いような酷く冷めた態度。だが白髪ロングの少女は気を悪くはせず、話しかける。
「いえ、貴女もこのクラスの一員なのです。感想くらい聞かせてくれませんか?ルナさん」
「ー」
ルナと呼ばれた少女は、一瞬だけ白髪ロングの少女を視界に捉えた。が、すぐにまた下を向いてしまう。
「ーどうせ皆、私を裏切る」
蚊の鳴くような、覇気の無い返事だった。
そしてぼそっと呟かれたその言葉を白髪ロングの少女は上手く聞き取れなかった。
"今、何と言ったのですか?"
そう聞こうと思った。が、ルナは席から立ち上がっていた。
ーまるで、貴女達と話しても無駄だ とでも言うように。
「私には、関係ないの。放っといて」
ただ拒絶の一言をその場に残して、ルナは教室から出ていく。周りと馴れ合うつもりなど全く無いようだった。
そんな素っ気ないルナに対し、クラスメイトの少女達の反応は様々だった。
白髪ロングの少女は心配そうな表情。黄色い髪の少女は何が起こったのか分からず、ぽかんとした。
ポニーテールでクールな少女は表情こそ動いていないが、僅かにルナを
「中々心を開いて貰えませんね・・・・・・」
"はぁ" と。
白髪ロングの少女は周りの少女達には気付かれぬよう、ため息を吐いた。"このクラスの最年長"として何とか皆を纏めなければならないのだが、あのルナという少女だけは人との関わりを極端に避けているような気がするのだ。
理由は分からない。本人も触れて欲しくない事実があるのか、頑なに話もしてもらえないのだ。皆より年上とはいえ、自身もまだまだ子供だ。今日このクラスへ来るらしい新任の教師。きっと自分よりも大人のはず。
「解決策をご教示頂くしかありませんね」
子供が解決出来ない事は大人に頼る。これは定石だ。
白髪ロングの少女はそう考えながら、気持ち良さそうに眠る白髪ショートの少女の髪をゆっくりと撫でるのだった。
◆◆◆
ー全身が痛い。
目覚めた瞬間、真っ先に頭に浮かんだのはそれだった。
そして、自分が誰かに肩を貸されている事にも気付く。
「ー兄貴っ!?」
その姿を見て、《毒蟻》のガスクは完全に意識が覚醒。自分が男ーいや、兄貴分、《雷獣》のギルードにとんでもない事をさせていると焦った。 が
「ー目が覚めたか、ガスク」
兄貴分、ギルードはガスクを
「・・・・・・」
ガスクはただそれだけの事に衝撃を受けていた。
普段の彼であれば、冷淡という二文字がそのまま似合う程の冷血漢なのに。任務遂行の為に感情を捨てているような人なのに。一体何があったというのだろうか?
ガスクが不思議そうな顔をしていると、ギルードは彼の胸中を察しているのかいないのか、こんな事を言った。
「ガスク。ー俺達は敗けたのだ」
ー敗けた。ギルードのその言葉を聞いたガスクはそれが何を意味するのか瞬時に悟った。そして。
「ー!思い出した!あのクソガキっ・・・・・・!」
ガスクの頭を怒りが支配する。彼の殺人衝動が一気に沸騰。脳裏に浮かぶのは、自身の敗北の瞬間だ。
毒に関しては己の右に出る者はいない と自信満々だったのだが、クソガキー奴は毒をもろに喰らった癖に立ち上がりやがったのだ。毒を使って戦う以上、それが相手に効かなかった時点で敗け確定、だが間違いなくあのクソガキには効いていたのだ。だから、ガスクは大いに取り乱した。
初めて訪れる無理解を前にガスクは恐怖を覚えてしまった。屈辱の感情。挙句の果てにはクソガキ渾身の打撃で気絶してしまったのだ。
「クソ!あの野郎、許さねぇ!」
次会ったら、必ず殺してやる。
ガスクが執念の決意を密かに宿していると。
「ー貴様の考えは分かる」
いつの間にか、いつもの冷たい口調に戻ったギルードがそんな事を言った。
「ークロエ=アナベル。俺と貴様が戦った男は元騎士団の男だ。不用意にぶつかって良い相手では無かったかもな」
ギルードにしては珍しい弱音のような言葉だった。今日は不思議な一日だな とガスクは思う。兄貴分の普段は見ない表情ばかりを見る。
まあ、それはそれとして今自分達二人が揃っているという事はクソガキは兄貴分がきっと片付けたのだろう とガスクは勝手に結論付けた。クソガキの事ばかり考えていても仕方無いと思い、話題を逸らす事にする。
「そ、そういやよ兄貴。俺達これからどこ行くんだ?魔石のやつ埋める為にアテがあるって言ってたよな?」
すると、ギルードは足を止めた。急に立ち止まった兄貴分に驚きガスクは僅かに前のめりになって「おっとと」
