【掌編・幕間】黒鉄の団長、かく語りき

某日、クバルカンにて

いつも拙作をご愛顧いただき、本当にありがとうございます。


 今回はこちらで、本編「赤の魔竜と歪の月」とは関係なく、近況ノートにてPV80000感謝企画として募集しましたスピンオフのお話を「幕間」と銘打ってお届け致します。

 普段の展開ではお見せ出来ていない、登場人物達の側面を書いています。いつもとは違った雰囲気をお楽しみいただけると本当に嬉しいです。

 また、PV90000達成企画を同時に募集しております。どの様な些細なものでも構いません、本編に絡んだ私にやらせたい事や書かせたい話を、是非気兼ねなくご提案下さい。詳細は近況ノートをご覧いただきたく思います。

 重ねて、本当にありがとうございました。そして、いつもありがとうございます。 







 

 既に多くの読者物好きはご存知の事かと思うが、中には私の書いた文章に初めて目を通す奇特な方もいるのかもしれない。その為だけに、普段はしない自己紹介を短く書いておこうと思う。


 名前は表紙でご承知の通り。クバルカンに居を構えるしがない物書きが、私という人間だ。元は学者で、本来の得意分野はスロデア公国の歴史全般なのだが、この国に於いて、どうやら過去はとにかく金にならないらしい。或いは数十年前に私を絶賛して下さった先輩作家の眼が腐ってしまっていたのかもしれないが、とにかく、私の歴史書は清々しいほどに売れないのだ。

 その為、金になる仕事を、これを書いている今も随時受け付けている。無論、歴史に関わる様な内容でなくとも構わない。先日も大衆劇場に依頼されて、自分でも馬鹿馬鹿しくなる様な演目をひとつ書き上げたばかりだ。

 「雌トロールと恋に落ちるエルフの王子」だなんてグリーグレアンから刺客が差し向けられても文句は言えないが、仕事を選べる立場にないのは重々理解しているし、今以上に家での肩身が狭くなってしまったら、そろそろ妻もあからさまな蔑視や舌打ちだけで済ませてくれない確信がある。



 さて本題だが、食うや食わずの境界を行ったり来たりしていても、私は物書きの端くれである。愛想笑いで与えられた仕事をこなしているだけでは、分不相応に私の中で燃えている創作意欲は満たされない。物書きとは、つくづく厄介で因果な商売である。

 ともあれ、自発的に何かを書かなければと思い立った私は、少し違う角度からスロデアの歴史と今を紐解いてみようと思うに至った。


 言うに及ばず、スロデアは貴族の国である。それも、腐った貴族の。


 これほど不敬で傲岸不遜な放言でさえ、何のお咎めもなく本となって店頭に並ぶ程度に、この国の腐敗は本物だ。貴族をより貴族たらしめる為の悪法が平然と施行され、貧富の差ばかりが日を追う毎、如実になっていくのを目や肌で感じる。

 自身の利権と金にしか興味のない貴族達の治世など、どこを取ってもお粗末極まりないのだが、殊、軍部の国防は体たらくを通り越して酸鼻の極みとさえ言える。有り体に言ってしまえば、軍としての形すら成していない。

 言うまでもなく、この現状を数百年に渡って許してしまってきた我々民衆にも元凶の一端はあるが、では「現在のスロデアでもっとも頼るべき国防の力は」と問えば、殆どの人間は正解を知っている。


 それが傭兵だ。荒事や人探し、果ては魔物の討伐まで。依頼と金さえ釣り合えば、連中はなんだって命を賭けてこなしてみせる。

 実際、私も昔何度か古代遺跡の調査を依頼した事があったが、こちらが予想した以上の成果を上げてくれた。その時連中が持ち帰った資料を基に、古代王国では大陸が浮いていたとする仮説をまとめ上げて出版したが、歴史家界隈でさんざん笑われ、二度と思い出したくもない素敵な思い出となった。


 少し話が逸れたが、遥か昔に腐り始め、今なお萎れ続けているスロデアという国を、傭兵達の生き様を知る事で、別の視点から知る事に繋がるのではと思い立った私は、先ず西都トローデンへと手紙を書いた。言わずもがな、この国でもっとも有名な傭兵、「フクロウ団」への取材を依頼したのである。

