捕食?
白の獅子。
白の狗。
白の龍。
辺りには一面真っ白な猛獣や禽獣、幻獣など幾つもの動物たちの躍動があった。
ただし動きだしたりはしない。それらは命を宿したりはしていないからだ。
それぞれ1つたりとも動かないくせに、何時だってこちらを襲ってくると思わせるような確かな生命の躍動を感じさせてくる美しき彫刻技術で形作られている。
真っ白な石像の群れがこの場全てを埋め尽くしていた。
見る人が見れば全くもってため息が漏れるほど美しい庭園。
だがそんな空間に1ミリも興味を示さず一直線に真ん中に作られた通路を静かに通り過ぎていく男が居る。
彼の名前はリベル・アロン。つい先日この世界に転生してきたばかりの新参者であり、少々変わった異能を持つ存在だ。
そんな彼は今、この場所でどこか不安そうにしながらゆっくりと歩いていた。
しばらくして辿り着いたのは大理石の柱が並び立つ大きなエントランスホール。
その姿はまるで馬鹿でかいモンスターが大口を開けて獲物が入ってくるのを待っているかのよう。あまりの威容に思わず少し気圧される姿を見せながら、それでも意を決して先に進もうとリベルが片足を踏み入れた瞬間――。
「待っていたぞ…………」
「ふぉわあああ…………!?」
――後ろからいきなり声を掛けられてリベルは思わず肩を跳ね上げ叫んでしまう。
マズイ……後ろを取られた……!
即座に振り向かねば殺られるとばかりに急いで前に飛び込みながら振り向く……!
するとそこには、金髪に深いマリンブルーの眼を持った偉丈夫とでも言うべき青年がリベルの方を向きながら若干不穏な目つきで立っていた。
彼の名前はレオン、この屋敷の主である。
「あ……、レオンさんだったんですね。えっと……一応先日この屋敷に泊めてもらったリベルなんですけど…………」
「知っている」
「あ、そうでしたか…………」
なにか様子がおかしい。
早めに用件だけ伝えてさっさと帰ったほうが得策だろう。
リベルはそう考えて即座に行動する。
「えっと……この度ギルドの雑用係として雇われる事になりまして、今日からギルド寮で寝泊まりできるようになったのでそのことをお伝えに来ました。どうでもよかったかもしれませんが二日前はこの場で泊めて頂いたので感謝の意もこめてお伝えさせて頂きます。ありがとうございました……!」
そうやって頭を下げて礼を言うリベル。
彼が少しの間そうしていると、レオンは笑いながら自分の事のように嬉しそうに祝福した。
「それは良かった。俺もお前の行く先には心配していたからな。レリアに連れて行かれてどうしていたかと思っていたが良い方向に向かえたようでなによりだ」
「はい……! これもこの世界に来て一日目にレオンさんが面倒を見てくれたおかげです……! 本当にありがとうございました……!」
何か言われるかと身構えていたリベルは、予想外に祝福してくれたレオンにホッとして顔を上げ、嬉しそうに感謝の言葉を再び伝える。
しかしそのまま平穏に終わるかと思われた場は、やはりと言うべきか続くレオンの言葉によって変わり果てることになった。
「いや本当になによりだ。何故って――これで俺は何の気兼ねもなく約束の話を聞くことができるというわけだからな――」
「――えっ?」
いきなりなにか決定的によくない空気になった気がして、リベルは思わず間の抜けた声を出してしまう。
聞き間違いかと正面に立つ青年の顔を見ると、そこにはさっきと違う種類の笑みを浮かべながらこちらを狙う猛獣の如き眼差しで見つめてくるレオンの姿があった。
「えっ、えっ? いやあの…………」
「一晩泊めたときの礼がまだ貰ってなかった筈だからなぁ…………」
「あっ………………まさか………………」
そういえば何か転生する前の元の世界の事を教えるとかなんとかいう話だったような…………と今頃その約束を思い出したリベルは、慌ててレオンを止めようとする。
しかしとっくに手遅れであった。
目の前に肉をぶら下げられながらしばらく放置されたライオンには、目の前に投げ込まれた餌を優しくいただこうなどという考えはあり得なかったのである。
「待って……待ってください、いやほんとに待って……! 止まってください……!」
「シェン、捕まえろ」
「――畏まりました」
「うへぁあああ……!? い、いつから後ろに……!!」
「連れていけ」
「分かりました……」
「待って、ねえ待って……! お話するだけなんですよね……? それ以外無いんですよね……!?」
「勿論だとも……決して傷つけたりなどしないし監禁したりするわけでもない。ただ少し話を聞くだけだ……」
「じゃあなんでそんな眼をしてるんですかぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……!!」
ズルズルと引きづられて建物の中に連れ込まれていくリベル。その姿はさながら住処で喰らうために引きづられていく獲物のよう。
リベルは完全に捕食者に捕らえられてしまったのだ。
「待って……! ヤメて……! 痛くしないで……!? イヤァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア……!!」
その姿はとうとう屋敷に阻まれて見えなくなってしまった。
残念ながら彼を助けに行く者は誰も居ない。
この後リベルが火を見ることになるのは、5時間後の昼時の事であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます