ある日突然に②

 突如発生した紫色の空。戸惑う群衆の中少年二人はどうするべきか考えた。しかし、考える必要はなかった。


「ヒロとりあえず逃げよう」


「うん」


 焦りながらも二人は走り出した。どこへ向かうとも決めずに。二人の足は自然と秘密基地へと進んだ。そこなら安心できる。そう感じたからだ。


 どこへ逃げるかそんなことを考える必要はなかった。


 二人が走り出し数刻すると、とっさに腕で顔を覆うほど空が激しく光りだした。光がやんだと思えば空から大人ほどの大きさの岩石が大量に島に降り注いだ。地面に直撃すると共に周囲が爆発した。


「ウェイブ!こっちだ」


 ウェイブの腕を引っ張り暗がりの路地裏まで走る。幸い岩石に莫大な破壊力があるわけではなかった。家に直撃しても壁が壊れるぐらいだ。実際降り注いだ場所を見ても地面が少しえぐれたり建物の屋根を壊したりする程度だ。無論人に命中すればひとたまりもないだろうが。


「はぁ…はぁ…ここにいればひとまず安全だろ」


「あぁ…助かったよ。あれ隕石か?」


 路地裏で立ち止まり二人は荒れた息を整える。少ししてヒロは建物の隙間から外の様子をのぞき込む。先ほどまで降っていた岩石はやみ町はボロボロになっていた。


「でっかい岩みたいだな」


「てことはやっぱり隕石か」


「どうだろう。こんな数降ってくるか?それにあの空も不気味だ」


 そう。しばらくは何も起こらなかった。降り注いだ岩石が起こした被害はさほど甚大なものではない。あたりにいた人が岩石に近づいていった。


 パキッ!


 ふいに一つの岩石から卵の殻を割ったような音が聞こえ岩石に亀裂が走った。割れ目からは空と同じような紫色の光が漏れだしている。やがて亀裂が岩石全体に広がる。バキバキと音を立てて岩石が割れたかと思うと中から1体の生物が出現した。


「これは何だ?」


 それを見ていた男がつぶやく。周囲にどよめきが起こる。生物は狼を連想させるような体つきで体毛が黒く体中に紫の模様がある。


 生物の目が目の前にいた男を捉える。生物が動いた。と感じた瞬間には男の上半身が食いちぎられていた。


「ギャー!!」


「うわぁぁぁ!」


 あたりにいた人はみな悲鳴を上げ生物から逃げ出す。しかし、すでにこの島に逃げる場所はなくなっていた。島中に降り注いだ岩石は狼の姿だけでなく鳥のような翼が生えたいたり、他よりも数倍の大きさを持ったものなど様々な姿となり島に現れた。同じことはそのすべてが人を食べていることだ。


 島中に溢れかえった化け物は次々と人を食い殺し血と肉と臓物をまき散らす。その様は捕食というよりも蹂躙に近い。


ギィィィー!


グオォォォ!


 化け物の叫びが島中に響く。この島に逃げ場はない。そう宣告されているよう。


「うっ…」


「そんな…」


 食いちぎられる瞬間を目撃したヒロとウェイブはあまりの光景に絶句し動くこともまともに話すこともできなくなった。男を食いちぎった生物は上半身を数回咀嚼したのち吐き出した。


 生まれて初めて見る人の死。それも見たこともない化け物に食い殺される瞬間は二人を恐怖に陥れるのに十分だ。


「なぁヒロ…動けるか?」


「うん…はやく行こう」


 ここにいてはいけない。本能でそう感じ取った二人は震える体を無理やり動かし化け物から逃げようとした。だが、二人の前方には化け物ぜつぼうがいた。やつは血と唾液が混じった液体を口から滴らせ少年たちを睨んだ。


「走れヒロ!」


 ウェイブの叫びが聞こえると同時に体が全力でやつから逃げる。逃げ惑う人を目の端で見ることもできずひたすら走る。


 バゴンッ!


 突然二人のすぐ後ろの壁が壊れそこからもう一体の化け物が現れた。化け物はお互いを認知すると獲物争いをするように嚙みついたり腕で殴り合い争い始めた。


「共食いか?」


「今のうちだ!ウェイブ」


 争いあう化け物に一瞬気を取られたがまたすぐに走り出す。気づけば島で一番にぎわっていた場所についた。そこにあったはずの祭りの飾りは崩れ去っていた。


「ぜぇ…ぜぇ…ここは…大丈夫…そうだな」


 ウェイブがそういうと二人は他と比べ比較的被害が少ない家を見つけると隠れるために中に入る。今までで一番長く速く走り過ぎた。二人の体力は限界だった。


「ぜぇ…ぜぇ…ごほっ、たぶん」


「はぁ…はぁ…この島どうなっちまったんだ?」


 家の中には誰もいなかった。台所には食材が並んでおりついさっきまで生活していたことが分かる。ウェイブは目の前の椅子に座ることもできず、その場に倒れこんだ。


「わからない。化け物が急に表れて人を食って回ってる」


「そんなのって…。この世の終わりじゃねぇか」


「……お母さん大丈夫かな」


 ぽつりとヒロがつぶやいた。


「…考えたってどうしようもねぇよ。生きてると思って俺たち逃げるしかねぇよ」


 ウェイブ自身も両親が心配だった。それにいつ化け物が来るか分からない。その恐怖を隠してウェイブはヒロを励ます。


「…そうだな」


 なぜ自分たちがこんな目に合わなくてはいけないのか。どうしてあの化け物に襲われなければならないのか疑問と恐れを持ちながらも二人は立ち上がる。


「海に逃げよう。海には船がある。それで向こうの島まで逃げるんだ。そこへなら俺達でも行ける」


 ウェイブが言った通りこの島から首都までは近い。ヒロもそれに賛同しうなずく。


 窓から外の様子を確認すると、ウェイブは慎重にドアを開ける。外は建物が壊され人の破片が飛び散っているが化け物の姿はない。二人は音を立てずに外へ出る。外は血と肉がまき散らされ周囲には鉄の匂いが充満していた。


「なぁ俺気分悪いかも」


 再び走り出したところでヒロの精神が限界を迎えた。この地獄絵図は誰が見ても精神に異常をきたすだろう。


「がんばれ!外に逃げるんだ!」


 励ますウェイブだったが彼自身も精神が参っており、いつものように走れない。ろくに体力もないがそれでも海を目指して走った。


「もうすぐだ」


 どれぐらい走っただろうか。坂の下に海が見えた。二人は最後の力を振り絞るように地面をけった。


 そう上手くはいかなかった。世界は残酷にも二人に幸運など与えなかった。


「ウェイブもう無理だよ」


「まだなんとかなるはずだ!」


 ふいに横から飛び出してきたのは口から血を滴らせ獲物をにらむ二人が一番最初に見たあの化け物だった。

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魔王戦記 むつお @mutuo

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