23 養女を迎える

 夢では瑞兆がたくさんあったけれど、今の私の有り様では将来が心細く感じられてならなかった。子供はただ一人男の子だけだったので、長年あちらこちらにお参りしては女の子を授かりますようにとずっとお願い申し上げていたけれど、今となっては子を授かるのも難しい年齢になってしまった。それでもどうにかして、素性の悪くない人の女子を一人迎えてお世話をしたいものだと考えた。一人息子の道綱にも相談して、いずれ私の最期をその子にみとらせたいとこの数ヶ月の間に考えるようになっていた。周りの人たちに相談してみると、

「殿が以前お通いになっていた、源の宰相兼忠様とか申し上げるお方の娘が産んだお子様に、可愛らしい姫君がいらっしゃるそうです。同じことなら、その姫君をお世話なさるのはいかがでしょう。今は志賀山の麓で兄上の禅師の君を頼って一緒にお暮らしになっておいでのようです。」

などと言う人があった。

「そうそう、そんなことがあったわ。故陽成院の御末裔だったわね。宰相がお亡くなりになってまだ服喪中に、あの人はそうした方面を見逃さない性分だから色々お世話しているうちにそんな仲になったと聞いたわ。あの人はいつもの浮気心からだったし、お相手の女性はとくに華やかな性格でもなく、年齢もそこそこいっていたのであの人を受け入れるつもりがなかったようだったのよ。それでも手紙の返事はしていたようで、そのうちあの人自らが二度ほど出かけて行ったみたい。そのとき何があったのか知らないけど、単衣の衣だけを持ってあの人が帰ってきたことがあったの。でも詳しいことは忘れてしまったわ。さて、何ごとかあった朝のこと、


『関越えて旅寝をした草枕 かりそめには思えずにいる』


とか言ったようだったけれど、あの人の歌がありきたりだったから返事も大したこともなかったみたい。


『不安です我にもあらぬ草枕 未だ知らないこんな旅寝は』


とあった返事を見てあの人は、

『旅と繰り返してきたのはおかしいね。あちらは旅ではなかろうに、なんでまたこちらに合わせて。』

と言って笑っていた。その後は目立ったこともなかったのでしょう。何かの時の返事に、相手の女性からこんなふうに言ってきた。


(置き添える露に夜な夜な濡れる袖は あなたの思いで乾きそうにありません)


その後二人は疎遠になってしまったようだったけれど、しばらくして、

『いつぞやの女のところで女子を産んだという。私の子だと言っているそうだ。そうかもしれない。こちらで引き取って育ててみないか。』

などとあの人が言っていたことがあったわ。きっとその女の子だろうと思う。ぜひ引き取って育てましょうよ。」

ということになってつてを探して尋ねると、この父親も知らない幼い子は十二、三歳になっていた。母親はその子ひとりに寄り添って、志賀山の東の麓の、前には湖を見て後ろには志賀山が見える、といった言いようもないほど心細げなところでひっそりと暮らしていると聞いた。我が身を抓ってみると、そんな心細い住まいの中で、どんなにか思い残し言い残したいことを抱えて生きているのだろうと、自分のことのように思いやった。

 源の宰相の娘とは母親違いの兄弟が京で僧侶をしていた。私にこの幼い姫の話をしてくれた人がその兄弟の僧侶である禅師の君と知り合いだったので、その人に禅師の君を迎えに行かせ我が家で養女に迎える話について相談をした。

「なんの問題がございましょう。大変良いお話と私は存じます。そもそも、母親のもとで姫君をお育て申すのは実際的な面で満足にはお世話できまいということと、またいずれ母親は尼になろうというつもりもあって志賀山の麓でこの何ヶ月か前から移り住んでいるようなのです。」

などと言い置いて帰って行き、翌日、早速山越えして志賀山の麓へ出かけたようだった。普段は母親が違う兄弟ということでそれほど気にもかけてくれなかった人がわざわざ山を越えて訪ねてきたので、姫君の母は不審に思ったようだった。

「一体何のご用件でしょう。」

などと疑うように応対したので、少し間を置いてから養女の一件を持ち出した。姫君の母はすぐには何も言わずいたが、何を思ったのか激しく泣き出して、あれこれ考えをめぐらせた果てに、

「私としましては、今はもう世を捨ててしまうつもりでこのようなところにいますが、この子まで私と同じところへ引き連れてしまっているのがとても辛いと思っていました。それも仕方がないことと諦めていましたが、もしそのようなお話があるなら、どのようにでもあなたのご判断でお取り計らいください。」

とあったので、次の日帰ってきて早速、

「このような次第でした。」

と報告に来た。予想通りのことになったな、これも運命なのだろうと胸がいっぱいになっていると、

「それならば、あちらにまずはお手紙を差し上げてください。」

と言うので、

「もちろん、早速書きましょう。」

と言って、禅師の君を待たせている間に手紙を書き上げた。

『長年来こちらからお手紙を差し上げずにおりましたが、あなた方のことはずっと気にかけておりましたので、この手紙が誰からとご不審にお思いになるようなことはないかと存じております。この度のお話は不可解にお思いになるかもしれません。実はこの禅師の君に私の行く末の心細さを訴え申したのをお受けになって、そちらにお取り継ぎくださいました。とても嬉しい御返事を頂戴したと聞いて、お礼の気持ちを込めてお手紙を書かせていただきました次第です。こんな普通でない不躾な申し出をしましたのも、尼になろうとお考えのことを伺いましたので、大切なお子様でもお手放しくださるかと存じましたからでございます。』