「ー。俺達が向かうのはー ーだ」
そして端的に答えた兄貴分にガスクは疑問を持つ事となるのだった。
「ん?何でそんなとこに?」
「ー幹部クラス《暴食》様より指示が俺へあったのだ。魔石の取引が失敗した場合、第二の任務を与える とな」
「マジかよ!俺ぁ初耳だぞ!?」
「元々は魔石の取引だけで済むはずだったがな。貴様がしくじったお陰でこうなったんだ。これからはもう少し己を省みるのだな」
「だ、だからよお兄貴、それは悪かったって」
反省しているのか分からない弟分にギルードは嘆息する。だが、ガスクは元からとても子供じみた人間。"まあ良い"と水に流し。
「さて、無駄な時間はここまでだ。《暴食》様も底の読めない方だからな」
最後にそう呟き、ギルードは弟分を伴って魔法都市のとある場所を目指す。
◆◆◆ ◆◆◆
ーその人物は、魔法都市全景を見渡せる時計塔の
その人物は、女性だった。
長い髪をしていて、顔は何か怪物を
右手には"不自然に湾曲した刀身の長い剣"を持っており、その剣からは魔力の胎動が感じられた。
仮にその剣を振るった場合、街の大半を消し飛ばしてしまうのでは と錯覚を覚える程の
『ーもうすぐ始まる』
女性はそう呟く。女性が立っている時計塔からは魔法都市のとある場所がよく見える。
『このアナルフィア共和国を多くの犠牲で染め上げる日まで、失敗は許されない』
女性はそのとある場所を見据えながら決意の口調と共にそう言った。
『私がきっと、やり遂げてみせる』
その女性は。
『絶対に貴女の"闇"は消してみせる。ー■■■』
アナルフィア共和国の騎士団と長き抗争を繰り広げる最悪の犯罪集団、《神の捨子》ーその幹部。ずっと絵空の存在だと思われてきた内の一人、《暴食》だった。
◇◇◇
「ーそれで、学院長。この方、目覚めないのですが。如何いたしましょう?引っぱたきますか?」
「いえ、起きるまで待ちましょう。お疲れのようですし、彼を呼んだのは私ですから」
声が、聞こえた。誰の声かは分からない。分からないが、一つ、分かる。どちらとも、女性の声だ。
機械のように淡々とした声と、優しさで包み込むような声。少女と女性だろうか?
ついさっきまで、"悪夢"を見ていたような気がする。何だか最近は、見る夢全て、自分の過去ばかりな気もする。気がするだけなので、本当に気のせいかもしれないが。
ゆっくりと目を開ける。光と共に、見慣れないものが目に入ってきた。
ベージュ色の明るい天井に無駄に豪華そうなシャンデリア。何だここは?金持ちの家なのか?自分は何故こんな場所にいるのだろうか。まさか、身代金目的の誘拐?
直前まで何をしていたのかあまり思い出せないが、もしここが自分にとって敵地なら眠っている訳にはいかない。もう騎士団は辞めているので、戦闘には若干のブレが出るかもだが。
とりあえず、誘拐犯に話を聞くか。
そう思い、身体を起こそうとして
「あっ、目覚めましたね。ですが動かない方が良いですよ、全身包帯なので。貴方」
"トンッ"
多分、額にデコピンされたのだろう。
だが、軽いデコピンの割には威力が高い。
「いてっ」
呻き声を上げて、感触的に多分高級そうなソファ?へ沈む事となった。
「こら、フィーニャ。やり過ぎですよ」
「この人、学院長をずっと待たせているので。少しお仕置きのつもりで。申し訳ありません」
「その方は私が採用した方ですから。丁重に扱ってあげて下さい」
「では、次はデコピンしないよう善処します」
「そういう事ではないのだけれど・・・・・・」
今しがたデコピンしてきた少女らしき声とその行為を
あれ?学院?採用??もしかして、誘拐じゃないのか?
何か勘違いしている気がした。
ので、首を傾けて声のする方を見た。
そこには、自分と同じくらいの背丈をした黒髪ボブの少女とほんわかした雰囲気の青髪の女性がいた。
視線に気付いたのだろうか。
少女は一歩下がり、青髪の女性がこちらへ歩み寄って来た。
そして、言うのだ。
「私はアナルフィア共和国魔法学院、学院長のアオイ=フルートンです。お待ちしてました。我が学院へようこそ、クロエ=アナベルさん」
春の暖かな陽だまりのような微笑みと共に。
◇◇◇◇◇◇
次回から第二部が本格的にスタートします。
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