 返信が早かった時点で嫌な予感はしていたが、全ての団員が多忙の為、時間が取れない旨と簡素な謝罪が手短に綴られていた。非常に残念ではあったが、この国で知らない者はいないほどの傭兵団である。一方で、子供達の中でも一種憧憬の対象ともなっている彼らならばと、腑に落ちる結果でもあった。

 「物を頼むならフクロウ団、断られたなら戦槌団」。傭兵達に仕事を頼むに当たって良く耳にする常套句に従い、次に私は黒鉄くろがねの戦槌団が根城としているクバルカンの酒場へと向かった。



「おう、おっさんか?戦槌団を取り仕切ってる俺様に話を聞きてぇってのは」


 のっけから不躾極まりない、このドーザンという男こそ、スロデアで二番目に有名な傭兵団を率いる団長である。

 作り笑いで軽く頭を下げながら、彼をしげしげと眺めてみた。文献でしかオーガを見た事はないが、オーガと人間の間に産まれたかと思うほどの巨漢だ。片手にある杯がまるで子供の玩具の様に見えてしまう。傭兵団の名に冠している通り、とてつもない大きさの戦槌を振り回すと専らの話だが、あながち誇張でもなさそうに思えた。


「じゃあまず生い立ちからだ。俺ぁ東の外れの出でよ、エズベルムの奇岩帯が見える村で生まれたんだ。小っちぇえ炭鉱で食いつないでる、何もねぇ村だ」


 滔々と始まった話もそこそこに、ドーザンへの興味は尽きない。先の発言から一見がさつに思えるが、頭髪を綺麗に剃り上げ、口髭を整えている事からも、実は細やかな性分なのかもしれない。


「まぁ同年代のガキの中じゃ、ひと際身体が大きくてよ。良く『灰色熊の子だー』なんてからかわれてたっけな。あの頃は褒められてんだとばっか思ってたぜ。好きだったしな、熊」


 いくら熊が好きだからとは言え、これほど分かりやすいからかいもないものだろうが、子供の感性とは往々にして残酷なものだ。純然たる悪意がないのだから、尚更である。


「でな、俺が十歳の頃、野盗が現れてよ。全部で十二人だったかなぁ…村の作物だの金品だのを寄越せと暴れやがったんだ。良くある話だろ?」


 何故楽しそうに話すのか全く分からず話に耳を傾けていたが、次いで語られた内容に、私は思わず息を呑んだ。


「抵抗した俺の親父だの隣んちの兄ちゃんだのをそいつらが殺しちまってな。頭ぁ来たから十二人全員、俺が返り討ちにしてやった。ざまぁみろってんだ」

「……水を差す様で申し訳ないのだが、十歳の貴方が、大人十二人を…手にかけた、と?」

「おぉ、その通りよ。ああでもしなけりゃ、今頃村はなくなっちまってたからな」


 「十歳の子供が大人の集団を相手に敢然と立ち向かい、村を守った」。これだけ聞けばこの上ない英雄譚にさえ履き違えてしまうが、その裏に命の遣り取りがあったのは改めて言及するまでもない。

 私は恐れ慄いた。年端もいかない子供が多くの命を奪わざるを得なかった必然や、凄惨な過去をあっけらかんと話してみせた彼の性根にではない。過去の自身の判断に寸分の迷いもない、意志の強さにである。

 自分を信じる事は、容易な様でいて存外に難しい。多くの選択肢を前に熟考し、考え抜いて選んでも尚、人はその選択を後悔する。だが、眼前で事も無げに大酒をかっ食らう戦槌団の団長からは、そうした揺らぎの一切が感じられない。