このように書いて禅師の君に託した。次の日、返事があった。

『喜んで姫をお託し申します。』

などと書いてあって、本当に心を許して細々と書き連ねてあった。禅師の君が来て養女にむかえる話を相談したときの詳細はこの手紙の中に書いてあった。姫君を養女に迎える喜びの思いの一方で、この母君の気持ちを考えると不憫でならない。手紙にはいろいろなことが書いてあって、

『目の前に霞が立つかのように涙で筆先が見えなくて、おかしな手紙になってしまいました。』

と書いてあるのも、本当にその通りだろうと思われた。

 その後二度ほど手紙をやり取りして、話がすっかり決まったので、例の禅師の君が先方に迎えに行って姫君を京へ送り出すと言う手筈になった。たった一人の子を送り出す母君の心中を思うと、悲しくてならない。中途半端な覚悟では手放すなんてできないだろう。ひょっとしたら父親のあの人が面倒見てくれださるならと考えてのことかもしれない。でも、そんなふうに期待しても私のところにはたまにしか来ないからあの人が面倒など見るはずもないし、もし期待外れになったらかえって気の毒なことになってしまうかもと不安がよぎった。それも仕方がないこと、もう約束してしまったことだし、今さらひっくり返すこともできないとも思った。

「今月の十九日は日がよろしいので、この日に。」

と決めて、姫君を迎えにやった。お忍びなのであまり飾り立てずに支度された網代車に、馬に乗った侍を四人、使用人は大勢つけて送り出した。大夫の道綱も車に乗ってその同じ車の後ろに今度の件の口をきいてくれた人を乗せて出立した。

 姫君を迎えようとするまさに当日、あの人からめずらしく手紙があった。

「もしかしたら来るかもしれない。養女の到着とかちあっては具合が悪いわ。大至急迎えてきてよ。しばらくは知らせたくないの。とは言っても、いいわ、何事も成り行きに任せましょう。」

などと侍女たちと打ち合わせしていた甲斐もなく、あの人が先に来てしまったのでがっかりしていると、迎えの一行が到着した。

「道綱は一体どこへ行っていたのだ。」

とあの人が聞くので、適当にごまかしておいた。この何日もこんなことがあるかもしれないと心の準備をしていたので、

「我が身が心細いので、親の捨てた子を迎えることにしたのよ。」

などと養子を迎えることは以前からそれとなく伝えてあったので、

「どれ見てみよう。誰の子だ。私が歳をとったからといって、まさか若い男を求めて私をお払い箱にするつもりかな。」

そんなことを言うから吹き出しそうになったけれど、

「それではお見せしましょう。お子にして下さいますか。」

「それはよいな。そうしよう。早く、早く。」

と急かす。私もさっきから気になっていたので呼びにやった。

 聞いていた年齢よりもずいぶんと小柄で、頼りないほどに幼ない様子だった。近くに呼び寄せて、

「立ってごらん。」

と立たせたら、身長は1メートル20センチくらいで、髪は抜け落ちたのだろうか、毛先は削いだように細く少なくなっていて、背丈より10センチ以上短かった。とても可愛らしい子で、髪の生え方も美しくてとても上品な姿形をしていた。あの人はこの子を見て、

「あぁ、なんて可愛い子だろう。誰の子だ。さぁ、隠さず言いなさい。」

と言う。もし素性を明かしてもこの子は恥ずかしがったりしないだろうけれど、本当はもう少しゆっくり段取りをして親子の対面をさせたかったわ。でも仕方ない、打ち明けてしまおうと思った。

「それでは、可愛いとご覧になってくださいますか。申し上げましょうね。」

と言い渋っていると、ますます責め立てる。

「あぁ、やかましいこと。あなたのお子ですわ。」

と言うとあの人は驚いて、

「なんと、なんと。いったい誰の生んだ子だ。」

すぐには答えないでいると、

「もしかして、源の宰相の娘が生んだと聞いた、その子か。」

「そのようですわよ。」

「なんということだろう。今は落ちぶれて行方知れずになってしまったと思っていたのに。こんなに大きくなるまで会わないでいたことよ。」

と言ってあの人は泣いた。この子もどう思ったのかうつ伏して泣き出した。周りに控えていた侍女たちもまるで昔物語みたいだと感動して、みんな泣いていた。私も下着の袖を何度も引きずり出しては涙をおさえて泣いていた。

「唐突にも、もう通ってくるまいと思っていたこちらの邸にこんなふうに現れるとは。私がこのまま連れて帰ろう。」

などと冗談を言いながら、夜がふけるまで泣いたり笑ったりしてみんな寝た。

 翌朝、あの人は帰りしなに養女を呼び出して、まじまじと眺めながら本当に可愛がっていた。

「そのうちに本邸に連れて行こう。車が寄せついたら、さっと乗りなさいよ。」

と笑って出ていった。それから後は、手紙に必ず、

『小さいあの子はどうしているか。』

と頻繁に書いてよこしてきた。

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