魔王戦記

むつお

はじまりのはじまり

ある日突然に①

「ヒロ起きなさい!朝ごはんできたよ」


 部屋の前で呼ぶ母の声が聞こえる。眠いと感じながらもこれ以上呼ばれ続けるのも嫌だと考えしぶしぶ快適な布団から抜け出し部屋から出る。そこには朝ごはんの準備をしている母と今でコーヒーを飲む父の姿があった。


「おはようヒロ。よく寝たな」


 軽口をたたく父にヒロは僅かに腹を立てながら居間にあるダイニングチェアに座る。すぐに母親が皿に乗せた焼いたパンをヒロと父に出した。父はコーヒーを飲みながら、ヒロは自分で注いだ牛乳を飲みながらパンをほおばる。パンをほおばるとバターの風味が口の中に広がる。シンプルな味だがヒロの好みの味だ。


「お父さんが飲んでるコーヒーきれちゃってな。悪いんだけどヒロ買いに行ってくれよ。こづかいあげるからさ」


 父はそう言うとヒロに一枚の紙幣をもたせる。それがいつも買っている袋に入った珈琲豆をかってもあまるほどというのは子どもであるヒロにも理解できた。


「あんまりあげすぎないでよ。まだ子どもなんだから」


「いいじゃないかちょっとぐらい」


 小遣いをあげる父に母がくぎをさす。


「ありがと」


 子どもにとっては1枚でも紙幣というのは大金だ。父に礼を言いすぐに丁重にポケットにしまった。


「じゃお父さんは仕事いってくるからな。いい子にしてるんだぞ」


「いってらっしゃい」


 母とヒロは一緒に父を見送る。父はこの島唯一の国の治安維持や事件解決を目的とした国家守護者ガーディアンズとして働いている。しかし、この島で事件が起こることなどまずありえない。ヒロの父はパトロールと称し何か困っている島民をかたっぱしから助け続けている。畑仕事の手伝いや漁にでたり、島のあらゆる人とつながっているこの島の有名人だ。


「今日もお父さんはやいな」


「島のためだもんね。今日は今度やるお祭りのお手伝いなんだって。ヒロも友達と行ってきなさい」


「そうするよ。じゃ行ってきます」


「夕ご飯までには帰ってくるのよ」


 母の呼びかけにはいと返事をしながら家を飛び出す。1人だけヒロには友達、いや親友と呼べる子どもがいる。二人は毎日一緒に遊んで過ごしている。この日もヒロは親友と遊ぶ約束をしている。待ち合わせは誰にも言っていない秘密基地だ。


 その前にお使いを済ませるべく商店街まで走る。道のりは頭の中に入っている。家から出て一面が畑の坂を下り、降りたところを右に曲がる。その後住宅街を抜ければ商店街までつく。


 走って疲れれば歩きまた走ってヒロは目的の店につく。ヒロの目の前には古びた木造建築の建物がある。周りにはつるが生い茂りほかの建物とは打って変わって古めかしさを感じる。


「こんにちはー」


 ヒロは中にいるであろう店の人に声をかけた。


「おぉヒロ君こんにちは」


 店の奥から白いひげを生やしたおじいさんが笑顔で出てきた。


「今日はおつかいかな?」


「まぁね。コーヒーの豆ちょうだい。あとこのお菓子も」


「はいよ。まいどあり」


 目的の品とおまけのお菓子を購入し礼を言うと店から出る。ここから秘密基地まではもうすぐだ。正面にある時計台をみてまだ約束の時間前だと確認すると再びヒロは歩き出す。


 道中店や住宅街がある大きな通りからいつもとは違うにぎやかな声が聞こえた。


「それこっちに持ってきて!」


「はい!」


「ステージの飾りつけやろうか」


「俺もやります!」


「私も」


「…祭りか」


 老若男女が祭りの準備をしている様子を眺めながらヒロは歩く。ステージと呼ばれた所を見ていると父親の姿が目に入った。父は重そうな木材を運んでいた。きつそうだったがその顔には笑顔があった。父だけではないそこで生きている人皆が笑っていた。心の底から楽しんでいるようだった。


「あいつ誘うか」


 父を含めた彼らの姿を見てヒロは完成した姿を見てみたいという気持ちが芽生えた。そうしてヒロは目的の基地がある山まで来た。山の中は木で生い茂り木漏れ日や小さな川があったりと自然にあふれていた。


 少し歩くと基地についた。秘密基地には先客がいた。


「遅かったなヒロ」


「ウェイブのほうが早いんだよ」


 ウェイブと呼ばれた少年はヒロと同じぐらいの背格好で金髪。周りの木と比べてひときわ大きい木の上から顔を出してきた。その少年は青い目を細めてヒロに笑いかける。それを見たヒロも自然と笑い返し木に登る。デコボコとした木で登るにはもってこいだ。


「やることなくてな。父さんも母さんも仕事で家にいないし」


「家族がいないんだったら俺の家こいよ。そしたらずっと遊べるし」


「でもヒロのお母さんとか迷惑かも」


「俺のお母さんなら多分喜ぶよ」


「そうかな。だったら頼もうかな」


「おう。お母さんにも言っとく」


「ところでそれ何買ったんだよ?」


「お使いだよ。あとお菓子とか一緒食べる?」


「もちろん!」


 二人は最近の話や都会の暮らしはどうなのか話しながらお菓子を食べた。その後、森を探検したり街に出て祭りの準備の様子を見たり島を遊びまわった。いつの間にか日が沈みだし、それぞれの家に帰ることにした。


「学校に行くならやっぱ学びたいよな。この島を出て。ヒロもそうするだろ?」


「どうだろうな。まだわかんねーや。この島を出るって想像できないんだよな」


「そっかぁ。まぁ俺は1人でも行くけどな」


「ウェイブならそうすると思った。俺も気が向いたら一緒行くよ」


「じゃどっちが強くなるか勝負だな」


「だな」


 二人の少年は笑いながら話しているとそれぞれが分かれる道についた。


「それじゃまた明日」


「じゃあな……なぁヒロ」


 別れの言葉を交わしたそのすぐ後ウェイブが異変に気付いた。


「どうした?」


 そういったヒロもその異変に気付いた。空が夕日の橙色ではない。空一面見渡す限り紫色になっていた。二人だけではない。その場にいたすべての人が紫の空に気づき、空をむく。


「どうなってるんだ…?」


「わかんねぇけど嫌な予感がする」


 異変がそれだけで終わることはなかった。

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