 いつの間にか、私は彼への問答に前のめりになっていた。


「過去の生い立ちは十分に分かった。では話題を変えて…これまでにもっとも辛かった依頼を教えてはくれないか」

「辛かった……なぁ……あぁ、一番キツかったのはあれだ、南の山ん中でのトロール討伐だな。レジアナんとこと手ぇ組んでやったんだけどよ、まぁあれは厳しかったなぁー!」


 取材を断られたフクロウ団の名が出てくると思っていなかった私は、自らの高揚を抑えられない。食い入る様に髭面を見つめる中、当のドーザンはまたしても驚愕の話を語り出した。


「俺んとこもレジアナんとこもまだ駆け出しでよ。全部で二十人もいなかったんだがな、山中にはびこってたトロールを三十匹、軒並み片づけてやったんだ」

「ト…トロール三十匹を、二十人足らずで?」

「おぉよ。そしたらよ、その一族の残り八匹が近くの谷から戻ってきやがってな。こっちはひと仕事終えて満身創痍だろ?流石に逃げたぜ、勝てっこねぇしな」


 言わずもがな、人型の魔物としてはもっとも危険と目されているのがトロールである。私が調べたところによれば、かの魔物一匹を斃す為に必要とされる人数は、腕利きの剣士三名、魔導士一名。駆け出しの傭兵程度がいくら二十人集まったとしても、三十ものトロールを始末出来た等、幸運以外の何者でもない。

 だが、更に続いた話に、私の眼は殊更大きく見開かれる事になる。


「俺も殿しんがり務めながら二匹はぶっ殺してやったんだが、そこまでだったなぁ…ありゃくたくただった」


 くたくたの一言で丸く収めて良い話ではない。大量のトロールを相手取り、逃走の傍ら、追撃してきた二匹を仕留める…およそ常人では成し得ない離れ業である。

 気付けば、自然と私の口は疑問を孕んで動いていた。


「そうまでして命がけで戦うのには…一体、どんな理由がある?」

「そうしなゃ食っていけねぇからだよ」


 さらりと答えたドーザンは、自分の飲んでいた空の杯を赤ら顔で眺めながら、独り言の様に私に続けた。


「生まれも育ちも大したことねぇ、頭だって良くねぇ。図体だけは一丁前に親から立派なもん貰った俺が生きてく為にゃ、どんだけキツい仕事だってこなさなきゃなんねぇんだ。あんただって分かるだろ?生きるってのはなかなかしんどいって事ぐらい」


 私には、返す言葉がなかった。傭兵として覚悟を決め、強い意志を以て依頼に全力で挑む、このドーザンという男の様な者が傭兵の中に少なからずいる事が、図らずもスロデアという国の安寧に大きく寄与しているのだ。

 生きるという意志と覚悟。個々の傭兵達が持ち備えたこの強い輝きこそ、今のスロデアにとっては唯一と言える希望なのかもしれない。


 次章からは、この傭兵という稼業について、スロデアに於ける法制度の観点から、彼らの生き様に着目していきたい。



◇    ◇    ◇    ◇



「いやぁー…あんな与太話でこんな小金貰えるんだもんな。何でも請け負ってみるもんだぜ」


 作家が去ったテーブルでは、ひとしきり話し終えたドーザンが、皮の袋に詰まった銀貨を前に口角を上げている。

 その独り言を耳ざとく聞きつけた傭兵が、ニヤニヤと笑いながら向かいの席に座る。


「にしてもおかしいですね…僕が前にあの話聞いた時には、トロールは二十匹、谷から戻ったのは三匹だった気がするんですけど」

「馬ぁ鹿。ああいう話は規模感ってもんが大事なんだよ。多少盛ってようが、派手になりゃ越したこたねぇさ。何せ本になるかもしれねぇってんだからな」


 ドーザンはさも愉快そうに大笑いして、追加の麦酒を飲み干す。


「俺、五日ばかり留守にすっからよ。留守、任せたぞ」

「…そっか。丁度二日後でしたね、故郷の鎮魂祭」

「あぁ。野盗の奴らの墓にも謝っておかねぇとな。『勝手に話の種にして悪かった』ってよ」


 大きく伸びた後、ドーザンは自分の顔を両手でぴしゃりと音高く挟む。


「で…、戻ってきたら大仕事だ!アスーノーンに着いたら、海でも眺めながら大宴会だな!」



【完】

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